第72話 再訪 (2)
とは言え、この書き付けをここに置いておいても、せっかくの大発見が埋もれてしまうだけだから、結局、斉藤先生の提案に乗るしかない。
とりあえず、藪内さんのお家に電話をして、お邪魔してもいいかを聞くことになった。
今度の電話は、斉藤先生がしてくれたんで、俺たちは横で聞いてるだけ。
「わかりました。ではお邪魔させていただきます。」
といって電話を切った斉藤先生は、申し訳なさそうな顔をして、俺たちを見た。
なんだろう嫌な予感がする。しまくる。
「藪内さんには快諾いただいたんだが、今から来なさい、と言われてしまった。」
嫌な予感的中。
でも、まあ、いつか行くのはわかってたことだから、仕方ない。
小山内も「薮内さんのご希望なら合わせるしかないですね。」て言ってるし。
とりあえず助かったのは、斉藤先生が車を出してくれるって言ったことだ。
ここにジュースの奢りとかあったら最高なんだが。
「ここで待っていてくれ。」
と指示されたのは教員用の昇降口。
斉藤先生、わかってますか?
俺の横に誰がいるのか。
もちろん小山内なんだが、俺と小山内がこんなところに並んで立ってるってなんの拷問なんだよ。
小山内と一緒なこと自体は全然苦にならない、というか、最近はなんか楽しいな、って思ってる。小山内もなんか機嫌良く俺に笑顔で他愛もないことを話しかけてきてるし。
「もしかしたら超能力が効いて薮内さんが少しでも救われてたら、と思うと、その様子も見に行ってみたいと思ってたの。」
とかな。
そんな急に何かが起こるかというと、そう甘くはない気がするけど、俺だって小山内と同じ想いだから、
「そうだな、何かいいことが起こってるといいな。」
なんて返事したりもしてな。
んでその優しい雰囲気をふんわりまとった小山内をチラチラ見ていく奴がいるのも、まあ慣れた。
その横にいる俺に羨望の眼差しとか呪いの言葉とか、そんなのを浴びせていく奴らがいるのも、まあ諦めた。
だがな。
もう一度言うが、ここは職員用昇降口の前だ。
「お、小山内こんなところでどうした?」
と、声だけかけていくのはいい先生。
俺と小山内を不思議そうな顔で見て、そんで何かを理解したような顔になってニヤッと笑っていくだけなのは、ちょっと酷い先生。
最悪なのは、
「いいか、うちの学校は自由だが、限度はあるからな。」
的なことを俺だけに耳打ちしていく先生な。
俺、小山内にそういう面で相手にされてないし。
パートナーとしてはなんか絆ができてる気がするが。
まあ俺にはそのあたりよくわからんし。
小山内が俺と一緒にいて笑顔になれるんなら、それでいい。
…今はな。
なのに、余計なことを耳元に吹き込むな。
俺がそんな苦い顔をしてるのに、ようやく小山内は気づいたのか、「どうしたの、そんな顔をしかめて?」と不思議そうな顔をして聞いてきた。
正直に言えるわけないじゃねえか。
なので、適当に「いや斉藤先生遅いなって思っただけだ。」って誤魔化した。
「ふーん。あんたが私となんかそういう関係があると思われて嫌な気がしてるのかと思ったわ。」
「おい。」
俺は思わず狼狽してしまった。
俺が狼狽したのは図星だったからじゃなくて、思ってもないこともないことを言われたからだぞ。
だが俺の一瞬の狼狽を小山内は見逃さなかったのだろうか?
小山内は、どうとっていいのかよくわからない、愁いや不安までもが混じったような複雑な笑みを浮かべて、
「あんたやっぱりバカね。」
なんだよ一体!
まあそれを突っ込んでも俺が恥ずかしい目に遭いそうなのでそこまでにしてやった。
な、拷問だろ。
こっちが拷問の方の話だ。
しまくってた方の嫌な予感は、残念ながらまだきてなかった。
それはこの直後にやってきた。
「待たせて悪かった。君たちは中世史研の部員だから、一応森先生に報告して君たちを学校外に同行する許可をもらってたんだ。」
結果は聞かなくてもわかる。特に関心もないまま「お任せします。」だったろ?
