第200話 発見 (3)
そんなことを考えながら、小山内の元に靴を届けた。
無言で小山内は受け取り、無言で靴を履く。
いや、この空気、重苦しいんだが。
やっぱり落ち着いたら恐怖が勝ってしまった、という事なのかもしれない。
「ああ、小山内。怖かったら戻っていいぞ。きちんと撮影してくるから。」
小山内の性格を考えて、やるべきことはきちんとやるってことまで伝える。
俺自身も怖いけど、怖くて口も聞けないような小山内に気をつけないほどのヘタレではありたくないからな。
「あんたバカなの?そういうのじゃないわ。ばか。」
あ、戻った。
「本当なんで、こんなバカのことを私は…」
なんかごにょごにょ言いはじめた小山内が何を言ってるのかにも興味があったが、それよりも伊賀や慎一さんを、こんなところで待たせ続けるわけにはいかない。
「そうか。なら小山内、行こう。」
ライトを持っていないい小山内のために俺は手を差し出した。小山内が一瞬の躊躇の後しっかりと手を握り返したのを感じて、俺達は井戸をまわりこんでいった。
「すまん、待たせた。」
何やらニヤけている伊賀に素知らぬ顔で謝った。
「慎一さんお時間取らせてしまってごめんなさい。」
慎一さんには小山内が。
俺たちいいコンビだろ?
「いいえ。それでお話というのは。」
慎一さんがラブコメ路線になりそうな話を本筋に引き戻す。
そうだ。まずはそっちだ。
俺は自分の顔が引き締まり、握っている小山内の手が少し汗ばむのも感じた。
「はい。これは」
そう言いながら目の前に落ちている蓋にライトを当てる。
「この井戸の蓋ですよね。」
そう質問しながら俺は慎一さんの表情を確認する。
「そうみたいですね。私もここに井戸があることなんて知らなかったので、はっきりとしたことは言えないのですが。サイズや形から見てそうだと思います。」
慎一さんの表情に特に気になるところはない。
井戸があることを知らなかったというのは本当だろう。
だとすると。
「見て欲しいのはこの部分です。」
俺はさっき気付いた部分を照らす。
ライトの明るい光に蓋の破損箇所が浮かび上がった。
「壊れていますね。」
「そうだね。」
慎一さんと伊賀は俺が見て欲しい部分に視線をやって、見たままの感想を口にした。
小山内はというと、握ってる手を離すタイミングがなかったこともあって、なぜか手を繋いだままになってるんだが、いきなり俺の手を強く握り締めた。
気付いたか?
「壊れた部分をよく見てください。」
慎一さんと伊賀が顔を蓋に近づける。
「あっ!」
声を上げたのは伊賀だった。
「板の割れた部分の色が綺麗な木の色をしている!」
「本当だ。蓋全体が灰色をしているのに、ここだけ色が違う。」
やはりライトの光のせいで起こった俺の目の錯覚じゃなくて、伊賀たちにも破損箇所は木の本来の色をしていると見えるのか。
「そうなんです。ここの割れたところだけ、木の色をしているのです。ということは、この破損は以前からのものではなく、最近になってできたものなのではないでしょうか?」
俺は考えを口にした。
「確かに。古い時代に割れたのなら、他の部分と同じような色になっているはずですね。」
慎一さんが同意してくれた。
伊賀も頷くのを確認して、俺は推理を続ける。
小山内?
じっとりと手が汗ばんでいるが、肯定も否定もしない。
肯定した先にあるものに気付いて、おいそれとは肯定できなくなってるんだろうか?
「じゃあ、最近壊れたんだとすれば、どうして壊れたんでしょうか。」
「どうして、とは?」
怪訝そうに慎一さんが尋ね、自分で答えを出した。
「それは、井戸の上から落ちたんでしょう。古い物なのに重さはそれなりにありそうですから、これくらいの高さから落ちても衝撃で割れて破損しても何も不思議ではありません。」
確かにそうだろう。
この蓋の破損はこの蓋が井戸から落ちた時に出来たものだろう。
だが最大の疑問はその先にある。
「この井戸があることを慎一さんはご存じなかった。そうですよね?」
「はい。」
「奥さんはどうでしょう?」
「…美司子も知らないはずです。知ってたら…いえ。」
今の慎一さんの口ぶりに、何かが引っかかった。
「知ってたら、何なのですか?」
「いえ、その、大したことじゃありません。」
慎一さんのあからさまに何かを誤魔化すような答えに、俺が感じていた違和感がさらに拡大する。
だが、今の言い方だと、これ以上説明する気はなさそうだ。だからまずは俺の考えを全部説明しよう。
「とにかく、永井さんご夫妻はこの井戸のことを知らなかった。またこの石積みにコンクリートが一切使われてないことや、蓋の古び方から考えて、この井戸は相当昔、少なくとも何十年も前、場合によってはこの家が建てられた頃からあった可能性もあります。」
俺はそう考えた理由を説明した。
つまりだ。
井戸を掘る時に、わざわざ家の中に掘るようなことはしなかっただろう。そんなことをすれば掘るのにも、堀った土の搬出にも余計な手間がかかってしまうからだ。
古い時代なら掘るのも搬出も全て人力だっただろうからわざわざそんな手間のかかることをした可能性なんて、特別な理由がない限り無しと見ていいだろう。
その場合、井戸が先にあり、なんらかの理由で井戸を井戸として使うことが無くなった後でこの家を建てた事になる。
いずれにせよ、この井戸はこの家の床下で、蓋をされたまま長い眠りについていた事になる。
ところがだ。最近、何故か長い間井戸の上に被せられたままになっていた筈の蓋が、井戸から外れて板が割れた。
言い換えれば、何十年、あるいは百年以上もの間、井戸の上で安定していた物がなぜ今になって落ちたのだろう?
「床下に何かの小動物でも入り込んで、悪戯したとか乗った拍子に落ちたとか?」
伊賀が、今も何かが潜んでないだろうな、とでもいうように周囲をライトで探りながら言った。
確かにその可能性はある。
ここからでもいろいろな場所から外の光が床下に差し込んでいるのが見えるから、現代の家と違って色々なところから色々なものが出入りできるだろう。
俺は落ちてる蓋にライトの光を当ててみた。
蓋の持ち手がついている側には埃が積もっているのが光で浮き上がって見える。
だが、伊賀の説が正しいならある筈の痕跡はない。
「いや、きっとそうでしょう。そうに決まってます。この辺は野良猫だけじゃなく狸や猪も出ますから。」
慎一さんが妙に明るい声で決めつける。
うん、違和感しか無い。
だが。
「それで、この蓋と幽霊が出なくなったこととは何か関係が?」
まあ、慎一さんとしては、蓋が落ちた理由探しではなく、幽霊復活が目的なんだから話を元に戻すために話を打ち切っただけかもしれない。
俺は小山内に目をやり、「後で話がある。」との意思を伝えて、慎一さんの希望に沿う事にした。