第66話 亡霊 (1)
「待たせたな。」
そういいながら藪内さんは、お盆に透明の何か、おそらくサイダーの入ったグラスを載せて戻ってきた。
「1人暮らしなのでこんなものしかないが、飲みなさい。」と、言いながら俺たちの前に置いてくれる。
藪内さん自身は麦茶かな。
藪内さんは俺たちの正面に回って、座った。
せっかく出していただいたから炭酸が抜けてしまう前にいただこう。
「いただきます。」と言って、ストローがないので直にグラスに口をつけて一口飲む。俺の好きな炭酸しっかり目のあの味だ。
小山内も口をつける。
先ず口を開いたのは藪内さんだった。
「いつも来るのは歴史研究会の者だったが、君たちはさっき違う名乗りをしたな。」
「はい。私たちは、中世史研究会の者です。このたび、歴史研究会と郷土史研究会、それに私たちの3部合同で調査をする事になりました。」
「そうか。それでわしに話しとは何だ。」
いい感じの滑り出し、に見える。小山内頑張れ。
「はい。まずはこれまで、私たちの活動にご理解をいただきましてありがとうございます。」
小山内はきちんと頭を下げて、続けた。
「その調査の結果、私たちは、調査をご許可いただいていたあの林が、城跡であるとの結論になりました。」
藪内さんは腕組みをしながら大きく頷いた。
「やはりそうか。」
ずっと、藪内さんもそう考え続けていたんだろうか。
「はい。そこで次の調査として、私たちは、あの城跡に焼けた跡があるのかどうかを確認して、あの城跡の主であった遠西氏が、現代に伝わっているとおり三辺氏に滅ぼされたのかどうかを確認したいと考えました。」
「なに?どういうことだ?」
藪内さんは目をむいた。
「はい。一般的に言われている遠西氏が滅ぼされたという説のほかに、遠西氏は自ら三辺氏の支配下に入ったという異説があります。その違いは、あの城跡で合戦があったかどうか、の違いになってくると私たちは考えました。」
藪内さんは腕組みを崩さずに聞いている。
小山内の耳際をまた一筋汗が流れた。
「もし、城跡に焼けた跡があれば、遠西氏は三辺氏に滅ぼされたという説の証拠の1つになり、なければ自ら三辺氏の支配下に…」
「おまえら、何を言っとるかあ!!」
突然、藪内さんは両手の握り拳で机をどしんと叩きながら老人とは思えない圧のある大声で怒鳴った。
「遠西様が武士の面目にかけて守った城を自ら三辺に差し出したとは、言うに事欠いて何をほざくか!」
藪内さんはさらに怒鳴りつける。
小山内は突然豹変した薮内さんの大声にびくんと大きく震え、そのまま凍り付いた。机の下で握りしめた手がかすかに震えてる。
俺も突然のことに震え上がった。
だが、さすがに直接怒鳴られた小山内より俺の方が立ち直りが早い。
それにいま俺が小山内をサポートしないと、何のために一緒に来たかわからんぞ。しっかりしろ俺。
さすがに、女子高生をいきなり怒鳴りつけたのは藪内さんも気が咎めたのか、それ以上何も言わずに、決まりが悪そうな顔をして庭の方を向いて黙りこんでいる。
だが、藪内さんは遠西氏の最後について何か知ってるような感じだ。これは今度の合同調査にも重要な情報だと思う。
俺はない知恵を絞って、とにかく時間稼ぎにもなるような言葉を探し出した。
「藪内さん、失礼はお詫びします。なにか遠西氏のことについてご存じのことがあれば、是非お聞かせください。」
俺の言葉に反応した薮内さんは、俺に視線を向けて、決まりの悪そうな顔をしたまま、それでも俺をにらみ付けて黙り続ける。
だが、俺を睨みつけはしたものの、帰れとは言わないってことはまだ脈があるんじゃないだろうか。
小山内なら、もう一押ししてる間にきっと立ち直って糸口を見つけられるだろう。恐いけど、もう一度だ。
「僕たちはきちんと歴史を明らかにしたいと思っています。もし、藪内さんがご存じのことを教えていただければ、遠西氏のことについてもっと詳しく、正しく理解できるようになるかも知れません。」
