第7章 リブート 第57話 チーム (1)
うん。
もう、勘弁な。
何がって、小山内とのことだよ。
火曜日の朝起こったことを思い出すと、なんか鳩尾のあたりがキュッと締め付けられるように苦しくなる。
ほんとーっに間の悪いことに、あの藤棚でのこっぱずかしいことがあった日の夜、鳥羽先輩からメールがあった。
小山内が何か言ってきたのかと思って、スマホに飛びついて、勢い余って床に落下、響いた音に驚いた母さんが部屋を覗きに来たっていう、高1にあるまじき失態を演じて、その結果が鳥羽先輩のメール。
鳥羽先輩はいい人だ。間違いない。だけど超感覚ぐらい身につけて、俺にメールしていいタイミングかどうかぐらい感じ取ってくれ。
その上、メールの内容が第2回合同調査のお誘いときたら、毎週火曜日にやってることになってる中世史研究会で、小山内とその話しをしなきゃならなくなったじゃないか。ちなみに火曜って次の日な。
鳥羽先輩はそれ知ってるから、間に合うようにメールくれたんだろうけどっ、けどっ!
間が悪いって言葉の例文に使えるくらいだ。絶対。
そんで翌日。
登校した俺は、どんな顔して近寄ればいいかすらわからない状態で小山内の机に近づいた。
ちょうど小山内は俺に背を向けて、後ろの席の河合さんと話してたんだが、俺に気付いた河合さんがいきなり、小山内に見えないように、しっしっと手を振って俺を追い払おうとした。
おそらく、河合さんの視線が自分から外れたことに気がついて、背中に目のついてない小山内は、何だろう、って程度の軽い気持ちで俺の方を振り返ったんだろう。
そんでいきなり、小山内の動きと表情が凍りついた。
俺にどんな反応をすればいいか分からなくなったんだな、これは。
小山内は、あんだけ自分をさらけ出したことだけでも身悶えしてたんだろうけど、そっちの方は、土曜日の夜家族と話して、ずっと積み重なってしまった重荷がこれから消えていくだろうことで、まあ落ち着く方向だろう。月曜の朝に視線が合った時は今日ほどひどくなかったからな。
だが、月曜日のあの藤棚での出来事は、ダメージがでかいはずだ。
俺でさえ、思い出すたびに身悶えする時間が長くなってきてるんだぜ。
自分をヒーローとか、小山内を女神とか。
小山内の方は藤棚の幻想的な光景もあってそりゃ女神様並みにかわいかった。
だがな自分自身をヒーローとか、結局、俺は小山内のために超能力使ってもないのにだぜ。
くうううぅぅ。
俺の方がそんななのに、女神様をやらかした小山内はそりゃもうあり得ないほど悶えてるだろう。
なんでそれがわかるかっていうと、鳥羽先輩からのメールのあと、小山内にメールを送ったんだ。「明日話さなきゃならないことがある。」ってな。
ところが返事が来ない。今まで事務連絡を無視したことなんてなかったのに、だ。
SNSを使って連絡できれば既読がついたかどうかで小山内が読んだかがわかるんだろうが、SNSいじめのニュースを見た両親から、スマホを許してもらう代わりにSNS禁止の条件がつけられてる。
なので小山内が返事をくれない限り、小山内が中世史研の活動が今日あるとわかってるかどうかわからない。
ということは朝から直接声をかけるしか無くなる。
俺だって嫌だよ。
…いや、「嫌」ではないんだが、ええと、その、とにかくすっげー声をかけにくいんだよ。
この感覚、わかるだろ。
んで、俺もかなり緊張して朝教室にいた小山内に近づいてったんだ。
それで小山内がフリーズしたってわけだ。
俺は演技なんてできないから、俺の教室に入ってからの不自然な足運び感じは、気付く奴がいたっておかしくないレベルだ。俺、いつも小山内に近づく時はどうやってたかわからなくなったからな。
でも、小山内、お前のそのフリーズはダメだ。あからさまな上に、お前を崇め奉ってる河合さんの目の前だ。河合さんが俺にいつも以上に殺意を向けてきたじゃないか。
とにかく小山内を再起動させなければ。
「お、おはよう小山内さん。」
あのな、教えといてやるが、こういう時、「おはよう」のアクセントをどこに置いてどう言えばいいかわからなくなっちまうからな。
とにかく俺は、とりあえず、いつもしてた気がする笑顔で声をかけた。
予想どおり小山内は再起動した。だが、俺から視線を逸らしながら
「あ、えーと、俺君おはよう。」
あのな、このやりとり、俺とおまえに何かあったって言ってるようなもんだぞ、小山内。
実際、何かを察知したらしい河合さんが机の中からレポート用紙を取り出して、「死ね死ね」書き出したし。
まあそんなの構ってる場合じゃないんだがな。
とにかく用件を伝えねば。
「小山内さん、昨日、鳥羽先輩からメールがあって今日話し合わなければならないことがあるから、今日の活動はいつものところでやろう。」
すっごい説明くさいだろ。
これ、登校中になんて言えば一番いいのか考えた末のセリフだからな。
つまりな、こう言えば、俺はあくまで部活の話ですよーってことを、俺たちの様子が変なことに気付いて、俺たちの話しを聞くとも無しでは無しに聞いてる連中にアピールできる。それに、もし小山内がメールを読んでなくても、言いたいことが一発で伝わって、余計な会話無しにその場から逃げ出せるってお買い得な方法なんだよ。
どうかね?諸葛凛くん。
ところがその小山内は何を思ったか、
「メールを読んでるから言われなくてもわかってるわよ。そんなことわざわざ言いに来なくてもいいの。こっちに来ないで。というか、今日はあそこに行きたくないんだけど。」
しーん…ざわざわ
「あいつ何やったんだ?」
「凛ちゃんをあそこまで怒らせるって何やったの?」
ほうら、朝のざわめきの中でもやっぱみんな俺たちの会話を聞くとも無しでは無しに聞いてただろ?
しかも小山内は俺から顔を逸らせたままで言ったもんだから、
「あれ、俺くんの顔を見たくないってこと?」
なんて声が、教室中に広がったざわざわに混じってたりする。
ぬはは、諸葛凛敗れたり!
…ほんと勘弁してください。
フリーズしたままの方がマシだったよ。いきなり口が回るようになるってなんなんだ?
あれか?小山内がわかってることをわざわざ俺が言いに行ったせいで、自分が不審な行動をとることになってしまったとか考えて逆ギレしたのか?
あ、それよりも。
「じゃ、どこならいい?」
「…もういい。」
「え?」
「もう。あそこでいいって言ってるの。」
「そ、そうか。」
俺はそそくさと退散した。
小山内の机から離れる時に黒髪の間からちょっとだけ見えた小山内の耳は真っ赤だったよ。
小山内おまえね。そんなになってるのにわざわざ注目集めるようなことしちゃダメだろ。
俺が自分の席の方にいくと、なんかもの問いたげな表情のホリーが俺を見つめてた。
「おはよう。」
「おはようテルくん。」
何故かホリーは、俺がホリーって呼び捨てにするのにたまにくん付けの時がある。
この間なんでか聞いたら、「んー、その時の気分?」とか分かったような分からないようなことを言ってた。
とりあえず挨拶は終わったから、俺はさっさと席に着こう。先生来そうだしな。伊賀、寄ってこなくていいぞ。
「テル、小山内さんと何かあったの?朝来た時からなんかたまに小山内フリーズしてたけど、あれテルが原因?」
ホリーが机越しに身を乗り出して聞いてきた。