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 第205話 謂われ (2)

俺たちはそのまま永井さんの家のお隣の家を訪ねた。

お隣と言っても歩いて1分くらいはかかる。


開け放たれた門の前から覗くと、タイミングよく、お隣の家の人が明るく陽の射す庭先で何か作業をしていた。

とはいえ、コミュ力に自信のない俺は、幽霊の話しなんて非常識な話題を、どう切り出せばいいかわからない。


だからだろうか、俺の戸惑いを察してくれた小山内が、俺に変わって持ち前の笑顔で話しかけてくれた。

突然声をかけられたその家の住人は、小山内の笑顔にすぐに警戒を解き、すぐににこにこと話に応じてくれる。


「そうなのよ。あの家。怨霊が出るでしょ。私がこの家にお嫁に来たときに最初に言われたのがそのことだったのよ。」


そう話すのは、麦わら帽子の日に焼けたおばちゃんだった。


「私が来た時には、まだお隣に昔からの人が住んでいてね。けど、お隣はムラの人たちとは殆ど交流がなかったのよ。」


この人のいう昔からの人というのは、永井さんの家にもともと住んでいた人たちのことなんだろう。

でも、ムラの人たちと交流がなかったというのは、幽霊が出るからなんだろうか。


「そうじゃないの。」


そう言うと、おばちゃんは、ずいと顔を近づけ、永井さんの家の方向に視線を走らせると、こそこそと小声で話し出した。


「お隣の家は昔から大きな家だったそうなのよ。それで私が来た頃とは違って裕福で。なので、旅の人、巡礼って言うのかしらね、そういう人が通っていたっていう街道が村の中を通ってるんだけど、その巡礼さんがこの村で一夜の宿を借りる時には、お隣で借りていたそうなのよ。」


まあ、今でも宿の営業が出来るくらいの大きな家なんだから、昔も人を泊めていたって不思議じゃないな。


「ただ、ね。」


そこででさらに小声になった。


「お隣に泊まった人が、朝になっても出てこないことが何度もあったって言うのよ。ムラの人は働き者で、朝も暗いうちから働いていたそうなの。でも、あの家に泊まったはずの巡礼さんが出てくるのを誰1人として見なかったっていうことが何度もね。そのうち、そのお家に手伝いに行っていた村の人から話が伝わってきたそうなの。」


なにやら恐ろしい話しの予感がしてくる。

小山内が、んく、とつばを飲む音がした。


「泊まった人がいい着物を着ていたり、話しっぷりがお金持ちっぽい人だとね、とある特別な部屋に泊めて、殺してしまうんだって。その部屋は敷いてある畳が血で汚れても、変えなくちゃならない畳の数が少なくて済むように、特別に小さく作った部屋で、襲っても逃げられないように壁で囲ってある部屋だったそうなんだけど。そんで着ていた着物や、持っていたお金を全部奪って、あとはあの家の井戸に捨ててしまうんだって。あの家がお金を持っているのも、大きな家を建てられたのも、全部そうやって奪ったもののおかげなんだって。」


そう言って、おばちゃんは小山内の顔を覗き込んだ。


「あらあんた、顔色が悪いわよ。でも安心なさい。」


そういってにこっと笑った。


「そういう噂が出て暫くしてから、お役人さんの耳に入って、あの家に調べに来たそうなのよ。で、井戸を調べたんだけど、そんな遺体なんて1つもなかったって。そりゃそうよねぇ。自分たちの飲み水をくみ出す井戸に、そんなもの放り込むばかなんているわけないわよね。」


そういって、おばちゃんは、黄ばんだ歯をむき出しにして明るく、かかか、と笑った。

だが、その話しを聞いた小山内の顔色はますます青くなる。

俺の手を握ってきた小山内の手を、俺はしっかりと握り返した。


「それで、その噂を立てた人が、お金持ちをやっかんでお上を騒がせたんだろう、不届きだってなって連れて行かれてから、もうその噂を正面からする人はなくなったらしいのよ。でも、その話をした村の人は、嘘をつくような人じゃないし、何より、真っ青な顔で、そう、今のあなたのような顔色で心底怯えてその話をしていた、って話しでね、だから、ムラの人は、あの家とは縁を切るようになったっていう話しなのよ。」


そこまで話すとおばちゃんは突き出していた顔を引っ込め腰を伸ばし、うーん、と伸びを1つして、言葉もない俺たちににやっと笑いかけた。


「まあ、そういういわれのある家だから、怨霊が出るとか、呪いのせいで貧乏になって、直系の子孫も絶えた、とか言われているのよ。今じゃ、本気で信じてるムラのもんなんていないのよ。何より、あの家の井戸から何も出なかったそうだし、水道がつくまでずっとあの井戸を使ってたみたいだしね。でも、ムラのもんには、そんなに大きな田んぼを持ってる家でもなかったのに、あんな大きな家を建てて、裕福な暮らしをしていたのは不思議だったんだろうね。」


なんとなく、井戸がらみで何かの言い伝えがあるんじゃ無いか、幽霊に絡むような、とは思っていたし、幽霊に絡む話しなら、愉快な話じゃないだろうとは思っていた。

もし、そういう話を聞かされたなら、小山内にはショックだろうし、これまでの怖がり方からすると俺が小山内を支えなきゃならなくなるかも知れないと思って、強引に小山内とペアになったんだ。


だが、聞かされたのは、予想以上にヘビーで、俺たちが昨日見つけてしまった井戸や不思議な小さい部屋の謎にぴたりと符合する話しだった。

というかベタなRPGじゃないんだから、最初に遭遇した村人が、核心の話しをぺらぺら喋るか、普通?!


「なんだ、あんた、ほんとに顔色が悪いね。温かいお茶でも飲むかい?」

「いえ。大丈夫です。」


小山内は早口で答えた。


「それよりも、そのお話は、こちらでは有名なお話なんですか?」

「有名というか古くからあるお家じゃだいたい伝わってるのじゃないかねえ。聞かれもしないのにわざわざ口にしたりはしないだろうけど。」

「そうなんですか。」

「そうそう。あのお家で幽霊を売り物にして旅館を始めたけど、本当に出るんだってね。」


今度はおばちゃんが、俺たちに話を聞きたそうにしている。

まあ、謎解きをしてくれたお礼に話しをするのが礼儀というものなんだろうが。


だが、小山内が俺の手をぎゅっと握ってきた。

俺はそれを、話しちゃだめ、の合図だと解釈した。

なんでかって?

それは、一言じゃ説明できない。

だが、小山内の手が震えていたので、そう思っただけかも知れない。


なので、俺は、昨日の発見のことは黙っていることにした。


「ええ。そういうお話を聞いて、俺たちも泊まりに来たんですよ。でも最近は幽霊が出なくなったそうで。」


そう、当たり障りの無い話をして、話しを切り上げようとした。


「そうみたいねえ。幽霊が出なくなったっんだってねえ。ご亭主が売上が上がらないってぼやいてたって、うちの旦那も言っていたわ。やっぱり幽霊で売っていた宿が幽霊が出なくなると、困るわよねえ。」

「そうですね。」

「やっぱりこれも、幽霊の呪いかしら?あの家に住む人を貧乏にしてやるっているっていう。」


俺は自分の顔色も悪くなるのを感じた。

なにより、小山内が限界っぽい。

なので、小山内を引っ張って早々に退散した。


たしかに。

幽霊が出ることでそこに住む人を祟っていたのなら、逆に、幽霊が出ることでお金を儲けている人を追い詰めようとすれば出なくなればいい。


まさか。

まさか、そういうことなのか?

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