第199話 発見 (2)
「うわっ!」
さすがに、この、小さな音にすら敏感になるほど緊張が高まっているタイミングで、いきなり声がかかることなんか予期してなかった俺は、純粋な驚きの声を上げてしまった。
「えっ?どうしたの?なに?」
焦った小山内の声と共に、床に空いた穴から射し込んでいた光が一瞬遮られ、小山内がいきなり床下に飛び降りてきた。
そのままこっちに近寄ってくる物音がする。
「俺くん、大丈夫?」
動揺した声だ。
「止まれ、小山内!大丈夫だから、そこを動くな。」
俺と小山内の間には枯れていそうだとはいえ、マグライトの光すら届かない深い井戸がある。しかも、蓋もされていない。
なのに、ライトも持たずに小山内は飛び降りている。
しかも小山内は明るい部屋の中から暗い床下へ。
きっと小山内には井戸が見えてない。
まずい、まずい!
「え、何。どうして?」
「いいから止まれ。危ない。」
「私は大丈夫。それよりあなたよ。」
俺の制止も聞かず、焦りの声を上げながら小山内は急に近づいてくる。
一体小山内はどうしたんだ?
ライトで小山内を照らすか?
いや目つぶしになるだけだ。
「だから小山内の目の前に井戸があるんだって。落ちる。」
「え?井戸?」
俺は伊賀と慎一さんを押しのけ井戸を回り込もうとしたときに、床の穴から差し込む光を遮る影が井戸の縁に辿り着いたのが見えた。
「きゃ!」
また、小山内《《と》》落ちるのか?
俺は超能力を人前で使ってしまうことになる事なんか頭の片隅にも出てこず、小山内を助ける超能力発動のための言葉を組み立てはじめた。
だが。
いくら慌てて近寄って来たとはいえ、さすがに身動きの取りにくい床下を身をかがめながらやって来た小山内には、井戸に落ちてしまうほどの殺しきれない勢いなんてついていなかった。
「痛っ。」
だがそのかわり、前を探るために伸ばしていた手を石積みぶつけてしまったようだ。ゴツンと鈍い音と共に小山内が声を上げた。
俺も根太に頭をぶつけたりしながら急いで小山内の横に並ぶ。
「見せてみろ。」
俺はそう言いながら、小山内の手を取りライトで照らす。
見たところ、どこにも出血はなさそうだ。
今度は小山内の手を軽く握る。
「どうだ?痛みは無いか?」
「だ、大丈夫。」
何故か小山内はどもった。
俺は小山内の手を裏返して見ようとしたが小山内は手を引っ込めようとした。
「痛いのか?」
「ち、違うわよ。」
またどもる小山内。
「痛いなら正直に言えよ。心配だろ。」
「だから、大丈夫だって。」
「でも、手を石にぶつけたんだろ、ゴツンて音も鳴ってたし大丈夫なはずないじゃないか。なんで誤魔化そうとするんだよ。」
「あんたばかなの?恥ずかしいからに決まってるでしょ。」
ついに小山内がキレた。
小山内のうろうろしている視線の先をライトで照らすと、小山内の手を取る俺を眺める伊賀と慎一さんのにやけた顔が並んでいたのだった。
…まあ、そんなことはどうでもいい。
降りてきてしまった小山内にも説明をした。
「小山内が手をぶつけたのは井戸の縁の石積みなんだ。それで、その蓋らしいものがあっちに落ちてたんだ。」
俺は手に持っていたマグライトを井戸の石積みを一周ぐるっと巡るようにあてた。
「そうなの。」
「それを慎一さんと伊賀に見てもらおうとしただけだよ。」
「なんだ。びっくりしたじゃない。ばか。」
なぜか、小山内に怒られた。
「いいわ。せっかく降りてきたから私も見に行く。」
恐がってたんじゃないのかよ、とは思ったが、それを口に出して指摘するほど俺はばかじゃない。小山内はそう思ってるかも知れないがな。
俺は、小山内がまた井戸に足をぶつけたりしないよう、小山内の足元を照らした。その時、そのとき、俺は小山内が靴を履いていないことに気がついた。
「小山内、靴を履いてないじゃないか。」
「そうだったわね。」
「床下といっても、普通に石が落ちてるし、ガラスや陶器の破片が落ちたりしてるかも知れないぞ。危ないじゃないか。」
「だって、仕方ないじゃない。」
「何がだよ。」
「そんなの聞かなくてもわかるでしょ。」
小山内の顔をライトで照らしてるわけじゃないから、小山内がどんな顔をしてこんなことを言っているのか分からない。
だが、いつもとは何か息づかいが違う、ような気もする。
けど、何故小山内が、危険も、それからあれだけ恐がっていたことも顧みずにここに飛び込んできたのか、やっぱりわからない。
なんだ?
