第59話 チーム (3)
小山内からの連絡が来たのは、夕方、俺が下校途中のことだった。
普段はメールなのに、なぜかいきなり電話で。
コール中に次の駅に着いたから慌てて電車から降りる。
「もしもし、俺君?」
握りしめたスマホの応答マークをスワイプしたら、いきなり焦ったような小山内の声が飛び込んできた。
「ああ。俺だ。何かあったのか?」
「ええ。今あなた対応できる?」
「何に?」
「あれよあれ。」
「…超能力か?」
「そうに決まってるでしょ。」
小山内、もしかしてお前にとって俺の存在意義って超能力だけなのか?
だが、とりあえずそんなことはどうでもいい。
「今すぐは無理だ。周囲にいっぱい人がいる。ちょっと移動するから待ってくれ。」
「おねがい急いで。」
小山内は、本当に急いでいる。声の調子が切羽詰まってることでそれがわかった。
「とりあえず、人のいないところに移動するから、それまで何があったか教えてくれ。」
「良く聞いててね。私、駅前のコンビニに居るの。」
どこの駅の?
「そこのATMでおばあちゃんが、大金を送金しようとしてるの。操作方法を聞かれた店員さんがそれに気付いて、止めようとしてるんだけど、息子さんが大変なことになって、すぐにお金を送らなきゃって言って聞き入れないの。私も止めようとしてるんだけど、おばあちゃんが、誰かに指示されてる携帯から手を放さなくて。このままだと、おばあちゃんが大事なお金を取られちゃう。どうしよう。」
どこからどう見ても、いや聞いても、振り込め詐欺だよ。どうすればいい?
頭を働かせろ。
「俺はもうすぐ誰もいないとことに着く。おばあちゃんの名前わかるか?」
「ちょっと待って。」
携帯の奥で小山内が誰かと話してるのが聞こえる。
小山内の声が戻ってきた。聞こえてくる小山内の息が早くなってる。
「だめ。教えてくれない。」
送金を止めるためには、出来るだけ細かく特定しないと超能力で止めることが出来ない。
たとえば「田中一郎さんが今から新宿駅前のコンビニからATMを使って送金しようとしたら、その送金は必ず成功する」、って具合にだ。
そうしないと、全国のATMからの送金が止まってたり、全国の田中さんがこれからATMからの送金が出来なくなってしまって大変なことに…
ええと…「駅前のコンビニに居るおばあちゃん」、ダメだ。
「駅前のコンビニで小山内と一緒に居るおばあちゃん。」
これならいけるか?いや、店員さんやお客におばあちゃんが居たらダメだ。
そうか!別におばあちゃんにこだわらなくても!
「小山内。いまどこのコンビニだ?」
「金森駅。金森駅前のコンビニよ。」
そのときようやく、駅の片隅に人がいない物陰を見つけた。
そこに駆け込んで、もう一度頭の中で思いついた作戦を繰り返す。
大丈夫、小山内との連携をとれば大丈夫だ。
「小山内、俺が電話越しに言う言葉が聞こえたら、すぐにおばあちゃんを止めろ。」
「でも。」
「いいから俺を信じろ。」
「…わかった。信じる。」
「俺もお前を信じる。」
小山内が息を呑む音が聞こえた。
おれは構わず、言った。
「金森駅前のコンビニで小山内がATMからの送金を止めようとしているおばあちゃんは、小山内の説得が失敗して送金してしまう!絶対だ!」
「…直接言われると、やっぱりきついわね。」
小山内はそれだけ呟くと、電話の向こうで何かを話しかけ始めた。
俺は耳を澄ませてその様子をうかがう。
電話から何人かの声がしているのが聞こえるが、どれがおばあちゃんの声だかわからない。
ほんとは小山内だけに背負わせずに飛んで行きたいところだが、金森駅までの距離を考えれば、それよりも小山内を信じてここにいて、いつでも通話できる状態にしておく方がいいのだろう。
しばらくして小山内が電話に戻って来た。
「一旦切るわね。ちょっと待ってて。」
「ああ、わかった。」
どうなった?うまくいってるのか?そう聞きたいが、小山内が待てと言ってるんだから、何も聞かずに通話を切った。今までの経験からすれば、小山内がこう言うときはだいたいその通りにした方がいいからな。
とはいえ、じりじりしながら待つ。
待つ。
こういうときの数分は長いな。
変にのどが渇いてきたし、何か自販機で買って飲もうか、なんて思ってると、またかかってきた。スマホ画面に小山内の名前があることを確認して通話マークをスワイプ。
「おまたせ。」
小山内からはあんまり聞いたことないセリフだな。それに、小山内の声が明るいぞ。
「ふふーん、どうなったと思う?」
おい、小山内、おまえ、ばば抜きで負ける人だろ。
電話の向こうでなんかいい感じに口元がにやけている小山内が見えるようだ。
まあ、でも、俺が小山内にばば抜きで負けてやる義理はないし。
「うまく行ったんだろ?」
「え?なぜわかったの?」
「小山内の声が明るいし。」
「私の声ってそんなにわかりやすいの?」
「女優にはなれないな。」
「えーっ。あんたには私の素晴らしさがわからないだけでしょ。ふふーん。」
いや、美少女でかわいいのは認める。優しさも人一倍。性格は、俺用じゃない中の人が出てきてるときにはみんな大好き小山内さん、だからアイドルにはなれるかもしれなけどな。
でもなんか悔しいからそういうことは言ってやらね。
「いいから、どうなったか教えてくれ。」
「うん。あんたのね、えーと…あれの後、一回通話を切って、もし本当にあなたのお子さんなら、また電話を掛けたらつながるはずだから、ってもう一度説得したの。そしたら、おばあちゃん、ようやく聞き入れてくれて。それで、おばあちゃん一回電話切ってくれてからお子さんにかけ直したら、そんな電話自分はかけてない、って言ってくれて。」
「そうか、やったな小山内!」
「ええ。…でも、多分あんたのおかげね。」
「いや、小山内が、最後まで諦めずに説得したからだよ。そうじゃなかったら、おばあちゃんが送金してしまって手遅れになってたはずだ。」
「…じゃあ、わたしとあなたのチームの力ね。」
あ、そうか。そうだな。俺と小山内のチームの力だ。
じわじわとうれしさがこみ上げてきた。
きっと、おれの口元もにやけてるだろう。
だから、照れ隠しに、短く答えてやった。
「そうだな。」
ってな。