第27話 始めましょうか (4)
で、放課後だ。授業のペースにも少し慣れてきたから1日が早い。
掃除から戻ってくると既に小山内と榎本さんが待ってた。
「遅い。何やってたのよ。」
「まあまあ凛ちゃん、教室掃除の私たちと違って俺君はお手洗いの当番だから。」
おや、小山内が調子狂ったみたいな変な顔になってるぞ。おもしろい。
「ありがとう榎本さん。小山内…さんもお待たせ。」
榎本さんの前で呼び捨てはまずい、と俺の本能が言ったので一応さん付けだ。でも小山内、お前の言いがかりには、おまえ、で十分だと思うがな。
とにかく、俺は小山内に教室に戻ってくるか聞いて、「当たり前でしょ。」という呆れた視線付きの答えをもらった。
それから俺は昨日の答案だけ机から出して、先に職員室に向かった小山内たちを追いかけた。
小山内たちには階段の途中で追いついたので、榎本さんに、昨日からの疑問をそれとなく聞いてみる。
「榎本さん、昨日の点数何点だった?合格すごいな。」
小山内は俺を睨んだあとあちゃーって顔した。俺の経験では、小山内が何を言いたいのか…さっぱりだ。
「ギリギリの56点だったんです。凛ちゃんと話をしてて、凛ちゃんが新しい部を作ったら入部希望が殺到するかも、そしたら入部テストするって話してたんで、中世史ってそんなに楽しいのかって思って前からお姉ちゃんの教科書見せてもらったり、ネットで見たりしてたんです。」
おっと、これなんて言ったっけ?インサイド?インサイダー?情報に近い。
ということは、シロか。
「でも、俺くんの74点は、凄すぎて。なんであんな点数取れたんですか?」
素朴で当然の疑問を口にした榎本さんの、ツヤツヤの髪越しに、小山内が「うまく説明できるんでしょうね。」と言いたような半眼の視線を送ってきた。さっきの、あちゃーはこの流れを予想して俺が答えを用意してないとでも思ってのことか。
小山内、俺はおまえのいう通りバカかもしれないが、入部テストで無関係者を蹴散らすってお前の作戦聞いた時に、いつかこの質問が来ることくらい予想はできるぞ。だから用意もバッチリ。任せてなって。
って意味を込めてニヤリとした視線を小山内に返して、榎本さんに答えた。
「実はアレな。」
そこで一旦言葉を区切る。俺の話だしの言葉に小山内がちょっと焦ったような表情を浮かべたので、意地悪をしたくなったからだ。きっとバカな俺が、本当のことををいうとでも思ったんだろう。ほんと小山内は表情豊かだね。
「俺にも実は種も仕掛けもあって。」
あ、小山内焦ってる。眉寄せて目がバッテンになって「何言い出すのよバカー!」の顔になってるぞ。
「入部テストの話を榎本さんが聞いてたように、俺も聞いてたんだ。」
今度はハラハラした顔になった。百面相小山内も意外にかわいい。
「そんでこの部活に俺が入るってなった時から、俺と小山内が中世の話で盛り上がったって小山内も言ってただろ。そうなんだけど、小山内が問題を作る時にどう作るかなって考えたんだよ。
そしたらな、あ、きっと俺と話したようなことで盛り上がれるような人が合格するような問題を作るんじゃないかと気づいたんだ。
だから、小山内との話に出ていたこととか、小山内が興味ありそうな項目とかを中心にチェックしていったんだよ。それがズバリ的中してってわけだ。」
どうだ?ってな表情で小山内を見たら、アレはよくできましたって顔じゃないな。軽くVの字になった眉ととんがった口と強め視線からして、怒ってる?
なんで?
そんな声なし会話が頭の上でされてるとは全然気づいてない榎本さんは純粋に感心した顔してるぞ。小山内、榎本さんを見習え。
「へぇ!そうだったんですか。俺さんは策士なんですね。それとも凛ちゃんとの絆かなー?」
と榎本さんは茶目っ気のある表情で小山内を見上げた。
「こらー!そんなわけないでしょ!」
わかってるけど即反応するなよ。
と、この時点で職員室に到着。
小山内を先頭に、「失礼しま〜す。」の三重奏で入った。
小山内の視線方向は、だいたい職員室の奥から3分の1くらいの、窓側にある島を向いてる。
その島には、俺たちの授業も受け持ってる城田先生と、見覚えのない白ジャージにメガネの中年の先生しか今いないから、きっとジャージの先生が斉藤先生だな。
予想通り小山内はジャージ先生に声をかけた。
「斉藤先生、失礼します。中世史研究会の小山内です。採点をお願いしにきました。」
城田先生と何か喋っていた斉藤先生は、小山内の声にふり向いて、俺たちを見た。
「2人か。ああ、1人は俺君はだね。では合格したのは1人か。」
そう言って斉藤先生は興味深そうに俺を見た。
「鳥羽から聞たが、俺君は鳥羽と互角の勝負をしたんだって?どうだ、歴史研究部に…ああこれは鳥羽に禁止されてたな。とにかく勉強したいことがあったら私のところへ来なさい。」
なんかしっかり目をつけられたっぽいぞ。
小山内はそんなやりとりには関心ありません、とでもいうように、職員室に入る前に俺と榎本さんから預かった答案を斉藤先生に差し出した。
受け取って早速赤ペンを手にペラペラめくって記述式のところに目をやる斉藤先生。
ふんふん言いながら、いくつかのワードのところに赤線を引いていく。
見てるのは俺の方か?
キュキュッと音を立てて14点をつける。
もう一つの答案にも同じようにやって今度は12点。
「概ね、キーワードは拾えていた。ただいくつか気になる点があった。とくにその後の影響のところがかなり浅い記述になっていた。これが点数の理由だ。
ただし、この問題の解答としての採点はそうなるが、高1でこれは素晴らしい。鳥羽には止められてるが歴史研究部に、どうかな?」
榎本さんは別として、小山内ファーム謹製養殖魚の俺は、曖昧な笑みを浮かべて断るしかない。小山内はもうちょっとはっきりと
「斉藤先生。それ以上勧誘すると鳥羽先輩に。」
「わかった、わかった、勘弁してくれ。」
まあ、こんな感じで採点が終わった。
結局合格者なし。
歴史研究部顧問の斉藤先生のお墨付きつきということもあって誰も文句は言えないだろう。
「うーん、残念!
でも、面白かったし勉強にもなったので、なんか機会があったら入部希望するかもしれません。その時はお手柔らかにお願いしますね。」
職員室を出たところで榎本さんはそう言って笑顔になった。
「ごめんね。せっかく興味持ってくれたのに。私がちょっと厳しくしすぎたみたい。こいつも空気読まずに高得点取っちゃうし。」
そう言って小山内は俺を小突いた。
その様子を見た榎本は、何かに納得したような感じで俺にも笑顔を向けた。
「ふふ。まあしばらくは2人で仲良く頑張ってくださいね。」
「こらあ。だからこいつが誤解するようなこと言っちゃダメだって。」
まあ小山内も笑顔だから、こいつ呼ばわりと、俺に高得点とれと言ってたくせに、ってところは許してやろう。