第202話 発見 (5)
「じゃあ戻すよ。テルはこっちを持ってくれ。慎一さん、その端を。外にも破損があったり、釘がでてるところがあるかも知れないので注意して。」
俺が考えている間にも、伊賀がてきぱきと指示を飛ばして蓋を井戸の上に戻す。
「せーの!」のかけ声3人で持ち上げてみると予想より軽い。
木で出来ているから重いだろう、というのは先入観に過ぎなかったようだ。
これなら3人がかりどころか1人でも蓋を戻せたかもしれない。
「思ったより軽いな。」
「そうだね。でも考えたら当然かも知れないね。」
伊賀が何かを思いついたようだ。
「どういうことだ?」
「それは、これを井戸として現役で使ってるときに、その蓋を外すのに何人も人手かかるようだったら、井戸を使いにくくて仕方がかったはずだからだよ。」
たしかに。井戸なんて毎日、もっと言えば一日何度も使うだろうに、そのたびに誰かに手伝ってもらって蓋を開けて、また手伝ってもらって元に戻して、なんてあり得ないな。
だが、もし便利さを求めるなら、もっと軽く作ってあるんじゃないだろうか。
少なくともこの家が建ってから以降、つい最近まで朽ちることも、破損することもなくその形を保っていたんだから、最初から、長期間の使用を見越して頑丈に作られていたのだろう。
しかも、現代とは違い、頑丈に作れば作るほどそれに比例して重くなったはずだから、これを注文した元のこの井戸の持ち主は、日常の便利さよりも頑丈さを優先した、ということになる。
そこに何も意味は無いのかも知れないが、日常使いに不便なのにこんな頑丈な蓋を作った、というところが、俺の違和感をさらに刺激した。
やっぱり何かがある。
というより、「あれ」なんだろうな。
あんなに怯えていた小山内に相談してもいいんだろうか。
「とりあえず、ここはこうしておくとして、別の調査もしてみようか。待ちかねている人もいるみたいだし。」
伊賀が床の穴に視線を走らせてなにやら不穏なことを言っている。
それは、「あれ」なんだろうな。
俺も仕方なく床の穴に視線をやると、予想通り、ホリーと藪内さんが仲良く顔を覗かせていた。
「ああ。戻ろう。」
伊賀の言う、別の調査については、幽霊らしい音が出て、幽霊らしい影がでるように俺が超能力を使うことになるだろうから、これ以上調査をしなくてもとりあえずの目的は達成できるはずだ、とは思ったものの、小山内以外にそれを言えない。
なので、「これ以上の調査は、な。」との思いを隠して伊賀の提案に乗るしかなかった。
それに、小山内の、もの問いたげが半分、藪内さんへのがるがるが半分の面白い表情を見られたことだし、まあいいか。
床下から出てくると、俺たちの埃と土の汚れにまみれた姿に顔をしかめる藪内さんの姿があった。
「皆さん。この部屋はこちらのお宿でお客様を泊めるお部屋ですわよ。汚れを落としてからお上がりにならないと。」
もっともな苦言に俺たちは慌てて床下に降りようとした。
「いえ、新聞紙を敷いているので大丈夫です。」
慎一さんはそうフォローしてくれたが、たしかに俺たちの配慮が足りていなかった。
藪内さんはそういう所に気がつくなんて、相変わらず凄いな。
小山内への態度はちょっとあれだけど、こういう所は素直に感心、というか尊敬できる。
「俺くんも。」
「ああ。」
怖い視線の藪内さんに促されて、俺は慌てて床下に戻って埃を払ってきた。
「それで、どうだったの?」
俺たちが再度部屋に戻るとホリーが、期待に満ちた表情で尋ねてきた。
藪内さんも興味津々という表情だ。
俺は小山内や伊賀と視線を交わし、話し始めた。
「怪しい井戸があった。」
「俺くん!」
小山内が非難を込めた口調で俺をたしなめる。
まあ、「怪しい」という言い方でも間違いはないと思うんだが、小山内の琴線に触れる何かがあったんだろう。
敢えて小山内を怒らせる理由もないので俺は言い方を変える。
「正体不明の井戸があった。」
俺と小山内のやりとりを面白そうに見ている伊賀たちと、面白くなさそうに見ている藪内さんのコントラストが面白いが、そんなことを考えているとさらに小山内を怒らせそうなので程ほどにしておく。
俺は顔を引き締めて、ちょうどお茶を持ってきてくれた美司子さんを含めて井戸を直接見ていない藪内さんたちに、俺たちが目にしたものを説明した。
「それで、どこが怪しかったり正体不明だったりするの?」
ホリーが無邪気に聞いてきた。
「考えても見ろよ。井戸ってさ、普通は床下にあるものじゃないだろ。」
「でも使わなくなって埋めるのも面倒、ってことになったらその上に家を建ててもおかしくないんじゃない?」
確かに、ホリーが言うとおり。
だが、この家は、どうやら建てられてから時を経た古い家だ。
つまり、水道が設置されて井戸が用済みになる前にこの家を建ててるはずだ。
なによりも、さっき見た光景がおかしさを証明している。
「さっきお庭に行ったとき、井戸があっただろ。せっかく手間暇をかけて井戸を掘ったのに、敢えてその上に家を建てて、また井戸を掘るか?」
「あっ!」
綺麗にみんなの声がハモった。
「たしかに怪しいですわね。」
「だな。」
「……。」
小山内の表情が曇ったが、誤魔化しても仕方がない。
小山内だって、井戸に怪しさがあることはわかっているだろう。
「で、俺くんはその怪しい井戸についてどんな考えをお持ちなのかしら?」
なんだよ、その探偵に推理を聞くような期待を込めた視線は。というか、「怪しい」という言葉を敢えて使っていないか、主に小山内向けに?
なので、俺は、「怪しい」という言葉は避けることにした。
「いや、今説明した以上のことはわからない。」
俺はわざとらしく、両手を広げ、わからないと首を振りながら、心の中で「まだ、な。」と付け足す。
これ以上は、残されたさらなる調査の後だ。
もちろん、みんなの
「えっ?!」
って声もハモった。
ただ、俺の眼は、同じ「えっ?!」っという声の中に、少しだけ中に含んだ感情が違うものが混じっているように感じた。