第211話 鎮めの時 (4)
俺は、そこまで考えると、すっと小山内に視線を合わせた。
「やるぞ。」
との意思を込めて。
さすがは小山内。俺の視線から何かを感じ取ったようだ。
おもに、自分の身に何かが降りかかりそうだという危険信号を。
「ちょっとあんた…俺くん。何を考えてるの?」
小山内から強めの警告が飛んできた。
伊賀達も俺が何かを思いついたことに気づいたようだ。
まあ、思いついたのは美司子さんなんだけどな。
あれ?
でも最初に巫女さんコスの話をしてたのは慎一さんじゃなかったのか?
あの時も美司子さんのアイデアだったのか?
ぶっ飛んだ発想具合では今回の発想と同じレベルに思える。
だとしたら、俺が話をすべきは慎一さんじゃなくて美司子さんだ。
「美司子さん。ここに来る前に巫女さんのコスチュームをご用意いただいたと聞いてるのですが。」
小山内はその言葉で全てを察したらしい。
ぴきっという音が入るくらいに眉間にヤバい線が入った。
これは相談せずにやらかそうとしてることと、やらかそうとしてる内容の相乗効果だろう。
だが断じて個人的趣向で決めたことじゃない。
これしかないんだ。
…訂正。
個人的趣向は少ししか入ってない。
「ええ。可愛いのを選びましたので、きっとお2人に良くお似合いだと思います。」
にこにこしながら美司子さんは答えた。
やはり美司子さんがコスプレ推しだったか。
俺達の会話で。薮内さんもコスプレすることになると気づいたらしい。
だが薮内さんの方はそれほど嫌がってないような表情だ。
なんで?
「俺くん。ちょっと話があるんだけど。」
警戒色丸出しの小山内が割って入った。
「小山内さん、巫女さんの姿になるのは、この話を堀君が中世史研に持ち込んだ一番最初に決まっていたことですわ。ほら、私が部長の指示に従うと約束したときのことを思い出してくださいな。」
藪内さん即座に参戦。
笑みを隠しているが、間違いない、小山内への挑発が混じっている。
「あなただってさっき無理って言ったじゃない。」
たしかに小山内の言うとおり、さっきは2人揃って可愛く「無理無理」とやっていた。
「そうですわ。でも私は俺くんを信頼していますの。もし俺くんが何かのアイデアを思いついたのなら、多少無理なことでも私は受け入れますわ。でも小山内さんは違うようですわね。」
おっと。
いつの間にか、俺のアイデアにされて、しかも、小山内を挑発するネタにされている。
これは。
「俺くん、まさかばかなことを言いだすんじゃないでしょうね。」
あ、やっぱりこっちに矛先が向いた。
ヤバすぎる視線付きで。
「安心しろ、ばかなことは言わない。」
「どうだか。」
説明を始める前に、小山内が鋭く突っ込んでくる。
俺は助けを求めて伊賀やホリーに視線を走らせたが、興味津々、という視線しか返ってこなかった。
憶えてろよ。
とりあえず、小山内にこれ以上構っていると、藪内さんがますます小山内を挑発するネタにされそうだから、話を進める。
まずは確認からだ。
「美司子さん、その、巫女さんのお祈り、というのは、素人でもいいのですか?コスチュームを着るとしても何も修行とかしてないし、小山内たちは祝詞とか唱える事も出来ないですよ。」
小山内が小声で「そうよ、そうよ。」なんて言ってるのが耳に入る。
だが、俺は美司子さんがこの質問にどう答えるか、わかっている。
なのに敢えて聞いたのは、小山内に納得してもらうためだ。
「ええ、わかっています。でも、大事なのは、幽霊さんが悪霊になっていたとしても皆さんならお願いを聞いていただけそうってことなの。だから、大丈夫。」
「だったら、巫女さんのコスなんていらないはずですが。」
小山内が食い下がる。
だが、美司子さんさんはひるまない。
「でも、巫女さんの姿でやってもらった方が幽霊さんもきっと喜ぶわ。やっぱり形は大事だもの。それに、せっかく巫女さんのコスチュームを用意したんですもの。使っていただきたいわ。」
「でも。」
「部長、最初に約束しましたわよね、巫女さんのコスチュームになると。」
最後のは藪内さんな。
俺じゃない。俺にはそんなことを口にする勇気なんてない。
「だって…」
「まあいいですわ。俺くんは巫女さんのコスプレを見たいそうなのに、それに応えるのは私だけというのもいいことですわ。では美司子さん、着替えますのでご案内を。」
そう言うなり薮内さんは小山内に目もくれず美司子さんと行きかけた。
「ううう、もう、あんたほんとに私のコスプレ見たいの?」
あ、小山内が涙目になってる。
そこまで嫌なんだったら無理強いするのも…
「ああ、もちろん見たい。小山内の巫女さん姿、可愛いだろうからな。」
…いや、ほら、俺、小山内に対して嘘つきくんになりたくないし。
「うう、もう。」
もうもうって、さっきから小山内は牛になりかけてるなー。
後で起こるであろう小山内からの恐ろしい仕打ちから敢えて思考を逸らす。
小山内は、真っ赤になって、ぷるぷるして、そして陥ちた。
「わかった。わかったわよ。後で覚えておきなさいよ。」
恨めしげな視線を一つくれて、小山内は美司子さんに巫女さんコスになること申し出た。
「あらあら有難うございます。では一緒にこちらへ。彼氏さんもありがとうございます。」
最後の最後で美司子さんは余計なことを言った。
きっと、小山内が全力否定する。
俺が落ち込むくらいにな。
だが、否定したのは藪内さんだけだった。
「美司子さん、それは勘違いですわ。俺くんは小山内さんの彼女ではありませんのよ。」
「あらそうなの。ごめんなさいね。なぜかお2人の間に絆のようなものを感じたのよ。」
このヤバい言葉第2弾にもやっぱり小山内は反応しない。
さらに赤くなって俯いただけで。
まあ、小山内は、巫女コスプレでいっぱいだからそんな勘違いに構ってられないんだろう。