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 第194話 古い家 (6)

「最初は壁から始めましょう。伊賀くんはあっちの壁。俺くんはこっちの壁をお願い。私は記録していくから。」


俺たちが今いる部屋は、2方向が木の板で造られた壁になっていて、別の1方向が隣の部屋と区切る襖、最後の1方向が見晴らしの良い廊下に出るガラスの入った障子になっている。


それぞれの壁を1人ずつ担当して、その後、部屋チームで床の畳をあげて床下の音も聞いてみる予定だ。


さっそく俺と伊賀は担当の壁にコップをあてて聞いてみる。


「何か聞こえる?」

「何も。」

「聞こえないな。」

「じゃ打ち合わせ通り、少しずつずらしてお願いね。」


小山内は方眼紙の見取り図に、俺達がコップをあてた位置と何も聞こえなかったことを示す×印を書き入れながら指示した。


とりあえず、これを続けていくことになってる。

1箇所で聞こえなくても、10センチくらい横にずらして何度も聞いていこう、というのがこの方法で調べようと決めたときに立てた計画だ。

同じ壁を何度も聞くのは、壁の中の空洞とか柱の位置で聞こえ方が違うかも、という理由なんだが、間隔は感覚で決めた。

だが、実際にずらしてから聞いてみた感じでは、そんなに違いがあるように思えない。まあ、10センチなんて拳一つ分くらいしかないから、同じに聞こえて当たり前と言えば当たり前だ。


「なあ小山内。何回か聞いてみた感じだと、位置を少しずらしてみただけじゃ同じようにしか聞こえない。」

「そうだね。板壁だと、土壁と違って、奥に何も詰まっていないからかも知れないね。」


俺たちの意見に、小山内は顎に手を当て少し首をかしげて考えた。

ちなみにいつの間にか小山内は、長い髪をゴムでまとめている。

作業スタイルってことか。

さらにちなみに、そういう小山内も可愛い。

いや、そういうのはしばらくお休みしようとさっき決めたばかりじゃないか。


「そうなの?でも、もうちょっと続けてみて。だた、間隔を20センチ間隔にしてみましょうか。」

「そうだね。」

「そうするか。」


というような感じで、臨機応変にやり方を変えたりしながら繰り返し壁に耳を宛てて聞いてみたんだが、俺も伊賀も何も変わった音は聞き取れなかった。


やはり夜しかしない音なのか、何らかの理由で音がしなくなったのか。


「じゃあ、次ね。畳を上げてみましょう。永井さんたちに断ってくるわね。その間休んでていいわよ。」


薮内さんの目がなくなったことで、つい俺は軽口を叩いてみたくなった。


「休ませて、その後肉体労働させる気だな。」

「もちろん、そうよ。」


小山内はにこっと笑い返いながら、俺の期待した反応をしてくれた。

すごく心地いい。


ちなみに、その俺たちを見て、伊賀もにやっと笑いやがった。

こっちは非常にいやな気分だな。


小山内が部屋を出ると、一息入れようと俺は持ってきたバッグからお茶を取り出して一口飲んだ。

生温くなってはいるが、ないよりはマシだ。

そう思い、もう一口ごくりと行こうとして、伊賀の視線を感じた。


「どうした?生温くなってしまってるが、もう一本持ってるから飲むか?」

「いや、いいよ。」


伊賀はいつもの伊賀らしくない、何か真剣そうな表情で俺を見ている。


「どうした?」

「ああ、うん。そうだね。いい機会かもしれないな。」


な、なんだよ。

そんな言い方されたら身構えちまうじゃないか。


「テル。もし、大事なものがあるなら、待ってるだけじゃ失うことだってあるんだ。いまテルが感じていることが正しいかどうかなんて、テル自身が踏み出さないと答えを得られないことだってあるんだからな。」


予想外に意味深なことを言い出したぞ。

というか、今の伊賀の言葉で俺が思い当たるのは…


「テルが不安に思っていることを相手だって不安に思っているかもしれない。でも不安でどちらも踏み出さなければ、交わるはずの線だって交わらないことだってあるんだからね。時間は無限じゃないよ。」


やっぱり小山内のことを言ってるんだろうな。

だが、なんだろう、単なるアドバイスだけじゃない、伊賀自身の傷のようなもの影を感じてしまった。


「ありがとう。伊賀が何を言ってくれてるのか、俺にだってわかるつもりだ。だが俺はヘタレでな。」


その言葉に、伊賀は朗らかな笑いで答えた。


「わかってるさ。」

「おまえな。」

「わかってるから、少しお節介をしてみただけさ。」


そこで伊賀はまた真剣な表情に戻った。


「だけどね、時間というのはいくら望んだって戻らないんだよ。だから後悔しないように。僕も、あの時テルにお節介を焼いていけばよかったと後悔しないように言ってみただけさ。」


俺もどこかのラノベの鈍感主人公じゃないから、伊賀の言葉の裏には痛みと苦みを宿した何かがあったことくらいはわかる。

それを俺に味あわせたくない、という伊賀の気持ちもな。


「ああ。ありがとう。」

「どういたしまして。まあ、結果がいつ出るか知らないけれど、楽しみにしてるよ。」

「何の結果だよ。」

「あら、伊賀くん、何かの悪だくみ?」


小山内が慎一さんを連れて戻ってくるなり失礼なことを尋ねてきた。


「悪だくみとは心外だね。」


伊賀は、イケメン全開の笑顔で軽くいなす。


「そうなの?でも俺くんに毒されないようにしてね。」

「小山内。何で俺が毒なの前提になってるんだよ。」


俺の当然の抗議に小山内は、くすっと笑い、


「だって、あんたと伊賀くんのどっちが毒だってクラスの子に聞いたら、100人が100人ともあんたって答えるわよ。」


クラスにゃ100人もいねーよ。

小山内は、俺の悪口を言わせたら何だってこうなんだろうな。

伊賀、お前も笑ってるんじゃない。


「あの、畳はどうしましょうか。」


ほら、慎一さんが戸惑ってるじゃないか。


「ごめんなさい。」

「いえいえ。青春ですなぁ。」

「っ?!」


そん時の小山内の顔をみんなに見せてやりたいもんだ。

………その青春てのは、もしかして俺も入ってたりしないよな?

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