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 第189話 古い家 (1)

木造の古い駅舎が建つホームに降り立ったのは、俺たち一行とあと数人だけだった。土曜日の午前中で通勤通学の乗客がいないせいか、改札を抜ける俺たちの話し声が閑散とした駅舎に響く。


うん、小山内と薮内さん、それとホリーと伊賀で一緒にやってきた。


2人が追加された理由が聞きたいか?

そんな面白い話じゃないぞ。


ホリーはもともと俺を連れてくる役として、ここに来ることが確定していたらしい。

それを知らない俺が伊賀に一緒に来てくれと泣きついて、伊賀がホリーに頼んで、ホリーが永井さんに頼んで、永井さんは伊賀の分の正規料金を請求しようとして、小山内が怒って、薮内さんがだったら俺と2人だけでとまた言い出して、小山内とまた一悶着あって、俺が困り果てて、永井さんが折れて今に至る、と。


な、面白くないだろ?


「あんたが、伊賀くんに泣きついた時の顔、面白かったわね。」

「いえ、どちらかと言えば、永井さんがさすがに正規料金を払ってくれないか、と言ってきた時の俺くんの絶望したような顔の方が面白かったですわ。」


…な?

面白くないだろ?


「でも俺くんが、僕がもともと同行する予定だったって聞いた時に、『へっ…』って言った時の顔の方が面白かったよ。」


面白くないだろっ!


「あれがそうかな?」


伊賀は賢明にも、盛り上がり中の話題には乗らず、駅前に停まっている不吉な色のワンボックスカーを指差した。


「そうみたいだよ。小さくだけど古霊館て書いてある。」


ホリーが目を凝らしながら、嬉しそうに言った。


いやちょっと待て。不吉な色の車に、霊推しの名前のどこに嬉しがる要素がある?


「横に立って手を振ってるのが永井おじさんだよ。」


血の色の法被らしきもの羽織った中肉中背の中年男性が満面の笑顔でこちらに手を振っている。


「何か違う感がすごい。」


俺は思わず声を漏らしてしまった。

いや、普通の民宿のお迎えだって言うのなら、あれでいいのだろうが。

どう考えても幽霊推しの車なのに笑顔で迎えられてもな。


「そうかしら。ああいう感じだから深刻になりすぎずに泊まれるんじゃないの?よく考えてると思うわ。」


小山内はこちらも笑顔で手を振り返しながら、解ったような解らないようなことを言った。


ちなみに今日の小山内は、ベージュのチェックのシャツに、白のワイドパンツという動きやすそうな感じの出で立ちだ。

何故幽霊が出なくなったのか調べなきゃならないかも知れないから、動きやすい服装なのは正解だと思うけど、白のパンツは汚れるとまずいかもな。まあ、調査開始前に着替えるんだろうが。


一方、藪内さんのほうは、ふりふりのついた可愛い服にスカートだ。


藪内さんは、省三さんからの俺を婿にしろという指示はなくなったはずなのに、何故か俺へのちょっかいが減らないし、小山内をがるがるさせるのも相変わらずだ。


なので、俺は慎重になってる。

憶えてるか?

藪内さんについ「綺麗」といったら、小山内の前で「今日は綺麗だと仰っていただけないのですね。」と暴露しやがったことを。


こいういう痛い目に遭ったので、省三さんとの一件がかたづいて、藪内さんはただのクラスメート兼ただの同じ部活の仲間になったはずなのに、何故か前と変わらずに俺にちょっかいをかけてきてると感じてからは、俺はひどく慎重になってるんだ。


だから、たとえ藪内さんが、薄い空色のフリルカラーブラウスに、薄茶のアコーディオンプリーツスカートという、どこの美少女だよ、みたいな、それはもう可愛い出で立ちをしていても、それは俺にとってはふりふりのついた可愛い服にスカートなんだ。

ふりふりのついた可愛い服にスカートなんだったらなんだからな。


小山内が俺の脳内言い訳に気付いてないか気になったが、あえて火種に酸素を送り込むような真似をする必要はない。だから俺は薮内さんの可愛さには気がつかないような顔をしてるし、それを小山内に気づかれてるか小山内の様子を伺うこともしない。


「あの車に乗せていってもらえるのね。大きい車だから全員乗れそうで良かったわ。」

「そうですわね。そうだわ!ここに居られるのは今日明日しかないので、早速小山内さんは永井さんから車の中でお話を伺われてはいかがかしら?」

「なぜ私が?」

「いえ、中世史研の部長でいらっしゃるからですわ。」

「荷物は後ろのスペースに置けば良いのかな?」

「おじさん!久しぶり!」

「大きくなったなあ!暑いし荷物を乗せて早く車の中に。」

「ありがとう。じゃそうさせてもらうね!」

「永井さんこの度はお招きいただき…」


俺たちは車に近づきながらそんな不吉さとは無縁の話をしていた。やはりこの明るさは、小山内の言う通り永井さんの笑顔のおかげということなんだろうか。


3列シートの後ろに荷物を積み込んでもまだ余裕があるゆったりとした車の中から、クーラーの冷気が漂ってくる。

ひと頃とは違って朝夕は涼しくなってきているとはいえ、クーラーの効いた車でのお迎えは嬉しい。


「さあさあ、早く中へ。」

「はーい!」


俺たちは永井さんの声に一斉に返事して早速乗り込もうとする。

小山内はそのまま運転席に向かおうとした永井さんに声をかけた。


「永井さん、時間もありませんので、早速車内でお話を伺えますか?」

「もちろん。では助手席へ。」

「はい。失礼します。」


小山内が助手席に乗り込むのと同時に、伊賀は大きめのスライドドアをさっと開けて、薮内さんに先に乗り込むように促した。

伊賀は教室でもこんな風に自然に紳士的な振る舞いをするから、女子人気は相変わらず高い。


「ありがとうございます。」と一声かけて車内を見渡した薮内さんは2列目のシートの奥に乗り込んだ。

そのあと、伊賀はすぐに3列目に。


俺はホリーに続いて最後に薄暗い車内に乗り込んでスライドドアを閉めた。


「念のためにシートベルトをお願いします。」という永井さんの声に皆んな慌てて座席を探る。


「あっ、ごめん。」


俺は同じようにシートベルトを探っていたらしい、誰かの細くしなやかな指に触れてしまったから謝った。


細いしなやかな指?


「あら、気にしないでくださいまし。」


暗順応がとっくに済んでるから、まじまじと見なくても横に誰が座ってるかわかった。

まじか?


「宿までよろしくお願いしますわね。」


薮内さんは、驚いて見つめる俺には構わず、前の運転席に座る永井さんに声をかけた。


「あんた!」


もちろん薮内さんは小山内にも構わない。


「俺くんもエスコートお願いしますわね。」


俺はようやく薮内さんは小山内が助手席に座るように計算して、永井さんから話を聞くようにすすめたと悟った。小山内を助手席に座らせれば、ホリーと伊賀は隣同士で座るから、残った俺は必然的に薮内さんの隣に座ることになる。


お、恐ろしいやつ。

今度は一体何を企んでいるんだ?

また省三さんから何かの密命でも下されたのか?


「ご心配なく。お祖父様は関係ありませんわ。」


俺の思考を読み取ったかのように、薮内さんは、何故か俺が触れた指にそっと触れながら、俺に視線を合わさずにそう呟いた。

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