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 第192話 古い家 (4)

男女で分かれて着替え始めてからしばらくすると、藪内さんと小山内が何か揉めてる声が、ぽそぽそとふすま越しに聞こえてきた。だが、俺たち、つまり俺と伊賀とホリーはそれに構わず手早く、用意してきた「汚れてもいい服」に着替えを済ませた。


「小山内、こっちはもうみんな着替えたぞ。」


俺は、ふすま越しに声をかける。

俺たちは、連休を利用してここに来ているが、2泊3日の予定の中で、原因を突き止めて、その対処が出来るならやらなきゃならない。

5人分もの旅行代金を出してくれた永井さんたちの、藁にも縋る思いを考えたらのんびり観光気分に浸っている暇なんてないからな。


「ちょっと覗かないでよ。」


小山内がまた何か誤解を生みそうなセリフを責めるような口調で口にした。

そんなセリフを吐く奴にはこうだ!

俺は、さっきの仕返しとばかりに、咄嗟にひらめいた反撃を即座に実行した。


「え?何だって?聞こえないな。着替え終わったよな?開けるぞ~。」


そう軽く口にして、ふすまの把手を持ってがたがた鳴らしてやる。


「きゃっ!!」

「ぎゃっ!」


可愛い声と、ちょっとあれな声の二重唱がふすま越しに聞こえてくる。

どっちが誰の声か俺にはわかったが、本人の名誉のために黙っておこう。


「もう!何するのよ!」


これは小山内の声な。


「いたずらだ。気にするな。」

「いたずらって、あんたねぇ。」


そう言いながら、小山内ががらっと襖を開けて出てきた。

いつもの作業着スタイルになってる。


小山内は、眉を寄せてはいるものの。本気で怒ってるようではない。

これくらいは大丈夫、ってことなのか?

憶えとこう。


「伊賀君、堀君、ね、私が言ったとおり、俺くんは要注意だったでしょ。」

「そうだね。」


そうきたか。

伊賀も笑いながら同意してるんじゃない。

一方ホリーは俺に非難の視線を送ってくる。


「テルくん、覗いちゃだめだよ。」

「いやホリー、単なる冗談だって…」


俺はなにやら誤解してそうなホリーにたじたじになりながら言い訳しようとして、その言葉が終わる前に、ホリーは吹き出した。


「やっぱり、テルくんは要注意だね。」

「でしょ。ほんとにもう。」

「俺くんがそんな人だとは思いませんでしたわ。」


最後に、藪内さんがいたずらっ子のような表情で余計な一言を付け加えてくる。


なぜか、俺以外の全員と盛り上がって、俺の株だけが下がってしまった。

次に反撃するときは、よく考えてからやろう。



まあそんな余計な一幕はあったが、俺たちは一通り家の中を案内してもらったあと、庭に出た。

古い藏や井戸、農機具小屋などが周囲に建てられた広いお庭だ。この家が農業をやっていた頃には、きっとここでいろいろな作業がされていたのだろう。

俺達がここに来たのは、まずどこからか音がしていないかを聴いて確かめるためだ。


これは、ここに来る前にみんなで考えて出した仮説の一つを検証するためだった。

つまり、夜に限らず音が出ているが、夜、静かになったことで音が聞こえるようになってた説、だ。

この説の場合、音が聞こえなくなった原因について、音自体が小さくなったか、夜、何かが立てる別の音がうるさくなったためじゃないか、というふうに考えている。

それで、まず、みんな総出で昼間の今でも音が出ているのか確かめよう、というわけだ。


「うーん、よく解らないな。」

「いろいろ音がして、昼間は家から音が出ていてもわからなそうね。」


そうなんだ。田舎だといって、静かだとは限らない。虫や鳥の鳴き声、カエルの声、木々のざわめき、田んぼでなにやら作業している機械の音。

いろいろな音があって、庭で普通に聞いた限りではこれだという音は見つけられなかった。

そのあと、みんなで分かれて家の周囲に散らばって聞いてみたが、やはり怪しい音を誰も聞きとれなかった。


「じゃあ、次の方法を試してみよう。」

「それがいいですわ。」

「テル、どれがいい?」


もともとの依頼は中世史研にきてたんだが、伊賀に来てもらうことになったから、伊賀にも事前の打ち合わせに参加してもらってアイデアも出してもらっている。


俺が次に選んだのは、家の中のいろいろなところにガラスのコップ越しに耳を押し当てて聴いてみる、という方法だ。

これは、家の中の音を聴いてみよう、しかも普通に聴くんじゃなくてよく聞こえる方法で。というものだ。

これは、壁と壁との間の空洞だったり、永井さんが気付いていない部屋が実はあったりして、そこから音が出てるんじゃないか、説で、これも、昼間も音が出てるんじゃないか説の一つだ。


「いいわよ。じゃ、ガラスコップを用意してもらうわね。」


小山内はそう言って、みんなのもとを離れた。


「あ、俺も行くよ。」


俺に下心とかあったわけじゃ無くて、ごく自然にその言葉が出ただけだったんだが、藪内さんも、それが当たり前のような口調で「私も行きますわ。」と言ってついてきた。


いや、いいんだけどね。

というか、こういうシチュエーションが純粋に男子高校生として、嬉しくないはずはない。

はずはないんだが、な。


「藪内さん、ありがとう。でも、たぶん2人いれば十分だと思う。」

「それなら小山内さん1人だけでも十分だと思いますわ。」


たしかに。

だが問題はそこにあるんじゃ無くて…というか、藪内さんもわかってるよな。

だから、念のためだけに確認する。


「藪内さん、省三さんからの、俺と結婚しろ、とかいう命令はほんとにもうなくなったんだよな。」

「そうですわよ、命令はなくなりましたわ。」

「だよな。」


ということは、やっぱりそういうことなんだろうか?

俺の男特有の後で真実に気付いて身悶えするタイプの勘違いとかじゃないよな?


俺はまだ身悶えしたくないのでそれ以上は聞かず、黙って小山内の後を追い、藪内さんも俺についてくる。

小山内も何も言わずに、さっき「台所」、と教えられたところに向かう。


古い竈をそのまま再利用した、美司子さんいわく「釜焚きご飯が自慢です。」との、立派な釜が据えられた台所は、キッチンじゃなくてまさに台所だった。

俺の言いたいことをわかってくれるか?


「すみません、美司子さん、お願いしていたガラスのコップをお借りできますか?」


小山内は、台所で食事の用意をしていた美司子さんに声をかけた。

美司子さんが用意してくれるのを待ってる間、小山内の表情を盗み見てみたが、何の感情も読み取れない。


だが。


美司子さんが、「はいどうぞ。」といってあらかじめ用意しておいてくれたらしいお盆に載せたコップを、小山内が無言のまま冷ための視線を俺に向けて、俺に受け取らせたことからすれば、俺がはっきりと藪内さんを拒まなかったことに、いい気持ちはしてないんだろうな。


だけどな、俺にどうしろって言うんだ?

それに、小山内が俺に向けてる感情は、どこから来てるんだろうな。


何て言うのか、小山内が前に自分で口にしたとおり、小山内が俺を友だちとしか思ってないなら、藪内さんが、省三さんの指示から自由になったあとに、俺に好意を向けてきても、がるがるすることはないと思うんだが。

ということは。

ということは、小山内も、俺のことを好きだったりするのか?

のか?

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