第40話 行方不明 (3)
お姉さんに要望どおりの席に案内された俺たちは、タッチパネルでドリンクバーを頼んだ。あと、俺だけサンドイッチ。
遅刻しないように早めに家を出たから昼飯食いそびれたんだよ、だから、小山内、さらに怖い目つきで俺を睨まないでくれ。
俺たちは飲み物を取ってきた。おれは、メロンソーダにクリームを浮かべたクリームソーダ、小山内はアメリカンコーヒー、春田さんはジンジャーエールだ。
俺がクリームソーダを持って戻ったとき、小山内は、「呆れた」って小声で呟いたが、なぜ?ドリンクバーのアレンジの基本じゃん。
俺のサンドイッチを待つことなく、小山内は切り出した。
「こんなんだけど、俺君は大丈夫だから、春田さん、話してくれる?」
「こんなん」は困難?こんなの?どっちか気にかかって小山内をチラッと見たが、睨み返された。たしかにそんなことより、春田さんの話が気になる。
小山内の隣つまり、俺の正面に座った春田さんの顔に苦しみと同時に疑いの陰が走ったのに俺は気付いたが、ここで遠慮しては解決につながらない。
「こんなのだけど、俺は春田さんの力になりたい。小山内がどう説明したか知らないけど、俺にできる限りのことはするつもりだから、話してくれ。詳しくはまだ話せないけど、俺には、ああ、独特の方法があって、その方法で春田さんの力になれるかも知れない。」
「俺君の言ってることは本当なの。だから信じて。」
横から小山内も応援してくれる。
春田さんの顔から迷いと疑いが消えた。
「わかった。ごめん。俺君のことは、うっちからも聞いてたんだ。男子には俺君のことを悪く言う人もいるけど、嘘をついたりだましたりするような人じゃないって。小山内さんが楽しそうに部活してるのを見てたらそう思うって。」
「嘘をついたり」のところで古傷が痛んだが、とりあえずそんなことよりもだ。
俺と小山内はそんな風に見られてるんだな。へえ。
ってな視線で小山内を見たら、「ありがと。」といって小山内は目をそらした。
「ありがとう。話しにくいことなのはわかってる。でも話してくれるかな。」
俺がそう促すと、春田さんはこくんと頷いて話し始めた。
「小山内さんから聞いてるかも知れないけど、私の父さんがいなくなった。」
春田さんが辛そうに少し俯く。
「朝から、家族みんなで食事して、いつもどおりに、私と一緒に家を出たんだ。」
その後詳しく話してくれた内容はかいつまんで言えばこういうことだった。
朝食時のお父さんの様子に特に不審な点はなかった。いつもの通りに、車に乗り込みながら、自転車を駐車場から出す春田さんに「気をつけて行くんだぞ。」と声を掛け、春田さんが手を上げて応じたのが家族が最後に見た父親の姿だという。
その日、特にお父さんから出張があるとなどの特別な予定を聞いていなかった春田さんのお母さんは、いつも夜7時頃に帰ってくるお父さんのために夕食を用意して待っていた。7時前には春田さんも部活から帰ってきて一緒にお父さんを待っていたけれど、何の連絡も無いまま8時を過ぎた。
心配になったお母さんがお父さんに電話したが、お父さんは電話に出ず、留守電にもならなかった。さらにSNSでもメールでも連絡をしたけど、全く返信は無かった。9時になって、あまりにおかしいということで、以前に家に遊びに来たことがある、お父さんの会社の後輩の人に電話して、会社で何かあったか聞いてみた。
その後輩の人によると、お父さんは、その日会社では特にいつもと変わった様子は無く、ただ、その日、取引先に説明に行くはずだった同僚の人が休んでしまったので、お昼過ぎに部長の指示でその代わりに急遽その取引先に出かけることになったらしい。その結果も会社に戻って部長に報告するように言われた、とお父さんは後輩さんに話していたが、何の説明に行くのかは言ってなかったという。その後、その後輩さんが会社を退社する定時の5時半まで、お父さんは会社に戻らなかったそうだ。
その話を聞いて、春田さんとお母さんは、一旦は予想以上に取引先での仕事が長引いてしまったのかと思ったけど、結局その日は一度も連絡がないままお父さんは帰ってこなかった。
お父さんのことが心配だった春田さんは深夜の2時くらいまで起きてけど、お母さんに言われてベッドに入って、朝起きてもお父さんが帰ってこなかったことを知った。
お母さんは会社の電話がつながる時間になったらすぐに会社に電話をしたけど、お父さんは会社に来てない、会社にも無断で休んでるので、自宅に電話をかけようとしたところだって言われた。
お母さんは、さらにお父さんが行ってないか確認のために、春田さんのおじいちゃんやおばあちゃんに電話したけど、行ってないし、電話もなし。家の中も探したけど、置き手紙のようなものはなく、着替えやお金を持ち出した形跡もなかった。
ここまで話した時に、春田さんがとうとう涙を堪えきれなくなって両手で顔を覆った。小山内が春田さんの肩を抱き寄せる。
その様子を見ながら、俺は今の春田さんの話を反芻した。やっぱり違和感が、小さい棘みたいに引っ掛かるところがいくつかある。
俺は春田さんに寄り添ってる小山内に視線を送った。
微かに頷く小山内。
うん。俺はここに春田さんを救いに来たんだ。だから、疑問があれば聞く。
「ごめん春田さん、聞きたいことがある。」
春田さんは顔を上げて俺を見た。
「うん。」
大丈夫だ。涙に濡れてるけど、春田さんの瞳に力がある。
俺は違和感の外堀を埋めるように聞き始めた。
「お父さんはどういう会社に勤めてるんだ?」
「…特殊な工作機械を作っている会社だって言ってた。そんな大きい会社じゃないけど、すごい技術を持ってるって嬉しそうにお父さんが言ってたことがあるよ」
「お父さんはどういう仕事をしていたか聞いてるか?」
「うん。技術者で製品の開発の仕事。」
ほぼ毎日夜7時に帰ってくるなら、毎日定時に帰れる仕事をしていることになる。機械の製品開発の技術者なら、営業マンと違って取引先の予定に合わせる必要がないから、たしかに、定時に帰ってきそうだ。
「お父さんは急な仕事で帰りが遅くなる時は家に連絡してたか?」
「いつもしてくれてたよ。私とお母さんがお父さんが帰るまでご飯待ってるのを知ってたから。」
そうか。
俺の中で違和感がだんだんと具体的な形になってくる。
「お父さんは会社でどんな階級にあったか知ってるか?」
「たしか主任って言ってた。」
「お父さんの上司に当たる人はどういう人か聞いたことはあるか?」
「お父さんが出張する時には村井課長さんていう人と一緒に行ったって言ってたからその人だと思う。」
「わかった。ありがとう。」
俺は、とりあえず、ここまでの話で、考えを組み立ててみることにした。間違ってたり見落としがあったら指摘が欲しいから口に出して考える方が良さそうだ。
「ちょっと整理してみるぞ。間違いとか見落としがあったら遠慮なく教えてくれ。」
小山内と春田さんが頷きながら「ええいいわ。」、「ああ。わかった。」と答えた。
俺は考えながらゆっくり話し始めた。