第29話 始めましょうか (6)
家に帰った俺は、部長が来てくれることになったことを両親に報告して、いつ来てもらうのがいいか両親と相談した。
両親は放課後も休日でもいいが、放課後だと帰りが遅くなるから休日の方がいいかもしれないと言ったので、それを翌日小山内に伝えてどっちがいいのか選んでもらった。俺の家が県外なので行き帰りに時間がかかることも伝えてな。
小山内は「知ってる。」と言ってちょっと考えた後、放課後だったら部活だと説明しやすいから放課後、と答えた。
たしかに運動部じゃないんだから、中世史の部活でわざわざ休日に出かけるのも変だよな。
だから翌週の放課後に来てもらうことにした。
ただ俺の家遠いのに大丈夫なんだろうか?いくら俺と同じ小学校に通ってたとは言え、その時は今の小山内の家から通ってたわけじゃないからな。
そんな俺の心配をよそに当日が来た。
俺は今、制服の小山内と一緒に俺の地元を家に向かって歩いてる。
変に緊張してしまう俺。
中の人がアレだとはいっても、小山内は外見は間違いなくかわいい。何度か言ってる通り美少女だと言っていい。そんな子にこんなとこまで来てもらって、俺なんかと一緒に歩いて良かったんだろうか?
今更ながら大それたことをしでかした気がして来た。
小山内は、「懐かしー。」とか「あのお店無くなったの?なんで?」とか言って、一切気にしてなさそうだけどな。
家までもうちょっとというあたりでふと振り返った小山内は、少し心配が混じってる顔で聞いて来た。
「悪いことしちゃったかな。俺君のご両親、この時間なら普通はまだ仕事なんだよね。」
「ああ、でも連れて来いって言ったのは両親だし、
早く帰ってこれる日だって2人とも言ってたから気にしなくていいで、だよ。」
「何それ?あんた緊張してるの?バカねー。」
いや小山内、そんなふうに笑ったら俺ますます緊張するって。
でもようやく俺の緊張が小山内にも伝わったみたいで、そこからは小山内の無駄口は一気に減った。
しまった。
俺もますます緊張してしまうじゃないか。
そんな状態で俺たちは、こじんまりとした住宅地に建つ俺の家に着いた。玄関前で小山内には待ってもらって、俺は玄関のドアを開けた。
「ただいま、父さん、母さん帰ってる?小山内部長来てくれたよ。」
家のリビングあたりから2人の返事があって、両親揃って出て来た。
「どうした、はいってもらいなさい。」
あ、しまった。いつの間にかドアが閉まってる。
俺は急いでドアを開けて小山内を呼び入れた。
「部長の小山内さんだ。」
小山内は、玄関の中に入ると手を前に組んで、姿勢良く礼をした。
「はじめまして小山内凛香です。この度は、私の作った中世史研究会に俺君に入っていただきました。ご両親にもお礼申し上げます。」
小山内はそう言って頭を上げた。
もちろん両親は固まってる。部の名前や新入生がいきなり部を作ったというあたりから、いかにも歴史オタクで一癖ありそうな男子とか、まあそういう奴が来ると予想してたはずだ。
それがこんな礼儀正しい女子、しかもだ。とても綺麗でかわいい女子が来るなんて想定外もいいところだろう。
再起動は母さんの方が早かった。父さんを手で押しやりながら、小山内に声をかけた。
「まあまあご丁寧にありがとうございます。この子の母でございます。遠いところわざわざありがとうございます。そんなところではなんですのでどうぞお上がりください。」
「ありがとうございます。では。」
小山内は靴を脱いで上がり、さっと屈んで靴を揃えた。
あれ、もしや小山内はかなりいいとこのお嬢さんだったりするのか?
小山内は母さんに導かれていつも母さんがいつも小綺麗にしているリビングに入った。俺と父さんは後からぞろぞろ着いていく。
リビングに入って小山内にソファを勧めると、母さんはお茶の支度と言って一旦席を外した。
ようやく再起動しつつあった父さんに、俺は促した。
「父さんからも小山内さんにお礼言ってくれよ。」
「あ、ああ。小山内さん。こいつの父です。わざわざ遠いところまでありがとうございます。」
「いえ、私も小学校の時、こちらに住んでましたので、懐かしさもあって来させていただきました。」
そつなく答える小山内。
小山内の中の人のいい人の方は、マジ優秀だね。
俺のその視線を感じたのか、小山内はこっちを振り向いて軽く眉を動かした。
「俺君から聞いたのですが、ご両親から私にお話があるとか?」
「ああ…」
父さんが答えようとしたちょうどその時。
母さんがお盆にティーカップを乗せて戻ってきた。
「どうぞ。」
そう言いながらカップを並べる。その後、盆からお茶菓子の入った小皿も置いて小山内に勧めた。
「ありがとうございます。いただきます。」
そう言って小山内はカップを手に取り一口お茶を口に含んだ。
あーこれ絵になるやつだ。たぶん。
その後、小山内はもう一度切り出した。
「あの、俺君から聞いたのですが、ご両親から私にお話があるとか?」
両親は顔を見合わせた後、父さんが話し始めた。
「息子から聞きました。小山内さんは息子が中学生の時にどう呼ばれていたかご存知と。」
「はい。嘘つき君と呼ばれていたと俺君から聞きました。」
「そのことで、息子が苦しんでいたことも?」
「はい。」
小山内はその背後にある、それより深い俺の苦しみも知っている。
「息子がそうであっても一緒の部活に声をかけてくださったんですね。」
小山内は、両親から視線を外し俺の目をしっかり見て答えた。
「はい。」
両親はその答えを聞いて、もう一度顔を見合わせて頷き合うと、小山内に頭を下げた。
「どうか息子をよろしくお願いします。もし息子が何か間違ったことをしそうになったらどうか遠慮なく叱ってやってください。」
「わかりました。ではその時は遠慮なく。」
おそらく両親は、俺の「嘘つき君」という呼び名に関わる何かを想定してるんだろう。だがおそらく、小山内は、俺の超能力に関わるもっと強い意味を込めてる。
両親に注ぐ小山内の瞳がそう語っている。
「俺からもよろしく頼む。」
だから俺も小山内に頭を下げた。俺がそうと知らず、悪になるなら、どうか止めてくれ、と。
そのあと、少し和やかな話があって、小山内は「遅くなると家族が心配するので」と言って席を立った。もう夕方だ。
「送るよ。」
「ええ。お願いします。」
少し緊張したような小山内の言葉に、小山内が何を考えているのか、なんと無くわかった。