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 第32話 最初の依頼 (2)

小山内は、大事なところの説明を終えると一旦言葉を切った。


榎本は、これを「目を白黒させる」って言うのかくらいの目まぐるしい勢いで小山内と俺の顔の間で視線を行ったり来たり。


「もちろん、こんなこと言ってもすぐに信じてもらえるなんて思ってないの。私だって、何も知らない時にそんなこと言われたら、あんたバカなの、って笑ってやるわ。それをこの前まで中学生だったガキに言われたら尚更ね。」


そう言って、小山内はクスクス笑った。

小山内だって俺と同級生のくせに。


「でもね、そういう常識じゃ、説明できないことが私の目の前で起こったのも事実なの。偶然とか奇跡とかそういうことを含めたら説明できるけど、このタイミングで奇跡が起こった、って言われるより、超能力で救われた、っていう方がよほど信用出来るようなことが。」


小山内は、歩道橋の事故直前のあの様子を思い出しながら話してるんだろう。


「それに、もし、ユリちゃんが私の言ってることを信用出来なかったとしても、私は、ハイネちゃんとユリちゃんが救われるって信じてる。だから、一度チャンスを与えて欲しいの。」


小山内、ありがとな。

小山内が精一杯頑張ってくらたから、今度は俺が頑張る番だ。

榎本さんの目をしっかり見て、話し出す。


「俺からも説明させてくれ。俺にはさっき小山内が説明したような超能力がある。理由とか理屈とかは俺にもわからないが、前からな。

正直、こんな小学生の妄想じみたことを高校生にもなって、同級生に大まじめに話すこと自体、おかしな奴だと思われてもしかないって思ってる。

でも、俺がこれまで経験してきたことは、俺に超能力があるとしか説明出来ないんだ。俺の超能力が現実を変えたとしかな。

だから、俺にチャンスをくれないか、榎本さん。」


榎本さんは、一所懸命話す俺の視線をきちんと受け止めて、それでも迷いの色を見せながら呟くように答えてくれた。


「正直、超能力と言われてもよくわかりません。まだ同じクラスになってちょっとしか経っていませんが、凜ちゃんや俺君が、人をだましたり傷つけようとする人じゃ無いのはわかっています。それでも、やっぱり信じられない話しです。」


だろうな。

榎本さんは、誰が聞いても信じられない話を聞いて、それでも誤魔化したり茶化したりせずに正直にそのことを口に出してくれている。でもそれじゃ、それだけじゃダメだ。誰も救えてない。


「ただ、もし、俺君を信じることで、ハイネが助かるなら、また元気に歩けるようになるなら、私の方からお願いしたいです。俺君を信じます。だから俺君の超能力を使ってもらえますか?」


その瞬間、俺は一瞬で顔をほころばせた小山内と視線を交わし、おもわず榎本さんの手を握ってしまった。


「ありがとう、榎本さん。信じてくれてありがとう。」

「あ、あんた、何してんのよ。放しなさい。ユリちゃん、そんな手、後で消毒しなきゃダメよ。」


小山内は、笑顔で酷いこと言うな。

俺と一緒に喜んでくれてるのわかってるからまあ良いか。

榎本さんはやっぱりびっくりしたような顔で、それでも笑顔だ。

かならず、俺は超能力で、この子を救う。



俺たちがちょっと落ち着いた頃、小山内は、もう一度真剣な顔で榎本に、お願いをした。


「ユリちゃん。さっきも言ったけど、俺君の超能力は、俺君が、絶対に起こる、と宣言したことは必ず起こらないというものなの。だから、俺君が、ハイネちゃんを救うためには、俺君はハイネちゃんが救われないということ言わなきゃならないの。それはとっても酷いこと。たぶん、ユリちゃんを傷つけることなの。でもそれは、決してあなたやハイネちゃんを傷つけようとしてるんじゃなくて、助けようとしてるの。だから、俺君がどんな酷いことを言っても、心を強く持って。そして俺君を信じてほしい。お願い。」


そう言って、小山内は頭を下げてくれた。


「いま、小山内が言ったとおり、俺は今から榎本さんに酷いことを言う。それは決して許されない言葉だと思う。ただ、おれは心からハイネと榎本さんを救いたいって思ってる、それだけは信じてくれ。」


俺もそう言って、小山内よりも、もっと深くなるように頭を下げた。

頭を下げる俺たち2人を見て、榎本さんがどんな顔をしたかはわからない。

ただ、柔らかい声で榎本さんは俺たちに声を掛けた。


「頭を上げてください。お願いするのは私です。俺君と、小山内さんを信じてます。だから、何を言われても平気です。たぶん。だから。」


そこで、声のトーンが変わった。


「どうか、よろしくお願いします。」


おれの視界に榎本さんのお下げが入った。

そのことに小山内も気付いたんだろう。


「じゃ、みんなで頭を上げて、前を向きましょうか。」


その声と共に、俺たちは、頭を上げ、真剣な表情になった。


「最後に確認だけれど、ハイネちゃんは脊髄梗塞という病気で、右の前足と後ろ足が麻痺してるのよね。だから、その2つとも治ることが必要なのね。」

「はい。そうです。」

「じゃ、俺君、どう言えば良いのか、イメージできた?」


俺は頭の中で組み立てる。

ハイネちゃんの脊髄梗塞がずっとこのままだ、という言い方では、超能力が発動しても、いつか治る、もしくはいつか悪化する、というものでしかない。


だから。


「ああ。これでいいはずだ。じゃ、はじめるぞ。」


こくんと音がするほどつばを飲み込んで俺を凝視する小山内と、目をこれでもかというくらいにしっかり閉じ手を合わせて祈ってる榎本。

その前で。


「榎本さんの飼い犬のハイネの脊髄梗塞は今日も残る。絶対だ。治ったときには必ず再発する。間違いない。ハイネの右の前足と右の後ろ足は今日も絶対麻痺したままだ。治ったときには必ず再発する。これも間違いない。」


もう慣れてしまった違和感。

俺がそんなことを望んでいないと分かっていても、ここにいる全ての人間の心をガリガリ削ってゆく呪いの言葉。

俺が全てを言い終わった時、たただた垂れ込めた沈黙の重さが、俺が削った心の重さだ。

願わくば。

願わくば俺の超能力が明日のみんなに笑顔をもたらしていますように。


俺の祈りの直後、小山内が詰めていた息を吐き出した。

榎本さんも、目を開いてあたりをキョロキョロ見まわした。

アニメじゃないから、超能力を使っても効果音も派手な演出もないって。



何も起こらない幾ばくかの時間が過ぎ。

弛緩しきれない緊張を頬に残した小山内が、かすれ気味の声で言った。


「そうね。さっきの内容だと、今日ユリちゃんがお家に帰ってみないと結果はわからないわよね。きっと。」

「そうだな。また明日だな。」


俺の声もかすれてる。

榎本も小さな声で同意した。


「そ、そうですよね。ハイネお家にいますから。」


それからまた沈黙。

こうしてなんだか空気が変な感じになったところで、小山内が宣言した。

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