第64話 ミッション (2)
鳥羽先輩からすぐに資料はオーケーの返信が来た。
かすかな顔の赤らみ、くらいにまで戻った小山内は、「部長の仕事だから。」と言って、土地の所有者さんに、2人で週末にお伺いする電話をかけてくれた。
俺がそういうのを苦手にしてるのに気がついてくれたのか?
もちろん、俺以外の人向けの中の人の見事な話術で週末の約束を華麗にゲット。
藪内さんというその土地の持ち主さんは、小山内に言わせると、「かなりのお年寄りみたい。礼儀に厳しいと思うから、あんた、頑張るのよ。」という人とのことだ。
もちろん頑張る。頑張るけどな、礼儀なんてそうそう2,3日で身につくもんじゃないぜ。
藪内さんの住所を地図アプリで検索すると、駅から歩いて15分くらいの所だった。スマホの地図アプリには大きな建物とお庭があるように描かれていて、結構な豪邸に見える。
そりゃ、あれだけの広さの城跡の土地をもってるくらいの人だからな。もしかすると、先祖代々庄屋さんとか、地主さんとか、もしかしたら、遠西氏の末裔とかなのかも知れない。
土曜日。
薮内さんちに行くために、いつも通学に使っている駅前で待ち合わせた。今日は学校は休みだが、部活の用事で訪問するので俺は制服姿だ。
リュック以外の何も持たずに出ようとしたら、今日の話をしていた母さんが、「ご挨拶の品をもって行かなくてもいいのかしら?」と聞いて来たので、急いで鳥羽先輩に確認したら、いつも持っていってないとのことだった。
だからいつものリュック以外に持ち物はない。なので、まさに通学時の姿そのもの。
電車の都合で、待ち合わせの時間よりかなり駅に着いた俺は、駅の改札で小山内を待っていた。
俺が、特に理由もなく小山内が降りて来そうな階段の方を眺めていたら、小山内も早めの電車に乗って来たらしく待ち合わせ時間に余裕を持って階段を降りて来た。
小山内も打ち合わせ通り、見慣れた制服姿だ。
俺が改札にいるのに気づいた小山内は小さく手で合図して真っ直ぐこっちにやってくる。
小山内が近づいて来るのを見ていた俺は、小山内とすれ違う、特に男の視線が小山内の姿を追っているのに気がついた。土曜日にも運動部の部活はあるから、ここの駅にうちの学校の制服姿があっても違和感はないはずなのだが。
だけどな、ある意味、俺にもその気持ちはよくわかる。
小山内は自分のことを「かわいい」とか言ってやがったが、あれは小山内的には冗談で言ってたのは、その口調からわかった。
だが、正直、小山内は本物の天然美少女だから始末が悪い。しかも不思議なことに、小山内自身はそのことをあんまり自覚してないらしい。
まあ、小山内はこれまで、別のことに気を張って生きて来たからな。気が付くきっかけがあっても、ずっと自分を否定的に見ていた小山内は、心に分厚いガラスの盾でも構えてたんだろうさ。
なんで俺がこんなことを言うかって?
そりゃ俺がそのとばっちりを受けてるからだ。
今日だって、うちの学校の生徒がちらほら通りかかる中で、小山内は、先に着いて待ってた俺に、笑顔で「待たせたわね。じゃ行きましょうか。」と言いながら近寄って来た。
その様子を凝視してたあいつ、1年2組の教室で見かけた奴だったぞ。たぶん何かを誤解したんだろ。
月曜日が楽しみだ。はあ。
なのに小山内は、
「何変な顔をしてるのよ。時間にはまだ余裕はあるけど、さっさとと行きましょう。」
これだもんな。
そんな俺の心の波風に気がつくわけがない小山内は,
上機嫌で俺を待つことなく歩き始めた。
「ちょっと待てよ。」
「何ぐずぐずしてんのよ。早く来なさい。」
そう言いながら振り返った小山内は、足を止めて、何かに気づいたかのように俺の背後に視線をやってる。
追いついた俺が「どうした?」と聞いたら、小山内は、「何かご挨拶の品を持って行った方がいいんじゃないかしら。」と言い出した。どうやら小山内が見てたのは駅前の店だったようだ。
俺は、何でもよく気がつく小山内よりも先にそのことに気がつけたような気になって、思わず、
「鳥羽先輩に確認したら要らないってさ。いつもよく気がつく小山内より先に気がつくなんて俺も捨てたもんじゃないなよな。」
と言ったら、「バカなの?」って返された。
小山内の言い分は、「気づいてて、鳥羽先輩から持って行かなくていいって言われてたなら、すぐに伝えて。」ってことだった。
「それを知らない私がもし何か持って来てたらどうするのよ」、だってよ。
たしかに。一理ある、どころか、その通りとしか言いようがない。
ただ、小山内は、俺にそう言った後、なぜかじっと俺の目を見ている。
俺に何か言って欲しそうに見えるんだが。
でも、「ごめん」と言って欲しい、という感じではない。
なんだ?
数瞬が過ぎて突然、ある言葉が頭に蘇り、
自然とその言葉が口をついて出た。
「そうだな。俺たちはチームのパートナーだもんな。これから気をつける。」
小山内は、俺から目をそらしながら、笑みがこぼれるのを無理矢理押さえつけてるみたいな不思議な表情になった。
「そうよ。ちゃんと自覚しててよね。私たちはチームの…パートナーなんだから。」
そう言いながら小山内は俺から不自然なくらい顔をそらす。
「ああ。」
そうだな。
そういえば最初にこの言葉を小山内が使ったとき、俺は照れて口に出してなかった。
「チーム、か。」
口の中で繰り返す。
うん。
「なに?」
「いや、俺たちはチームだって、小山内に直接言ったのは初めてだったなと思ってさ。」
「バ、バカじゃないの?そんなことわざわざ言わなくていいの。」
小山内は早足で俺の前に出て、そのままずんずん進んで行った。
「早くきなさい!」
そういう小山内の声は心なしか弾んでいるように聞こえた。
そういう、青春の一幕、みたいなこともあったが、並んで歩く俺と小山内は、街中を抜けていく道を辿る。
地図アプリによると、もうすぐ市街地が切れて、一気に田んぼ地帯になるようだ。
「いい天気ね。」
とか、
「あそこのパン屋うまそうだな。」
とか、まあ、さっきとはうってかわった穏やかな会話をしてたんだが、小山内と話しておかないといけないことがあったことを思いだした。
「小山内。」
「なに?」
「俺たちの、もう一つの活動の方なんだが。」
「うん。」
「こないだ、小山内とコンビニで振り込め詐欺を阻止した一件があっただろ?」
「ええ。」
「伊賀から聞いたんだけど、あのとき、小山内のことを目撃してたうちの生徒がいたそうだ。」
「私も聞いた。うちの学校の裏掲示板に書き込みがあったって。」
「うん。小山内は気付いてなかったんだよな。」
「ええ。おばあちゃんを止めようと必死だったから。」
「小山内は、その、目立つから、これからもそういうことがあると思うんだ。」
俺の言葉を聞いて、小山内の表情が一気に険しくなる。
「なに?またやめようという話しなの?」
「そうじゃない。ちゃんと聞いてくれ。」
小山内は警戒感を露わにしながら、それでも「わかった。」といってくれた。