第4章 はじめての活動 第31話 最初の依頼 (1)
あの、俺たちの握手の2日後、俺は父さんに連れられ、スマホショップへ行って、ミドルクラスのスマホを買ってもらった。
俺は、アルバイトして代金を返すって言ったんだが、父さんは「父さん母さんからのお詫びだ。小山内さんにしっかりお礼を言うように。」と言ってプレゼントになった。
どういうことだかさっぱりわからんが、小山内にはその言葉通り伝えた。
小山内は
「そう。私に感謝しなさいよね。」
とだけ言ってそれっきり。
青木ならこう言うだろう。解せぬ。
それはそうとして、いよいよ部活が始まった。
とはいえ、何をしていいかわからないから、ズーム使って歴研と合同ミーティングを何回か。その中で順調に中世史の話しで盛り上がって、今度歴研と一緒に、近くにある遺跡を見に行くことになった。
たぶん、あの公共放送でぶらつく博識の人のようなことをするんじゃないか?
って、これしっかり中世史研究会の活動じゃないか。
もう一つの秘密の活動は?と小山内に聞いたら、今話しを聞いてる子がいるからちょっと待てだと。
まあ最初だから、こっちの方も何していいのかわからないのは一緒か。
しかもことの性質上、俺は小山内を手伝うこともできない。
そのうちダメ亭主って小山内に言われそうだ。もっとも前からの感じじゃ間違っても「亭主」とは言わないだろうがな。
そんな感じで日々緊張感なく、超能力を使うこともまたなく、2週間ほど過ごした。
そんなある日。
朝のホームルーム前に、伊賀と他愛もない話をしていた俺のところに小山内が寄ってきて、軽い感じで声をかけてきた。
「俺君、今日は中世史研究会のミーティングよ。いつものところに遅れないで来てね。」
ミーティング?と聞く暇もなく小山内は自席に戻って竹内さんや河合と話しはじめた。
なんだ?俺たちだけのミーティングって何するんだ?
そんな疑問は授業が進むと共に忘れ、帰りのホームルームの時に小山内と視線が合うまで忘れてた。
やばい。忘れてた。緊張感がないとこうなるんだな。危うく掃除の後そのまま帰ってバカバカ言われるところだったぜ。
というわけで掃除の後、藤棚へ。
まだ呼び出した小山内は来ていない。
あいつ、自分で呼び出しといて忘れてんじゃないだろな?と思うくらい待った後、ようやく小山内が顔を出した。
「忘れずに来たのね。感心ね。」
「当たり前だろ。ミーティングとか思わせぶりなこと言われたら忘れるはずないだろ。それよりお前の方こそ忘れたんじゃないかと思ってたぜ。」
脇の下に汗を感じながら答える俺に冷たい視線を浴びせる小山内。
小山内、お前も読心系の超能力持ってるんじゃないだろな、と思ったが、口にするほど墓穴掘りに命をかけてるわけじゃねえ。
「ごめんなさい。私が今井先生から呼ばれたのを凛ちゃんが待っててくれたんです。」
小山内の陰から出てきたのはおなじみ榎本さん。
ぺこんと頭を下げると、トレードマークのお下げが踊った。
え?榎本さん?
「そう。榎本さん。」
「入部テストの…」
「そっちじゃ無くて、もう一つの方。」
小山内は、俺の言葉を遮って、榎本さんはもう一つの、秘密の活動の関係でやってきたと言った。
「はい。凜ちゃんとお話ししてまして、凜ちゃんと俺君が、私を助けてくれると聞きました。」
どこまで話したんだ?
おれは榎本の横で黙って立っている小山内に視線で問いかけた。
「ユリちゃん、とりあえずベンチに座りましょう。それから、あなたが助けて欲しいことを俺君に話してくれる?」
「はい。」
どうやら、小山内は、超能力を使って助ける、という核心のところは話していなさそうだ。
俺たちは、小山内の提案どおり、木漏れ日の差すベンチに腰掛けた。
「はい。私の家では、ハイネという名前のわんちゃんを飼っています。3週間ほど前に、ハイネが散歩から帰ってきたら、急に右側の前足と後足が麻痺してしまって、立てなくなったんです。すぐに、いつも診ていただいているお医者さんのところにつれて行ったんですが、脊髄梗塞という病気だと言われました。血管が詰まる病気で、そのせいで神経が圧迫されたそうです。毎日毎日、ハイネが辛そうで。見てると私も辛くて。俺君はハイネを助けてくれることができますか?」
榎本さんは、家族と交代で医者から指示されたマッサージやリハビリに当たっていることや、そうしたマッサージをしても良くなる様子が無いことも教えてくれた。あの入部テストの時も、夜に気になって目が覚めたりした時にスマホやお姉さんの教科書を見てたりしたそうだ。
そうやって別のことに集中して気を紛らわしてたんだな。
助けてあげたい。ハイネも、榎本さんも。
とはいえ、榎本さんが小山内からどんな風に聞いてるかわからんから、俺は榎本さんの質問に直接答えずに、小山内に「どう思う?」と振って小山内を見た。
というか、俺は小山内を全面的に信じてるから、小山内のやりやすいようにやってくれたらいい。秘密を話すことも含めてな。
小山内は、俺の顔を強い眼差しでじっと見た後、視線を榎本さんに移し、口調を改めて話し出した。
「ユリちゃん、今から話すことは、絶対に誰にも、ご家族にも親友にも話さないと約束して欲しいの。それから、俺君が何を言っても、それは、決してあなたやハイネを傷つけようとしてるんじじゃなくて、助けようとしてるんだと信じて欲しいの。約束できる?」
榎本さんは、きょとんとした顔で、小山内と俺と、また小山内を見た。
俺たちが真剣な顔で、榎本さんを見つめてるのがわかったらしい榎本さんは、こっくりと首を振って答えた。
「わかりました。約束します。」
もう一度、小山内は榎本さんを強い視線で見た後、俺に目を向けた。
「話すよ。」だろうな、あれは。だから、俺は頷いた。
俺が頷くのを見た小山内は、一旦目を閉じ一拍あけて、榎本に話し始めた。
「ユリちゃん。今から話すことは、信じられないことかも知れない。けど、私もつい最近、信じるしか無い体験をしたの。だから、最後まで、まず聞いて。」
榎本さんは口をはさまず、またこっくり頷く。
「俺君はね。ある種の超能力が使えるの。」
ある種のってのは驚きを緩めるためだろうな。それでも榎本さんはびっくりしてるけど。まあ、超能力に驚いたのか、そんなことを真剣に話す小山内に驚いたのか。
その両方だと思うが。
でも、榎本さんは約束どおり、何も言わずに黙ってる。
「その、超能力はどういうものかというと、俺君が、絶対に起こる、と宣言したことが必ず起こらないというものなの。バカみたいな話しだけど、本当なのよ。そして、起こるはずだったのに起こらなかったことは、合理的に説明がつく理由で起こらないの。」
小山内は一気にこう話した。