第41話 行方不明 (4)
「お父さんが、行方不明になった日のことだ。
お父さんに急に仕事を命じたのは直接の上司の人ではなく、おそらくさらにその上の階級の部長だった。つまり、部長はお父さんがどこに何をしに行くのかを知っていたし、課長を飛ばして命令したことになる。
そして、その仕事が終わったら報告する様にも命じていた。」
小山内と春田さんは頷いた。
俺の見るところ、ここから先で二つの可能性に分かれそうだったからまず前提の確認をしたが、小山内たちの反応を見る限り、前提のところで間違いなんかはないようだ
「ここから2つの可能性がある。」
俺はそう言って人差し指を立てた。
「もしお父さんが取引先での仕事を終わって、命じられた通り会社に戻っていたとする。
後輩さんの話だとその帰社時刻は定時を過ぎていたはずだ。その場合、上司への報告や、急に取引先に行ったことで溜まった仕事を処理するために、お父さんはいつもより家に帰る時刻は遅くなっていたはずだ。」
俺の脳裏に、報告をして自分の席に戻って、他の社員が帰ったオフィスでメールなんかの対応をするスーツ姿の男性のイメージが浮かんでいる。
「だが、もし、お父さんが普通に取引先での仕事を終えて会社に戻っていたなら、お父さんは、いつも通り、お母さんと春田さんが一緒に夕食を囲むためにお父さんを待っていることを知っていたんだから、その日の退社時間が定時を過ぎることがわかった段階か、いつも通りの時間に夕食を囲めないとわかった段階でお父さんから連絡が来ていたはずだ。退社時間を過ぎてたなら家に電話しても誰も文句を言わないだろうからなおさらな。ところがその連絡はなかった。」
俺が違和感を感じたところの一つだ。
ただし、
まだ口にはしていないが、これが不自然ではなくなる場合がある。
眉を八の字にしてる小山内や、顎に手を当ててテーブルを見つめる春田さんも今の俺の言葉に見落としがないか考えているようだ。
小山内は何かに気づいたようにハッと顔をあげて横にいる春田さんを見た。
そうだ小山内。それだ。だがそれは俺が口にした方がいい。
「ただし、今のが不自然でなくなる場合がある。それはお父さんが故意に失踪した場合だ。一応言っとくと帰宅中に事故に巻き込まれたという可能性は低い。それなら遅くなるという電話が入っていたはずだからな。」
春田さんは驚いた素振りは見せず、かといって否定もせず、ただ俺をじっと見た。
既にお父さんが行方不明になってから5日が経過しているんだ。どんなにお父さんを信じていても、お父さんが故意に失踪した可能性は何度も心をよぎっただろう。
ただ、俺はお父さんは故意に失踪したんじゃないと気がする。
だから2本目の指を立てる前にそのことを話そう。聞きたくないことを耳にするかもしれないが、春田さん、許してくれ。
「この故意に失踪した可能性を考えてみるぞ。」
春田さんが僅かに息を飲んで、小山内の手を握った。
「もしお父さんが仕事でトラブルに巻き込まれたんじゃなく、故意に失踪したんだったら理由があったはずだ。
ネットなんかから仕入れた知識だが、大人の男性が失踪する原因は、女性関係と借金、それと仕事や家庭なんかの人間関係の悩みが多いみたいだ。」
小山内の目に俺への強い非難の色が現れ、すぐに消え、「春田さん、大丈夫?」という労りの声に変わった。
「まず、女性関係は、毎日定時に帰って来てたら平日に浮気してる時間はなかったはずだ。お父さん、休日はどう過ごしてた?」
「だいたい家にいた。家族一緒に出かけたり買い物行ったりはしたけど、お父さんはものを作るのが趣味だから、それ以外は家で過ごしてた。」
「だったら休日にも時間はない。だから女性関係はないな。」
春田さんは強ばらせていた肩の力を抜いて、長い息をついた。
事前に、女性関係はないと聞いていたが、おそらくお父さんの様子から推測しただけのもので、こういう風に客観的な証拠があって否定できたんじゃなかったんだろう
「次に、借金はどうだろう。
今の話を聞く限りお金を必要とするような生活には聞こえないけど、もしかしたらお給料が低くてそれを家族に言えずに借金が膨らんだとかはあり得るのか。」
「お母さんが、それはないって言ってたよ。お父さんはお母さんにお給料の紙を渡してたんだけど、私たちの生活に十分だから高校は私立に行っても全然心配ないからね、って見せてくれたことがあったんだ。たしかに、大丈夫な額だったよ。後、お母さんが、この家はおじいちゃん達が建ててくれて、住宅ローンもないから助かってるって言ってた。」
「だったら借金の線もないな。」
2人とも頷く。
もともと俺は春田さんが私立に来てる以上、突然お父さんが失踪しなきゃならないほどの借金はないと踏んでいた。事業の経営者ならそういうことはあるかもしれないけど、会社員だからな。
「最後は、何か悩んでいることはあったか、だ。
春田さん、お父さんが何か悩んでたり、ぼーっとしてたり、食事の量が減ったり、ため息ついたり、後なんだっけ、そうだ趣味とかを楽しめなくなったりとかそういういつもと違った様子はなかった?」
もちろん、ネットとかの受け売りだ。だけど役に立つなら受け売りでも自家栽培でも構ってる場合じゃない。
春田さんは、口をつぐんで、しっかり思い出そうとしてる。おそらくお父さんがいなくなってから、お父さんに普段と違った様子はなかったか、繰り返し何度も考えたろう。だから、俺はあえて具体的なイメージとして伝えた。お父さんがいなくなるまでの数日間を春田さんが追体験し終わるまで、俺たちはじっと待つ。
「いや、やっぱり思い当たることはない。あの朝もいつもと同じようにご飯食べてたし、そのあとも普通に出勤していた。趣味もいつも通り楽しんでたし。その前も俺君が言ったようなことを含めて変に感じたことはない。むしろ、お父さんは自分が改良した製品を外国の会社が3台も買ってくれたって最近喜んでた。」
仕事も順調、家族仲も良し。お父さんがよっぽどの役者でもない限り、悩みの線はこれで消えたと見ていい。
「なんか俺に見落としあるか?」
2人とも少し考えて首を横に振りながら言った。
「無いと思うわ。」
「私も思いつかない。」
それなら。
「それなら最初の、お父さんが会社に戻った後、行方不明になったという可能性は否定できると思う。」
2人が頷くのを待って、俺は2本目の指を立てた。
「もう一つの可能性。」