「俺君、よくわかったね。」
小山内は困った顔をして斉藤先生に謝った。
「すみません。私たちが森先生に顧問をお願いした時の約束で。」
斉藤先生もその小山内のお詫びに困った顔をした。
「いや、普通は部員のことで顧問が謝るものなので、そういうふうに謝られると、私が困ってしまう。」
そりゃそうだ。
俺は思わず、プッて吹き出してしまった。
そんで、大方の予想通り、俺に小山内の蹴りが炸裂した。
まあこの蹴りは、嫌な予感の正体じゃない。
それは俺たちの目の前に停めた斉藤先生の車の形をとって現れたんだ。
斉藤先生は自分の鞄とあの箱を包んだ風呂敷包みを助手席においてる。
特にあの書き付けは貴重品だからそういう扱いになるのはまあわかる。
そのせいで、俺たち2人が後席に座らなくちゃならないのも、わかる。
それが後席が普通の広さなら、だ。
ところが斉藤先生の車は後部座席が異様に狭いように見えるんだが。
「すまない。今日こんなことがあると知っていたら、別の車に乗ってきたんだが。狭いので気をつけて乗ってくれ。後ろの席に置いてあるものは前の助手席の上か、その足元に置いてくれたらいいから。」
後部座席を覗くとたしかに何か荷物が乗ってる。
スカートの小山内にそんな作業はさせられないと俺は思ったんで早速ドアを開けて荷物を移そうとしたんだが、天井は見かけ以上に圧迫感あるし足元狭いし。俺たちここに乗れるのか?
その時、斉藤先生が、「しまった!」と声を上げた。
「名刺を切らせてた。取ってくるから先に乗ってなさい。」
そう言って斉藤先生は昇降口の方に足速に戻って行った。あれ?歴研が発掘でお世話になってるのに斉藤先生は藪内さんと面識ないのか?と思ったが、そんな細かいことより、天井に頭をぶつけないことの方が重要だ。
小山内も俺の作業の様子を見て、後部座席の狭さに気がついているようだ。
「ここに乗るのよね?」
少し顔を引き攣らせて小山内が俺に聞く。
「そうなんだろうな。」
狭い苦しそうだが、斉藤先生がああ言う以上乗れるんだろう。
「しょうがない。乗ろうぜ。」
「あ、あんた、き、気をつけて乗りなさいよね。」
「?…ああ。」
頭を天井とかにぶつけないようにってことか?それとも足を捻挫するなと?
小山内は運転席の後ろの後部ドアを少し乱暴に開いてさっさと乗り込んでいく。女の子としては身長の高い小山内だが、それでも俺よりは背が低いし、スレンダーなこともあって、多少苦労しただけで乗り込めている。
じゃ、俺も。俺は小山内とは反対側、助手席の後ろのドアを開けた。
ちょっと考えて、頭をかがめて後退りで乗り込む事に。
「きゃっ!」
「なんだ?」
「お尻向けないでよ!」
「仕方ないだろ天井が低いんだから。」
小山内は納得できないのか、うーーっと唸っている。
そう唸られてもな。
俺は小山内に背を向ける形でうまく座席に腰掛けることができ、今度は足を折りたたんで車内に収納する。
「きゃっ!」
「今度は…」
小山内は俺に全部言わせる時間に与えず、いきなり俺の背をぽかぽか叩き始めた。
「いてて。何だよ。」
「近い、近すぎるのよ。もっとあっち行ってよ。」
「狭いんだからしかたないんだって。」
そう言う小山内の顔をミラー越しにチラッと見ると、真っ赤になってほっぺたを膨らませ、うーうー言ってる。
「わかった、乗り込めたらできるだけ離れるから、ちょっだけ我慢してくれ。」
「うーっ」
「おまえは消防車か?」
と言ったらきつい一発が入った。
「バカ、そんなこと言ってる暇があるんだったら早く入って離れて!」
俺、もしかしてやっぱり小山内に嫌われてんのか?