第212話 鎮めの時 (5)
「さあさあ、恥ずかしがらずに。」
という美司子さんの言葉を先導に、小山内を先頭に2人が巫女さんのコスチュームで戻ってきた。
もしこれがラノベなら、間違いなく挿し絵が入る光景だ。
小山内の清楚さを限界以上に引き出した赤と白のあでやかな衣装。
白の小袖と黒髪の対比も美しいハーモニーを醸し出している。
緋袴の丈も十分にゆったりとしており、小山内の上品な可愛さと美しさを演出している。
美司子さんが用意していたのは、いわゆるコスプレ用の、少しエッチなものではなく、どうやら本物の巫女装束のようだった。
伏し目がちに歩いているのも衣装の控えめな雰囲気にマッチしているのだが、これは、着慣れない服を着たことで足元を気にしているのかも知れない。
あ、小山内に睨まれた。
ガン見に気付かれたか。
でもすぐに、小山内の視線は弱気になる。
なんだ?
やっぱり心配か?
だが、どうもそう言うことじゃない気がする。
むしろ、「どう、似合ってる?」と言ってるような。
いや、さっきの盛大な拒絶からしてそれはないか。
一方藪内さんの方は、といえば、美人系の藪内さんが着ると、衣装も藪内さんも両方が引き立て合う。
しかも、小山内とは対照的な堂々とした藪内さんの態度が、これも凜とした衣装の姿とマッチして独特の鋭い気品を感じさせる。
ええと、これ以上褒めると、何故か俺の視線に気付いて睨んできた小山内に後で何を言われるかわからないのでこれくらいで許してやる。
「ところで、小山内さんたちは何をすればいいのでしょう?」
俺達の疑問を代表する形で伊賀が尋ねた。
「そうですね。やはり、お祈りでしょうか。」
慎一さんが美司子に確認した。
「そうね。あと、お供え物が必要かも知れないわ。」
「うちの畑で取れたものでいいだろう。お酒もお供えできるな。」
「ええ。せっかくなので、良いお酒を差し上げましょう。」
どんどんと話が進んでいく。
これも美司子が言っていた、形が大事、の1つかも知れない。
「ごめんなさいね。着替えてもらう前に用意を済ませておくべきだったわ。」
「いえ、大丈夫です。」
「お腹まわりは苦しくない?」
「ええ。ほんとうにご心配なく。」
思わず俺は小山内の水着姿を思い出してしまった。
きちんと完成された抜群のプロポーションをしていた小山内だったら、たしかに大丈夫だろう。
藪内さんのは見たことがないからわからないが。
「俺くん。何か失礼なことを考えていらっしゃるわね。」
視線を察知したらしい藪内さんが抗議の声を上げたが、俺は、小山内のことを考えただけで、藪内さん下げをしたわけじゃない。だから、自信を持って否定した。
「とにかく、急いで用意しますので、少し休んでいてください。」
たしかに、警察が来る前に巫女さん姿から元に戻ってくれないと俺が嫌だ。
相談の結果、俺達男子は、3畳間の押し入れの戸と床板を外して、簡単な祭壇のようなものをしつらえる慎一さんの手伝いをすることになった。
「俺くんはうちの部員なのでしっかりこき使って下さっても大丈夫です。」
と小山内が澄ました顔で言いやがったのは巫女コスプレのお返しか?
だがこんなに似合ってるんだからいいじゃないか。
とは決して口に出来ないヘタレな俺だった。
それはともかく、準備が整ったら井戸の蓋を上げることになった。
やはり、きちんと祈りを届けるんだったら蓋越しというのはどうだろうということになったからだ。
だから、井戸の蓋を持ち上げる前におれは超能力を使う必要がある。
できれば、その前に小山内と2人きりになりたいんだが。
「なに?私が気になるの?」
ちらちらと小山内を見ていた俺の視線を正しく理解したのか、誤解したのか、小山内が視線で問いかけてきた。
俺は軽く頷く。
いや、なんでそこでまた赤くなるんだよ。
というかなんで、耳まで真っ赤にする?!
早く誤解を解かないと。
…まあ、完全な誤解ではないんだが、今はそれより優先すべきことがある。
「小山内、美司子さん知らない?」
申し訳ないが、姿の見えない美司子さんを口実にさせてもらうことにする。
「え?美司子さん?」
ちょっとお怒り寄りの戸惑いの声を上げたが、すぐに小山内は俺の視線の意味を理解した。
俺は小山内から視線を外さずに口実を口にする。
「ああ。きっと警察が来たら慎一さんはそっちにかかりきりになって、駅まで俺たちを送っていって貰える余裕はないと思うんだ。だから今にうちに美司子さんにあの車で送っていって貰えるか、それともタクシーを呼んでもらえるのか確認しておかないと。」
小山内は、あっという顔をした。
口実と言えば口実だが、これは俺たちにとって重要な問題だ。
「忘れてた。俺くんありがとう。旅程表持って一緒に美司子さんを探すの手伝って。」
小山内の顔から赤みが引き、すぐにテキパキと指示が飛んできた。
俺は既に用意していた旅程表とスマホを手に小山内と一緒に部屋を出る。
廊下から囲炉裏の部屋に入ってみんなの視線から外れたところで、俺は手早く俺のアイデアを説明した。もちろん最初に、相談できるチャンスがなくて勝手に決めて悪かった、と言うのは忘れない。
「なんだ。私の巫女さん姿を見たかったわけじゃなかったの。」
なんだよその微妙な表情は。
「もちろん見たかったけど。」
「あんたばかなの?いきなりそういう事言うんじゃないわよ。」
だから、俺をばかと呼びながら、嬉しそうな顔するんじゃないよ。そんな表情するから俺が誤解するんだよ。
「それはいいから、どう思う?」
「いきなり言われてもわからないわ。でもあんたの穴だらけのアイデアより、美司子さんのアイデアとミックスした方が永井さん夫婦が安心して生活して行けるのは間違いないわね。」
相変わらず手厳しい。
「でも、あんたが超能力を使って犠牲者の遺骸が出て来なかったら、永井さんたち警察の人に怒られないかしら?」
「よくわからないけど、慎一さんは警察の人と顔見知りみたいだし、この家の謂れもこの辺じゃ有名らしいから、悪戯じゃないのは分かって貰えると思う。」
「そうね。じゃ、やりましょう。お願い。」
俺は小山内と頷きあうと、超能力を使った。
「この家の3畳間の押し入れの下にある井戸の中から必ず人の骨か遺骸が発見される。間違いない。」
口にした俺が言うのもなんだが、相変わらず不吉極まりない言葉だな。
「まあ俺くん。恐ろしいことを平気で仰るわね。」
いきなり背後からかかった不吉な声に俺は文字通り飛び上がった。
プロのドラムロールみたいな速さで打つ心臓を収めることもできないまま、俺は声をかけてきた薮内さんの厳しい顔を呆然と見つめることしかできなかった。