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 第69話 亡霊 (4)

俺たちは、藪内さんに指示されるままに、隣の座敷に移り、座った。

このあたり、俺のプライドが早く忘れろといってるシーンが混じってるが、そこは割愛な。本筋と関係ねえし。

ただ。小山内の手はやっぱり小さくて、温かかった。


並んで座る俺たちの正面に藪内さんは座った。俺たちと藪内さんの間には、紫の風呂敷に包まれた箱が置かれている。

もちろん、俺と小山内の視線は、その風呂敷に釘付けだ。


藪内さんは無言で風呂敷に手を伸ばして、結び目をほどく。

中から現れたのは、素人の俺でさえ長い時間を経てきたとわかる、焦げ茶色になった木の箱。


藪内さんは、大きく息を吸い込むと、その箱の蓋に手をかけた。


「いいか。今から見せるものは、藪内家に先祖代々伝わる書き付けだ。本来、この家の嫡男しか目にすることが許されていない。」


低いだが、しっかりとした声で藪内さんは俺たちに言った。


「はい。」


俺たちも、しっかりと答えた。

何が入っているかわからないが、藪内さんの様子から、尋常ではないものが出てくるんだろう。


木箱の蓋が持ち上げられ、中から古い、時代劇で見るような筆で何かが書かれた紙を巻いた、手紙のような紙が現れた。


藪内さんは両手でそれをとりだし、捧げ持つかのように自分の前に両手で捧げ持った。

藪内さんは捧げ持ったその紙に、深く、深く頭を垂れる。俺たちも慌てて同じように頭を下げた。


「ご先祖様。どうかご遺命に背くことお許しください。私の嫡男武光は、ご遺命を継ぐことを拒み、わたくしの代でこれを継ぐ者が絶えます。いま、若者が現れ、かつてこの地にて起こったことを言い当てましたのもの何かの縁と心得ます。これを見せることどうかお許しくださりませ。」


そう言い終えて、藪内さんはもう一度その紙に深く頭をたれた。だが、俺には、その悲愴な声の中に確かに、安堵の影がように聞こえた。


俺と小山内は、藪内さんが頭を挙げた気配を察して、顔を上げる。


藪内さんは、その紙を開きながら話し始めた。


「この書き付けは、藪内次郎おぼえ書きという。遠西様が三辺に滅ぼされたとき、遠西様の重臣を務めていた、我が家の先祖に当たる方が残されたものだ。」


いきなり、俺たちのさっきの推理と符合する話が出てきた。小山内が息を呑む音が聞こえる。


「ここには、こう書かれていると伝わっている。

遠西様が滅ぼされたときのご当主は遠西兼景様というお方だった。遠西家は豊かな地を領していたことから、ご当主は奢侈にふけり、家中も乱れておったと。


我が家の先祖に当たる藪内次郎盛兼様はそのことをお諫めしたが、一向に改まらず、やがて遠西家の金銀が尽き、領民に過酷な税を課し、民心が離れた。兼景様の3男に当たる、遠西三郎様はそのことに心を痛め、親戚筋に当たる三辺に諫めて貰おうと相談に行った。しかし、三辺は相談を受け遠西家の内情を知るや、三郎様を自城に留め置いて直ちに兵を挙げ兼景様を討ってしまった。兼景様を始め家中一同奮戦したが、不意を打たれたことであえなく一族皆討ち死にされたと。また、家中が荒れたのは家臣の不徳として、三辺は我が先祖を除き、家臣も皆殺しにしてしまった。


相談に行ったときに三郎様は我が先祖の盛兼様を説明役に連れて行った。三辺は兼景様を討った後に、遠西家跡継ぎとして三郎様をたて、その家老として盛兼様をつけた。


そのような経緯だったから、三郎様は元の城に戻ることは許されず、盛兼様は三辺の武将として三辺城の城下に住み、盛兼様がお城のあった土地のみを拝領した。

領民にも何があったかを伝えることは許されず、書き残した者は皆死罪となった。

我が先祖は、ご主君の無念と、同輩の怨みと、民の誹りを一身に引き受けるために、命を永らえさせられてしまった。


おぼえ書きの最後には、こうある。

いずれ、三郎様、あるいはその子孫の方が戻るまで何があろうと必ずあの土地を守れ、我らは裏切り者にあらず、しかし、全てを秘して子々孫々までこれを伝えよと。」


言葉を切った藪内さんは、俺たちにその紙を見せてくれた。


確かに、冒頭には、達筆で、そう書いてあると言われればそうとも読める「藪内次郎おほえかき」とある。


「わしの代まで、我が藪内家は、結果的にせよ、ご主君を裏切った罪を背負って、代々この役目を引き継いできた。」


藪内さんの目からは涙がこぼれていた。

だが、涙を拭こうともせず続けた。


「だが、これもわしの代でお終いだ。わしには一人息子がおったが、こんな古い罪に縛られたくないと、出て行ってしまった。たしかに、もし、遠西様のご子孫が生きながらえておられば、とうに出てきておられるだろう。だから息子の言うこともよくわかるのだ。」


藪内さんはついに顔を伏せ嗚咽を漏らし始めた。


「しかし、わしには、それができなんだ。古い言い伝えしかないのではなく、ここに、こうして我らが犯した罪の証しがあるのだ。あの城跡もある。わしの父が、その父が、そのまた父がずっと背負ってきた罪を未来永劫伝えることがわしの、我らの宿命だったのだ。」


そこにあったのは尽きることなき苦しみと後悔の吐露。


俺たちは、身じろぎも出来ず、口に出来る言葉もなかった。

ほぼ、俺たちの推理どおりのことが昔あった。

だが、それは、果てしなく重い罪の意識が封じていた歴史だった。

いや、歴史ではなく、藪内さんにとっては、今も背負っている罪の意識だ。

この土地にいて、あの城跡が残り続ける限り、身を苛むその罪と向き合わなくてはならなかったのだろう。


「息子がわしを見捨て、おまえ達が今日ここに来てわしらの罪を見抜いたのも何かの縁だろう。」


そういって、藪内さんは、書き付けの紙をまた折りたたんで俺たち差し出した。


「息子の言うように、ここで終わりにする。もはやこれを伝えるべき者もいなくなった…これを持って行きなさい。」


えええっ?!

そりゃちょっと重すぎるぜ。

どうしよう、と思って小山内を見たら、小山内は手を顔に当てて泣いている。


どうしたらいい?

いくらなんでも、これを受け取るのは…


「わかりました。」


はなをぐすぐず言わせながら小山内が口を開いた。


「でも、私たちが受け取ると、ここで何があったのかを公表する事になります。それでもよろしいのですか。」

「いいのだ。公表されれば、我らを縛るものもまたなくなるだろうて。」


そうだな。

これを受け取り、公表し、ちゃんと歴史にする。

もはや歴史の彼方に過ぎ去った罪は過去に押し戻し、今を苦しめる罪の亡霊を消す。

あ、これ自体、人助けでもあるんだな。

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