「?」
「もういいわよ。慎一さんたちを待たせてるからさっさと行きましょう。」
「だから危ないからだめだって。」
「大丈夫よ。」
「だめだ。俺が靴をとってくるから待ってろ。」
「もう。いいのに。」
「お れ が。俺が小山内が怪我するのが嫌なんだよ。」
小山内がひゅっと息を吸って黙った。
わかってくれたか。
「すみません、慎一さん、小山内の靴をとってくるのでちょっと待っててください。伊賀も悪い。」
こんな所に長居はしたくないが、小山内に怪我をさせるくらいなら、何だって耐えられる。
俺は。
だが、慎一さんや伊賀はそうじゃないだろうから一言断っておく。
「大丈夫ですよ。」
慎一さんはすぐに了承してくれた。
それに引き換え、伊賀は。
「すぐ戻ってこれると思うよ。」
などと、何故か不気味な予言をしやがった。
どういうことだ?
俺は頭を床や柱なんかにぶつけないように注意しながら床の穴を目指して進む。
「小山内、頭は打ってないか?足や膝は大丈夫か?」
「…大丈夫。」
なぜか、さっきの俺との掛け合いとは打って変わった小声で小山内は返事した。
恐怖が戻ってきたのか?
まあ、本当に怪我をしていたらきっとそう言ってくれるだろう。
俺と小山内はそんな遠慮をするような仲じゃないしな。
そんなことを考えながら、俺は床の穴の所に戻った。
「悪い、誰か小山内の」
そこまで言ったときに、穴から、にゅっと手が伸びて、見覚えのある靴が天から降りてきた。
「はい、これをお持ちくださいな。」
冷たい何かが込められた声と共に。
「ありがとう。もしかして、聞こえてたのか?」
「ええ、もちろん。日本の古い家は防音なんて考えていないようですわよ。しっかりと聞こえていましたわ、誰かと誰かが人目も憚らずにいちゃいちゃしている声が。」
「はうっ!」
妙な声を上げたのは俺じゃない。
背後にいる、誰かだ。
「二番煎じになるような真似は私のプライドが許しませんから、今回は小山内さんに譲ってあげますわとお伝えになって。」
薮内さんが顔を穴から覗かせながら俺に小山内の靴を押し付けた。
一体何を譲るって言ってんだか。
なんとなく不穏な匂いがしてるってのはわかるが。
それよりも。
「自分で防音がどうとか言ってるんだから、俺が伝言なんかしなくても小山内にも十分聞こえただろ。」
「あら、わかってらっしゃらないのね。」
「何を?」
「そんなことを直接伝えるのも私のプライドが許しませんの。」
ほんと何だよ全く。
これじゃまるで俺を小山内と薮内さんが取り合ってるみたいじゃないか。
まさか?
いやいや。
俺がホリーや伊賀みたいなイケメンを差し置いてクラストップの美少女2人に取り合われるなんて、下手なラノベじゃあるまいし。
また調子に乗って小山内からばかにされるのはオチだから、こんな妄想はとっとと心のゴミ箱に突っ込んじまおう。