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 第56話 苦しみの先にあるもの (2)

「ちょっと顔を洗ってくるから待ってなさい。」


と言って、俺の返事を待たずに小山内は席を立った。

小山内の中の人も、ちゃんと俺担当の人が出てきたから、もう大丈夫だよな。


しばらくして、すっきりした顔で小山内が戻ってきた。

座席に着こうとした小山内は、にこやかに笑いながら、開口一番。


「やっぱりあんたを許さないことにしたわ。」

「ええええっ?」

「許して欲しい?」

「で、できれば。」

「じゃ、条件があるわ。」

「何でしょうか。」

「条件を聞く前に、どんな条件でものみます、って言いなさい。」

「そんなのありか?」

「私を泣かせたくせに。」

「…どんな条件ものみます。」

「よろしい。」


小山内は、どこかの特務機関の司令みたいに両肘をテーブルにつけて掌をくみ、その掌越しに俺を睨んだ。

こわー。


「じゃ、条件を伝えます。」

「はひ。」


口をつぐんで俺を睨む小山内。

これは、逃げられない。


「…はい。」

「あんた、これからも、私と人助けしなさい。」

「それは。」

「なによ。」

「それはおまえを危険に。」

「あんた、やっぱりバカなのね。」


小山内おまえ、復活早すぎないか?

泣いた子がもう笑ったって言うけど、あれ、ちっちゃい子のことだぜ。

なんだよ、その満面の笑みは。


「私は、ちゃんと気をつける。あんたも、私をかならず助ける。さっきあんた、私にそう約束したわよね?」

「それは…」


小山内が微笑んだまま一睨み。おまえ、器用だな。


「……。」

「…そうですね。」

「だったら大丈夫よ。」

「…。」

「あんたね、私にこれからどんどん、楽しいこと、嬉しいことを見つけて自分を救えって、言ったでしょ。」


小山内みたいなすっごい記憶力がない俺でも、それくらいは憶えている。


「ああ。」

「あんたさっき、私になんて言ったか憶えてる?」

「なんかいろいろ言ったな。」

「『榎本さんや春田さんを救えて、俺は嬉しかった。また、おまえと一緒に誰かを助けたい、って思った。』」


赤面である。

高1の俺の耐久力を遙かに超える一撃である。


「私も『嬉しかった。』って言ったわよね。もちろん憶えてるわね?」


たしかに憶えてる。憶えてるけどさ。

なんだよ、その俺を追い詰めるのが楽しいって顔は。


「じゃ、決まりね。あんた、嘘つき君になりたくないんだったら、私が嬉しいことを見つけるのを手伝いなさい。これは、私の決定なんだから、あなたが私を危険にさらすかも知れないって気に病む必要なし!」

「小山内…」


おまえは、なんて奴だよ。

でも、なんか心地いいや。

だから俺の答えは決まってる。というか、もとから選択の余地無いし。


「わかった。おまえと一緒に人助けを続けるよ。」

「よろしい。」


小山内、おまえ何思いっきり笑ってんだよ。

だが、その笑顔、俺も救われたぜ。



その後、俺たちは、カフェを出て、なんか、どうでも良いことを喋りながら駅まで小山内を送っていった。

小山内が改札の中に入ったあと、俺が帰ろうとすると、小山内が改札脇の鉄柵の所に戻ってきて俺を呼んだ。


なんか、また思いついたのか?

条件追加とか?


「月曜日、掃除終わったらすぐ藤棚に来なさい。」

「中世史研の活動日じゃない日にお前と会ったら目立つんじゃ?」


一応抵抗してみる。


「気になるんだったら、みんなに気付かれないように来なさい。私を見習ってね。」


ああ、いつもの小山内ルート使えってか。

まあそれなら。


「わかった。用件は何だ、というか今じゃダメなのか?」

「だめ。いいから来なさい。」

「へいへい。」


俺の答えに満足したか、小山内は、さっと片手を挙げて「じゃ!」と言うと、今度は振り返りもせずに帰っていった。



月曜日。

指定されたとおりに掃除の後、遠回りルートで藤棚へ。

まだ藤棚は満開だが、そろそろシーズンも終わりか?

なんて、あいもかわらずベンチに座ってぼーっとしてると、テラスの方から小山内が現れた。

いや、目立っちゃダメじゃん?


「待った?」

「いや。掃除してたからな。」

「まあ、そうね。」


小山内は、俺の隣に腰掛けた。

小山内は、何かを見る様子でも無く、正面に視線を送って話し始めた。


「昨日ね、パパやママと話したの。」

「そうか。」

「いろいろ話した。それで、私、日本でちゃんとやれてる、楽しいことや嬉しいことをちゃんと見つけてるから、もう心配しないでね、って言ったのよ。」


小山内は、俺に顔を向けてしっかりと俺を見た。


「パパとママは泣いてたわ。良かったって。陽香も、ほんとに良かった、って言ってくれた。」

「うん。」


小山内は、それだけ言うと、ベンチを立った。

小山内、いい奴だな。わざわざ教えに来てくれたんだ。

もう、今日の用件はおわりだろう。だから、俺もベンチを立った。


「あ、ちょっと待って。」

「何だ?」

「あんたにちゃんとお礼が言いたいの。」

「そんなの、いいって。」

「いいから。あんたは私がいいっていうまで、目を閉じてそこに立ってなさい。」


なんだ?


「ほら早く目を閉じて。」


なんだこのシチュエーション?

まさか?


「目を閉じたままこっち向いて。」


小山内の声がちょっと上から聞こえた気がした。


それから。


「ありがとう。私の嘘つきヒーロー君。」


小山内はそう言って、細い指を柔らかく俺の顔に添えた。


小山内の息遣いが感じられて、


額に柔らかいものが押しつけられた。


えっ?!額?!


小山内が離れていく気配。


ええーっ!?


目を開ける。


明るい太陽の光が藤棚いっぱいの花に降り注ぎ、幻想的な雰囲気のなかで微笑む小山内は、まるで女神のようだ。


そうか。


女神がヒーローに与えるキスは、額へのキスか。


うん、そうだな。


だから、俺も小山内に微笑みを返したんだ。

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