一層、圧を増した視線で俺は薮内さんに睨みつけられている。だが、俺がここで折れたらこれまで歴研の人たちが積み上げて来たものが、
…いや、それもあるが、俺にとって一番の理由は、
小山内が見つけた「楽しいこと」が最悪の形で終わってしまう。
それだけは、絶対に受け入れることはできない。
だから俺も一歩も引かくわけにはいかない。
いや、チラッとは超能力使ってやろうかとは思った。だが、それをやっても、やっぱり小山内が見つけた「楽しいこと」が終わってしまう気がしてな。
だから俺にできることは、切れかけた糸を必死に繋ごうとすることだけ。
何回も言ってる通り、俺は超能力が使えなきゃただの高校生でしかない。そんな俺がおっそろしい目力で睨みつけてくる相手にできることと言ったら必死に説得を続けるか土下座しかねえ。
だが、ここで俺が土下座したら小山内にも土下座なんて無様な真似をさせちまう。誇り高い小山内にそんなことはさせられない。
ただ、さっきの薮内さんの言葉で気になったところがあったから、攻め口を変えてみよう。
「薮内さん、先程薮内さんは、遠西様が武士の面目にかけて守った城、と仰いました。薮内さんは遠西氏と何かご関係があるのではないですか?」
普通、遠い昔に滅びた領主を「様」をつけて呼ぶようなことはない。だから、薮内さんと遠西氏との間に何か関係があるんだと思いついた。
俺の隣で凍りついていた小山内が、はすっ、と大きく呼吸をした音が聞こえて、
「私たちは、現地調査に先立って、あの城跡についてどのような言い伝えや研究があるかを調査しました。」
ようやく小山内も参戦。
声に少し震えが残ってるが、話の内容はいつものしっかりした小山内だ。
だが。
そんな調査をしてたなんて知らなかった。
小山内はいつそんなことを鳥羽先輩達から聞いたんだろう。無事に使命を果たせたら帰りに聞いてみよう。
俺がこんな余裕を持てたのは、小山内が自分を取り戻したからだぜ。小山内がいると安心して余計なことを考えられる。
悪いが小山内しばらく頑張ってくれ。
俺の言う余計なことってのは、俺がこの家に感じた違和感のことだ。
こんな大きな家に老人が独り住まい。なのにこんな大きな家の内外の手入れは行き届いている。これは薮内さんの家族でない誰かが薮内さんのお世話をしていることを意味している筈だ。
だが、薮内さん自ら迎えに出てきてくれて飲み物も自身で出してくれた。つまり、今この時点ではそのお世話をしている人はいない、ということになる。
薮内さんには俺たちがお昼過ぎに来ることを知らせていたから、その人に俺たちの応対をお願いできたはずなのに、帰してしまったということか。
いや、夕食の用意もあるだろうからこんな時間に帰してしまうのは変だ。
もちろん高校生2人の応対くらい自分でと考えてお使いにで行ったのかもしれない。でも、飲み物を出してくれた時の口ぶりやストローがなっかったことを考えると、薮内さんはそういうことが苦手なようだ。
だったら俺たちが来るのを忘れてお使いに出してしまった?
いや、薮内さんは俺たちにわざわざ炭酸の効いたサイダーを出してくれた。自分用には麦茶らしい飲み物を持ってきたのに。俺がいつも飲んでるそのサイダーはいつも通りの味だった。
つまり俺たちに出してくれるためにわざわざサイダーを用意してくれたということになる。
そんな人が俺たちが来るのを忘れるだろうか?
サイダーといえば、俺たちにサイダーを出してくれたことにも違和感がある。
もし、高校生が来るから飲み物を用意しておくようにという指示をしていたのだったら、どうだろう。
事前に小山内と話した薮内さんは、今日来る俺たちのうち少なく1人は女子だと知ってたはずだ。
女子の中には炭酸が苦手な子がいる。もし隅々までこの家の手入れを怠らない、気の利く薮内さんのお世話をしている人が、俺たち用の飲み物を用意するなら、女子高校生に出す飲み物としてサイダーを用意するだろうか?
なのにサイダーを出してくれたことから逆に考えると…
小山内が四苦八苦しながら薮内さんの説得を試みる姿を横目で見ながら、俺は考え続ける