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 第190話 古い家 (2)

あの後、小山内が薮内さんにいつものごとくがるがる始めそうになったのを、薮内さんは「部長、聞き取りお願いします。」の一言で黙らせた。


もちろん、小山内はむっとして何か言い返そうとした。

だが俺は、「俺は部員だから、小山内が聞き取ったことをみんなで共有できるようにスマホで入力する。」と宣言して、その準備を始めた。


その様子を見た小山内は、口を何度かぱくぱくさせ、薮内さんに棘含みの複雑な視線を送った後、なんとか矛を収めて聞き取りを始めた。

その時の薮内さんの様子?

さあ?入力に忙しくて見てないな。


そのかわり、伊賀に薮内さんが寂しくならないように相手してくれとショートメールを送っておいた。

ものは言いようってやつだ。

ちなみに俺のSNS禁止令はまだ解けていない。


こういうのを気配りというのか、ヘタレというのか、それはこれを読んでる人に任せる。

ただ、収め方が上手くはなってきただろ?


「俺くん、手が止まってるわよ。」


小山内が俺の雑念に気付いて鋭い声を飛ばしてきた。

収め方が上手くなるのと、実際に収まるのとは話が別ってこともある。


とにかく俺は、雑念をそこで止めて聴き取りの内容に集中した。


さて、本題に戻ろう。

永井さんの話によると経緯はこうだ。



もともと田舎暮らしがしたかった永井さんは、機会をとらえてはいろいろな田舎を巡って古い家、つまり古民家を見て歩いていたそうだ。

ただ、やはり田舎への移住で一番考えないといけないのは収入面で、永井さんがそれまでやっていた仕事、会社で経理の担当だったそうなんだが、それは普通に田舎に引っ越しただけではおそらくその技能を活かせなくなる。それでどうしようか、と考えていたらしい。


その時に出会ったのが、今、古霊館と名付けられた民宿になってる建物だ。

大きく分ければ古民家に含まれるものらしいが、その大きさは「古民家」という言葉から想像するもよりはるかに大きくて、邸宅というくらいの立派さだそうだ。それを見た永井さんは、1人で住むには大きすぎる、どんな大家族が住んでいたんだろう、別に大家族とも限らないか、ときて民宿を思いついたらしい。

発想の転換てのは大事だな。


それよりもすごい発想の転換が、外から見ても最近リフォームされたらしい痕跡があるのにどうも人が住んでいる気配がないと気付いて、近所の人から、前の持ち主、つまりその家をリフォームして都会から移住してきた人が、幽霊が出たと言って逃げ出したと聞き込んだ時のことだ。


永井さんは、幽霊が出るということで前の持ち主が逃げ出した物件だから格安で買える、しかも雰囲気のある建物だから幽霊を売りにしたら必ず客足が途絶えることはないと閃いたそうだ。


まったく凄い発想力だよな。


それにいくら邸宅とはいえ、民宿にすれば1日数組を受け入れるのが精一杯の大きさだから、お金を払ってまでそういう体験をしたいと思う人がそんなにいなくてもお客さんが途切れることはない、とも考えたそうだ。


こういうのを商売の才能とでも言うのだろうか?


「何より妻が料理が得意ですし、こういう場所ですと新鮮な季節の野菜も手に入るので。なのでお客さんにお出しする食事の目処も立ったんです。」


永井さんはそう照れながら言って話が奥さんの話に逸れて行きかけた。

それを小山内は上手くドライブして、核心に戻す。


「いえ、幽霊そのものを元の持ち主が見たことはなかったらしいのです。」


永井さんは小山内の巧みな質問に答えてそう説明した。


「あくまでも、夜、咽び泣くような声がして、物が動くと。前の持ち主のお子さんは時にはひんやりとする冷気と共に何かの影のようなものが動くのを見たと言ったらしいのですが、それを見たと言っていたのはその子だけらしいので、近所の人が言うには、子供が寝ぼけたんじゃないかということでした。」

「でもそれじゃ、幽霊が出る民宿とは言えないのでは?」


小山内、俺も同じことを思ったぞ。


「ええそういうご意見の方もいらっしゃるかもしれませんが、でも幽霊が出るということで前に住んでた方が引っ越したのと、音がしたりものが動いたりするのも事実なので。前の持ち主のお子さんも不思議としか言いようのないものも見てますし。」


永井さんはそうしれっと言ってのけた。

さすが伊賀の分の宿泊料を請求してくるだけのことはある。


小山内も鼻白んだようだが、ここまでやってきて、今更そこを突っ込んでみても仕方がない。

「仕方ないわよね?」というような視線を俺に送った後、小山内は聴き取りを続けた。


「では、幽霊が出なくなったというのはどういう?」

「はい。それが、夜にいつもの音もしなくなって、物が動くこともなくなってしまいまして。そういうことはこれまでもよくあったので、まあいつかはまた始まるだろうと思ってたのですが、一向に。『そういうこともあります』という説明を最初にしていたので、最初のうちは、お客さんも、『運が悪かった。』と納得していただいてたのですが、それが続いて、ネットで、『詐欺だ』と書かれてしまったのです。」

「だから幽霊がいなくなったと?」


俺はつい口をはさんでしまった。まあ、俺が聞かなくても小山内が聞いていただろうが。


「いなくなったのか、へそを曲げてしまったのか、私には解りません。もともと幽霊がいた証拠があったわけでもありませんし。」


おいおい、永井さんがそれを言ったらいけないだろ。


「お客さんの中にも、幽霊の姿を見た人はいなかったのですか?」

「陰のような物が動くのを見たという方は何人かいらっしゃったのですが、声と、物が動くという方が大半ですね。」


まあ、声がしたり、物が動くだけでも十分怖いと言えば怖いんだが。


「前の住民の方が逃げ出した決定的な理由というのは?」

「音や、物が動くということで恐がっていたところに、子供さんが影を見た、というのが決定的だったと、近所の方から伺いました。」

「その近所の方というのは?」

「今も住んでおられますよ。」

「その方は、その…幽霊を見たとかは?」

「いや、ないそうです。」


小山内は幽霊を見たことがないという答えが出たところで矢継ぎ早の質問一旦止め、ほっとしたように息を吐き出した。

あれ?

幽霊を見たことがないと聞いてそうなるってことは、もしかして小山内は?

でも、幽霊を復活させるために来たのに?

ん?どういうことだ?


「もうすぐ着きますので、家内からも話を聞いてください。」


小山内との会話を突然打ち切った永井さんの視線の先をたどると、いかにも年代を経たというたたずまいの屋根の大きな家が建っていた。

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