第65話 ミッション (3)
俺は、考えていたことを話し始めた。
「最初に小山内がこの活動を始めようって言ってくれたとき、小山内の計画だと、小山内が助けを求めてる人に最初に接触して、内容を聞いたり信用出来る人かを確かめたりして、その後に俺の出番、という感じだったよな。」
「ええそうよ。」
まだ小山内は警戒中。目つきが厳しい。なんか、小山内が猫だったらフーッ!っとうなってそうだ。
「でも、コンビニの件で思ったんだが、小山内は俺よりずっと目立つ。だから、小山内が接触した人が救われたら、それはとても目立ってしまう。そんで、小山内に相談した人は、全員、なぜか救われていく、ってなりかねない。そうなったら、今度は小山内が危険になる。」
「だからっ。」
小山内が何か言うのを封じるように、俺は言葉を急いだ。
「だから、どうしたらいいか、一緒に考えてくれ。」
「えっ。」
「だから、俺だけじゃ、勝手に暴走を初めてこの前みたいなこと言いだしかねないから、小山内も一緒にどうしたらいいか考えてくれ。」
小山内は、こういうのをなんてのかな?鳩が豆鉄砲喰らったような、って言うのか?
脳裏に、鳩が豆を空中キャッチしてごちそうさま、って顔してる絵が浮かんだが、そういうんじゃなくって、昔っから言う方のびっくり顔。
もともと大きい目をさらに大きく開いて、ちょっと唇も開いてる。
こういう小山内もかわいいな。いやいや本題本題。
「だめか?」
ちょっと意地悪してみたりする。
「いえ、あの。…いいに決まってるでしょ。」
足を止めてた小山内が、また歩き出しながら、少しきつめに返事をする。
「で、どうしたらいいと思う?」
俺も追いかけながら、話を戻した。
「あんたはどうしたらいいと思うのよ。」
「うーん、それがな、なかなか思いつかない。」
「私も。」
うーん。
「ただ、助けて欲しいことを聞くだけなら、誰でも普通にやってることなの。」
「そうだ。」
「私たちは、それを解決できる、というか、何も知らない人から見たら、私たちに相談したことは、なぜか解決してしまう、ここが一番のポイントなのよね。」
「そうなるな。だからといって、救いを求めてる人を、俺たちで選んで、助ける人と助けない人を選ぶなんて出来ないぜ。」
それをやったら、俺たちがそれこそ神様みたいになっちまう。あるいは悪魔か。
「そうなの。私たちは、選んじゃいけない。もちろん、誰かを傷つけようとしてる人とか、罪を犯そうとしている人の助けなんてしないけど、救いを求めてる人を、自分たちの都合だけで救われる人と救われない人を決めるなんてことしちゃいけないと思うの。」
「俺もそう思うんだ。」
「すぐにいい方法は思いつかないわ。ふたりでじっくり考えましょう。」
そう言いながら、小山内はある家の大きな門を指さした。
いつの間にか、俺たちは、藪内さんの家に着いていた。
古風な門にあんまり似合っていない、現代的なインターホンを押して暫く待ってると、応答のプッという音が聞こえた。
小山内が「英堂館高校の者です。」と涼やかな声で告げると、「門の横のくぐり戸を開けてあるから入ってきなさい。」という、しわがれた男性の声が聞こえた。
「電話に出てくれた藪内さんの声よ。」
と言って、小山内は、指示どおり、門の横にあるくぐり戸を開けて中に入る。俺もその後に続いて入って、
そりゃもうびっくりしたぞ。
広大なお庭に、立派な枝振り、だと思う松やら、あと何かよく知らない植木やらが、手入れの行き届いていることが素人の俺にすらわかるような状態で、築山のそこここに植わっている。
その築山の間には、波の形の整えられた白い砂利が敷き詰められている。
その砂利には、これまた立派な岩がおかれていて存在感を放っている。
まるでどこかのお寺のようだ。
小山内も「すごいお庭。」と呟いてる。
門から延びる石畳の道の先には、これも年代を感じる2階建ての大邸宅。
地図サイトから想像はしてたけど、航空写真と、地上から見上げる景色とでは迫力が全然違う。
俺が気を取り直して、その邸宅の玄関に視線を戻すと、玄関の引き戸がガラガラとあいて、灰色のポロシャツにベージュのズボン姿の背筋の伸びた小柄な老人が姿を見せた。
「なにをしている。早く入ってきなさい。くぐり戸を閉めるのを忘れないようにな。」
「はい!」」
俺たちは声を揃えて返事をして、急いで玄関に向かった。
いいか、玄関に入った、じゃなくて、玄関に向かった、だからな。
玄関に入ると、さっきのご老人が身をかがめながら、上がりがまちに2人分のスリッパを出してくれていた。
「入りなさい。」
体を起こしたご老人は俺たちにそう声をかけてくれた。
小山内は、すぐには動かず、姿勢を正して、
「はじめまして、英堂館高校中世史研究会の部長の小山内凜香と申します。この度は突然のご連絡にも関わらず、快くお受けいただきましてありがとうございます。」
と、ほれぼれするような凜とした声で言って、深く頭を下げた。
おれも、ご老人をしっかり見て、名前を名乗って、深く頭を下げた。
「そういう堅苦しいのはいいから、頭を上げなさい。」
の言葉で顔をあげると老人も名乗ってくれた。
「わしが、藪内だ。藪内省三だ。」
斉藤先生から聞いていた名前だ。
ということは、このご老人がこの家の主が。こんな大邸宅に住んでいるのに、直接本人が対応に出てきてくれたのか。
「はい、ありがとうございます。」
藪内さんは、それには答えず、手招きして、俺たちを奥に招き入れてくれた。
小山内は、薮内さんのサンダルしか置かれていない広くて分厚い一枚板の上がりがまちで姿勢良くしゃがみ、自分の脱いだ靴を整える。
美しい所作だ。なんで、小山内はこう、何でも出来るんだろうな、なんて考えながら、俺も急いで靴を整えて小山内の後を追った。
掃除の行き届いた長い廊下を通って案内されたのは、いったい何畳あるんだっていうくらいの広い座敷。畳のいい香りが部屋に満ちている。廊下に面した太い木枠の掃き出し窓からは、さっきの壮大な庭が広がっているのが見える。
座敷の真ん中には、大きな座敷机が置いてあるんだが、なんと、大木の輪切りにそのままぶっとい足をつけた壮大なものだった。
俺たち、こんな所に入っていいんだろうか?
なんて一瞬躊躇したが、小山内は、いつものすっすって感じで入っていった。
俺は雰囲気に飲まれてあやうくスリッパを脱ぎ忘れそうになったけど、なんとか立て直した。
俺たちがその壮大な座敷机に正座して着くと、藪内さんは、「ちょっと待ってなさい。」
と言って、奥へ引っ込んだ。
「すっごい家だな。」
と、つい、姿勢良く正座してる小山内に話しかけたら
「静かにしてなさい。」
と睨まれてしまった。
いや、この状況落ち着かないし。小山内すごい、と思ったら、小山内の耳のすぐ横を汗が一筋流れていった。
そうか、小山内も緊張してるのか。
そんで、小山内、できる限りサポートするからな。
って意味を込めて笑顔でサムズアップして見せたら、余計睨まれた。
せめて心意気ぐらい受け取ってくれよ。