第43話 行方不明 (6)
お手洗いの前の、店内の視線から遮られたスペースに移動した俺たちは、周囲に人がいないことを確認して相談し始めた。
「春田さんのお父さんは、自分の意思で行方不明になったんじゃなくて、何かに巻き込まれたのは間違い無いな。」
俺がそう切り出すと、小山内はじっと俺を見つめて盛大にため息をついた。
「なんだよ、間違ってるか?」
「いいえ。正しいと思うわ。」
「その理由を知ってるのは部長だ。」
「ええ。でもそれを家族にも話さないってことは、何か話せない事情があるわ。きっと。」
「そうだ。ただ、ここまで絞れたら俺の超能力でなんとかなる気がする。」
「なんとかって?」
俺はそこで、最初にこの話を聞いた時に、この件では俺の超能力に限界があると話した理由から説明を始めた。
「春田さんの話を聞くまでは、超能力を使うとしても『春田さんのお父さんの行方不明の原因を知ってる人は、その理由を俺に黙ってる。』という形になる。だからその理由を知ってる人が全員、俺のところに来るか何かの形で俺にその理由を話すことになる。」
「そうね。」
「もしその理由がプライベートな話だったら、俺も小山内もそれを知るべきじゃ無い。それは春田さんもその家族も傷つけることになる。」
「ええ。同級生がそんなことを知ってるなら春田さんは学校にいられなくなるかもしれないわ。」
「そうだ。そして、行方不明の理由がもし犯罪に関わるなら、その秘密を知ってる何人もの人が秘密を俺に話してくるかもしれない。しかも俺に秘密がばれたことをその犯罪に関わった人たち全員が知ることになる。だから、その連中は相談して、場合によっては秘密を守るために春田さん一家や俺たちに危害を加えるかもしれない。」
「そうね。それが一番危険なこと。」
「そうだ。だから俺は最初に春田さんのお父さんが行方不明になった理由を超能力を使って調べられないって言ったんだ。」
小山内は驚いた。
「あなた、あんな短時間でそんなことによく気づけたわね。」
「ああ。」
これが初めてじゃないからだよ、小山内。
そのせいで中学の時に「嘘つき君」だった俺は、数少ない友人を1人失ったんだ。善意でも人は傷つけることがある、そのことを俺は苦い代償と共に学んだんだ。
「ただし、秘密を知っている人を特定できたら、『その人が俺に黙っている』、という形で超能力を使うことができる。その時は、俺に秘密を喋るのは1人だけ。そいつは俺に喋ってしまったことを誰にも話さない。無関係の人間に秘密をしゃべってしまったなんて、他の仲間に言えるわけがないからな。」
「そうか、あなたが、さっき誰が知ってるのかを絞り込もうとしていたのはそういうことだったのね。」
「そういうことだ。」
「わかったわ。あとはあなたに部長が話すことが不自然でないようにすることが必要ね。」
「そうだ。いくらなんでも、全然無関係の俺に話したらそれだけで目立つし、その後何が起こるかわからない。」
「ということは、春田さんのお母さんにお願いして、春田さんの付き添いってことで話を聞きに行くのが良いかもしれないわね。
あっ、でも部長が喋る相手を春田さんのお母さんにすれば。」
「それは俺も考えた。けど喋った後、春田さんのお母さんが拉致されたり監禁されたりするかもしれない。やっぱり俺がその場にいて、即座に対応できるようにしておく必要があると思う。」
その言葉を聞いて、小山内は不安や心配、それから若干の安心が複雑に混じったような目で俺の顔をじっと見た。
「あなた、自分で言ってることの意味わかってるのよね?」
「ああ、わかってる。少なくとも春田さんには俺の超能力のことを言わないと一緒についていけないだろう。」
最初の依頼者になった榎本さんには、俺の超能力のことを話した。それは、小山内も榎本さんの人となりをよくわかっていて、榎本さんなら俺のことを信じてくれるだろうし、俺たちも榎本さんを信じられると思ったからだ。
だが春田さんは竹内さんの友人というだけで、ほぼ初対面に等しい。
俺たちのことを信じてくれるだろうか。
俺たちの、俺の超能力の秘密を守ってくれるだろうか。
「でも、春田さんのお父さんを助けるためには、俺の超能力のことを話すしかない。小山内。このことで小山内を危険に晒すかもしれない。だが俺はさっきからの春田さんの様子を見ていて春田さんを信じたいと思う。」
そうだ。
「あんた、格好つけるの下手ね。でもわかってるわ。私だって、あんたを春田さんに直接会わせる前にうっちからしっかり春田さんのことも聞いたし、今日の会うことを決める前に春田さんとも直接話した。だからあんたの判断は正しいと思う。」
俺たちはそう言ってしっかり頷きあった。
俺たちが元のテーブルに戻ると、春田さんが、じっとさっきのままの場所で背筋を伸ばし待っていた。
春田さんの前のジンジャーエールも減ってない。
律儀な子だな。
うん。この子は信用していい。
「春田さん、驚かないで聞いて欲しいことがあるの。普通はありえないことで信じられなくて当たり前のこと。」
小山内が話し出した。
今から話すことは誰にも話さないと約束して欲しいこと、俺の超能力のこと、実際にその超能力が発動したとしか思えないことを小山内は一度ならず実際に体験したこと。
小山内はあの空堀跡のことも思い浮かべてたりするのか?
俺は赤面がバレないようにするのに苦労した。
その後も小山内が話す。
実はテーブルに戻る前に小山内と相談して、どう春田さんに俺の超能力のことを打ち明けるのがいいか相談していた。
結論はやっぱり初対面に近い俺よりも、何度か話して真剣に春田さんの力になろうとしていることが伝わってる小山内の方から切り出すのが良いだろうということに。
「セクハラ君が言うと信じてもらえないかもしれないしね。」
と、余計なことをしっかり小山内が覚えていたのは内緒だ。
そんなことも思い浮かべながら、俺は春田さんの様子を見ていた。
やはり春田さんは、最初の信じて欲しい、という小山内の説明の時に浮かべていた怪訝な表情から、俺の超能力の話になった時には怒りの表情に変わった。
それでも「バカにしてるのか。」と言われなかったのは、この数日の小山内の努力のおかげか。
その後、歩道橋のことを話したときには、春田さんは目を見開いて俺と小山内の顔を交互に見て、「信じられない。」と漏らした。
そのすぐ後に「ごめん。」と言ったんでさらに俺の春田さん株は上がった。
そんな感じで半信半疑よりちょっと信用寄りにできたのは全て小山内の巧みな説明のおかげか。
相棒、おまえ頼もしいぜ。
俺たちはその次に部長から話を聞くときにどうやって俺達が同席するかを話し合った。
話し合いが終わったときにはもう夕方で、俺の忘れられたサンドイッチはパサパサになってた。