第44話 決戦 (1)
決戦の日は、次の火曜日の放課後になった。
詳しい時間は月曜日に春田さんお母さんから会社に電話してもらって決まる。
あのファミレスに集まった日、俺たちはその足で春田さんの家に行き、春田さんのお母さんと会った。
春田さんのお母さんにお願いしないと、部長からの話を俺達が聞くことはできない、という結論になったからだ。
俺の超能力のことは伏せて、俺たちは心が折れそうになってる春田さんの付き添いの友人という立場で同席したいと言ったら、お母さんは同席を認めてくれた。
俺が、お父さんが故意に失踪したんじゃないこと、特に浮気が原因ではあり得ないことを説明して、なんとかお母さんにも春田さんの力になりたいと思ってること信用してもらえたんだ。
それから、こちらから会社に出向いて話をするんじゃなく、必ず春田さんの家まで部長に来てもらうようにして欲しいとお願いした。会社に行くことになったら、流石に、子供の友人の付き添いなんて認められないだろうと説明したが、もう一つ黙ってた理由は、お父さんの会社に部長の共犯者がいる可能性もあるからだ。
お母さんにはお父さんが行方不明になった理由を部長が知ってるはずだということも、お父さんが部長のせいで行方不明になったと俺たちが考えてることも黙ってた。
お母さんがそれを知れば多分精神的に耐えられないし、家に部長を呼ぶときに、言葉の端々から部長に察知され、来てもらえないかもしれないことを春田さんが危惧したからだ。
あの日に会った春田さんのお母さんは、春田さんに似た長身の美人さんだった。
だが、青白い顔をして目も落ち窪み、憔悴しきっていた。もう精神的に保ちそうにないことは誰が見てもはっきりしていた。家の中も、何か雑然としていて、この雰囲気の中で春田さんが毎日学校に来ていたのかと思うと涙が出たよ。
俺達が春田さんの付き添いを認めてもらえたのも、お母さんがもう春田さんを支えきれなくなっていたかもしれない。
俺はその話の中でお母さんから、問題の部長の名前が中橋部長だと聞き出した。首洗って待ってろ中橋。
俺たちの話が終わって、春田さんの家から帰る間際。見送りに来てくれた春田さんの目の前で俺は超能力を使った。
「来週火曜日、春田さんのお父さんの会社の中橋部長は、お父さんの行方不明の原因か、お父さんの居場所を俺たちに黙ってる。絶対だ。」
これでおしまい。
光が走ったり、花びらが舞い散ったりするわけじゃないからな。
春田さんはそういうのを想像してたみたいで、ちょっと拍子抜け、という顔をしてた。
これで手札は全部揃ったかな?
いや、もう1枚増やせるはずだ。切り札を。
月曜の夜、家にいつもよりだいぶ遅く帰った俺に小山内からメールが届いた。中橋部長は午後6時、勤務が終わった後に会いに来るそうだ。
中橋部長はあっさりと承知したんだとよ。
今まで家族からの相談なんかを適当にあしらえたから、悪事がバレることはないとたかを括ってるのかもしれないな。
俺は小山内から知らされた時間を、今日会って来た人にもらった名刺を見ながら連絡した。ちゃんと来てくれ。
それから俺は両親に、明日、辛い目に遭ってる友達の家に小山内と一緒に寄ってくるから明日も遅くなると告げた。
嘘は何もついてないぞ。
さて。
おそらく明日は今までになかった戦いになる。
今日できることは全部した。
明日に備えてとっとと寝るべ。
と言って眠れるほど俺は人間ができてはいなかった。
俺、ちょっと超能力が使えるだけのただの高一だって。
火曜日。
登校するといつも俺より先に来てるはずの小山内が教室にいない。
放課後までに伝えておかなきゃならないことがあったんで俺はちょっと焦った。
できたら青木や河合さんの前で小山内を連れ出すのは遠慮したいけど、時間が限られてるから仕方ないって腹を括って来たらこれだよ。
必殺丸めた紙作戦?
間違いなく河合さんがゴミ箱に収納してくれるだろう。
もしかしたら春田さんのところに行ってるかも知れん。小山内ああ見えて優しいからな。俺以外には。
放課後に決戦とはいえ、今も春田さんに寄り添ってるかもしれない。それなら尚更俺には好都合だ。
隣の春田さんのクラスを覗いてみる。
しかし春田さんもいない。
おい、小山内、おまえどこにいんだよ。
春田さんのクラスのやつを捕まえて行き先を聞いてみても知らんとか言いやがる。
クラスの可愛い子の行先ぐらい把握しときやがれ!
なんか、「小山内さんに続いて春田さんまで」、とかぶつぶつ言い始めたけど。忙しいので放置。
どこだ?
あーっ!もしかして。
俺は急に思いついて藤棚に急いだ。
いたよ。
なんか小山内が思い詰めたような顔をしてる春田さんの手を握って話しかけてる。
「小山内!」
声をかけた俺に小山内は、
「遅い!あんた何やってたのよ!」
いきなりの予想外の言葉に俺は毒気を抜かれた。
「俺だっておまえを探してたんだよ。」
「探すって、私がここ以外のどこにいるっていうのよ!」
たしかに。その通り。
いや、何かが違う。
だがそんなことはどうでもいい。
春田さんが震えてる。酷く。
「ご、ごめん。も、もしかししたらお父さんはももう。そ、そう思ったたら、ふるるえががとままらななく」
「わかった。わかったから。春田さん、たぶん大丈夫だから。」
くそっ!
俺は「絶対大丈夫だから」って言いたいのに。
くそっ!!
こんなんじゃ慰めにならない。
許さん。
春田さんをこんな目に合わせたやつを、俺は絶対許さん。
俺は声に出さずに誓った。
怒りは腹の底にひどく冷たいものを残した。
俺は押し殺したように小山内に言葉をかけた。
「小山内。春田さんを保健室に。できたら付き添ってやれ。」
「ええ。」
「だ、だいじょうぶ。」
「大丈夫なわけないだろ。ベッドに横になれ。それと小山内。俺は先に春田さんの家に行くから、小山内は春田さんと一緒に来てくれ。絶対春田さんから離れるんじゃないぞ。」
小山内は決意の瞳で頷き、春田さんを支えながら保健室に向かった。
俺が、俺が必ず救ってやる!