第5章 2つ目の依頼 第38話 行方不明 (1)
2人目の依頼が来た。
最初の榎本さんの依頼の後、小山内が慎重になったせいもあるのか、なかなか次の依頼がないみたいだったが、5月に入ったゴールデンウィークの中休みのある夜、小山内からメールが来た。
「明日放課後藤棚で」
なんだこれ?
明日は木曜日だぞ?
最初、俺は意味が分かんなかった。
一応、中世史研究会は、みんなや歴研の視線があるので、毎週火曜日にネットか藤棚での活動をしていることになっている。
とはいえ、小山内がネットで俺と連絡するのを避けたいみたいだし、よく考えたら、小山内と2人で毎週しゃべれるほど歴史ネタなんて知らないから、必然、藤棚のところで話すのが活動の全てだ。
だから、わざわざ火曜日以外に木曜日にも会ってまで活動しなきゃならない理由がわからなかった。
ちなみに、部活を離れては、俺は小山内に全く相手にされてない。
というか、なんか、小山内は、小山内カーストの女子とも、微妙に距離を取ってる気がする。
俺が小山内たちの会話を聞きたくて聞いてるわけじゃないってことをしっかりとわかった上で読んで欲しいのだが、小山内は、昼飯なんかの時には、カーストの子と仲良くしてるんだけど、放課後にどこかに遊びに行こうと誘われた時には、殆ど断ってる気がする。
竹内さんなんかは何にも言ってないけど、別の女子が、「付き合い悪くてつまんない。」みたいなことを小山内がいないときに言ってるのが聞こえたこともある。
教室での様子とか、この前の歴研との合同活動の時の感じだと、そんなつきあい悪い奴じゃ無いと思うんだが、なんか一線でも引いてるのか?
まあ小山内が誰と遊ぼうと俺には関係ないけどな。
で、そういう小山内から、活動日以外で、「藤棚に来い」、という意味だと思われるメールが来た。
入学直後よりは、ちょっとさ、距離近くなったと思ってたんだが、何だろね、この素っ気なさ。
なんてことをぶつぶつ呟いたが、やはり本音では嬉しいことは嬉しいみたいだ。
朝から、母さんに、何か良いことあったのか、って聞かれたからな。
その日の授業もきちんと聞いてたし、放課後まだかとそわそわしてたわけでも無い。当然、小山内をちらちら見たりもしてない、チラッとは何回か見たが、小山内はかわいいんだから、クラスの誰でもやってることだ。
ただ、一日が過ぎるのはいつもより遅かった気がする。
で、放課後だ。適当に掃除を済ませて、鞄も持ってとっとと校舎を出た。
5月とはいえ、GWの頃になると、日差しがしっかりしてる。
図書館前のテラスの所も、日陰になるところから先に埋まっていってる。
だが、幸い開花が始まってた藤棚には先客がいなかった。
急いで校舎を出たのは、先に誰かに藤棚を占領されたら小山内の理不尽な非難が俺に来そうだからだぞ。
間違えるなよ。
そんで、「説明は無いけど、次の依頼がきたんだろうか?」、「前回はいきなり榎本さんを連れて来たな。」なんてぼーっと考えてたら、いつもどおりの余裕をかました歩き方で小山内がやってきた。
「待たせてごめん」くらいは言ってもいいと思うだが、何も言わない。なのでジト目で見てやったら、「何よ。」と言いやがった。変わらないな。
「待たせて悪かったけど、2人目の依頼よ。」
その待たせて悪かった、は、どっちの意味だ?
なんて、言ったら小山内を怒らせるのは間違いないので、俺は静かに、
「ああ。」
とだけ言った。
小山内は、スマホを取り出して、アルバムである生徒の写真を呼び出した。
うちの制服を着てて、ボーイッシュな感じの長身の目立つ女子だ。見たことあるぞ。
「この子が依頼者。見たことあるかも知れないけど、2組の春田瑞さんよ。」
そうそう、廊下でも何度も見かけてる。運動部に入ってるみたいで、ユニフォームを着てるところも見たことある。何部かはよく覚えてない。
そういえば、以前は廊下で、「みずっち」と呼ばれながらきゃっきゃとはしゃいでたイメージがあるけど、最近そういうシーン見てないな。みずって、名字じゃ無くて名前の方だったのか。
小山内は、紙に書いたメモを見ながら説明を続けた。
「春田さんの父親が行方不明になったらしいの。直接の原因はわからないけど、春田さんが母親から聞いた話によると、女性関係とか借金とかじゃ無いらしいわ。会社に行ってくるって朝家を出て、そのまま行方不明になったらしい。」
父親が行方不明って、それは心配だろうな。気の毒に。
「貯金とか着替えとかを持って出た形跡も置き手紙なんかも無しで、警察に行っても、大人がこういう具合に行方不明になっても相手にしてくれなかったって。」
「警察にも頼れないのか。どうやって小山内の所に?」
「春田さん、うっちと同じ部で、最近ふさぎ込んでて部活も休みがちになってて、心配だって話してたのよ。それで廊下でぼんやりしてた所に、私とうっちが通りかかって、どうしたの、って流れから。そのあと、連絡先交換して、相談乗れることあったら、って言ったら、連絡が来たのよ。いつも一緒にいる友だちには言いづらいから、悪いけど辛いのをはき出させて欲しいって。」
うっち、ってのは竹内さんのことな。念押しするが、山内の会話が勝手に耳に入ってきたんだぞ。
だがそんなことはどうでも良い。
「そうか、春田さん、辛いだろうな。それを、はき出せなかったらもっと辛いな。」
「でしょ。それで、話ししてて、力になってあげたいと思ったのよ。」
たしかに、それは俺も力になってやりたい。ただ。
「かなり難しい話しだな。」
小山内は、俺のいう「難しい。」の意味がよくわからなかったのか、「ちゃんと説明して」、の顔になった。
へいへい。
「つまり、俺の超能力で、家族の元に戻ってきたとする。これはたぶん出来る。」
「そうね。」
「だが、父親が家族がいるのにいきなり姿を消した、ということは、何か姿を消さなければならない理由があったはずだ。」
「そうか。もし借金とか、会社のトラブルとか、なにかに巻き込まれたとかなら、その原因も取り除かないと、また姿を消してしまうかも知れない。」
「そうだ。しかも、もし、原因がトラブルなんかだと、次は、最悪、父親や春田の身が。」
言葉にはしなかったけど、小山内の表情を見たら、俺が何を言いたいのかはわかったみたいだ。
「あんたの超能力でも、そのあたり、やっぱり原因がわからないと、どうしようもないのね。」
そこで小山内はいいことを思いついたとでもいうようにぱっと明るい口調になって言った。
「じゃその原因を知ってる人があんたにその原因を教えてくれるように超能力を使ったらいいんじゃないの?」
「それはできない。」
「どうして?」
「プライバシーとか、危険性の問題があるからだ。」
「よくわからないんだけど、それは超能力を使えないくらい大事なことなの?」
「そうだ。」
小山内はまだ聞きたそうな顔をしたが、俺の言葉から俺が今はそれ以上説明する気が無さそうなのを感じ取ったのか、それ以上追求しなかった。
ただ。
「あんたの超能力は万能ってわけじゃ無いのね。」
そう言って、小山内は右手を顎に当てて考え込んでしまった。
小山内に悪気は無いのはわかってるが、なんだか、小山内に失望されたことが悲しいぜ。
「なんとか、原因を知る方法無いのか?」
「そうね。春田さんに聞いてみる。」
「春田さんには、俺の超能力のことはどこまで話してるんだ?」
「超能力に関しては全然話してない。ただ、困ったことを上手に解決する人を知ってるから、紹介しようかって。」
まあ穏当なところだな。
でも、早く解決してあげないといけないから、早い目に俺も春田さんと会った方が良い気がする。
俺がそう言うと、小山内は、「そうね。」と呟いて、俺の顔をじっと見つめた。