第188話 ホリーの依頼と下心 (3)
「ちょっと待ってくれ、小山内も、藪内さんも。」
俺は戦いが激しくなる前に、介入した。
ほっとくと、悪い未来しか来ない気がしたからな。
「まず、俺は行くとは言っていない。藪内さん、藪内さんは、1人で行って、幽霊退治、じゃなくて、幽霊復活?なんてできるのか?」
「そんな意地悪を言わないでくださるかしら。それに俺くんは、人から助けを求められたのに、見捨てることなんて出来ないはずですわ。」
「意地悪も何も、事実を指摘しただけだ。」
藪内さんの言葉の後ろ半分は、あの時の「俺は薮内さんを救う。」なんて恥ずかしいセリフを持ち出されたら嫌なので、聞かなかったことにする。
「それに、今は歴研との合同展示に向けて追い込みの時期よ。それなのに、そんな幽霊話なんてあやふやなものに乗っている場合じゃないわ。」
小山内も、いつの間にか援軍に来てくれていた。
…ほんとに援軍か?
「あら。土日にも中世史研は活動しているなんて聞いておりませんわよ。まさか小山内さんは私を部活から外しておられるのかしら?」
いやいや、藪内さん。その顔は、答えを知ってて言ってるだろう。
だが、そんなあからさまな挑発に、何故か小山内はむき出しの感情を表情に出して応じた。
「そんなわけないわよ。」
「でしたら歴史研究会との合同展示のための作業は関係ありませんわよね。」
「関係あるわ。これから忙しくなるのよ。」
「それは、放課後に残っても間に合わないくらいですの?」
「きっとそうよ。」
「その割には、今日も明日も明後日も、残るようにとは言われておりませんわ。まさか、小山内さんは私を部活から外しておられるのかしら?」
「だから、そんなわけないって言ってるでしょ!」
小山内は、藪内さんのことになると、なんでここまでがるがるするのだろうか。
それに藪内さんは、なんでそんな愉快そうに、小山内をあおるのだろうか。
俺は冷静に観察していた。
…流れ弾がとんでこないように割り込む事なんて出来なかった、という言い方も出来る。
「とにかく。そんな巫女さんの衣装なんて、そんなの。」
「あら。小山内さんは、さっきの俺くんの表情を見ていらっしゃらなかったのかしら。」
何だ?流れ弾か?
「何が言いたいの?」
「俺くんは、巫女さんの衣装と聞かされて、とても嬉しそうにしてらしゃったですわよ。」
うお!特大の流れ弾だっ!
「そ、それはな。」
「俺くんが嬉しそうにしていたからって、何で私がそれに付き合わなきゃならないのかしら。」
「ええその通りですわ。ですから、私がお付き合いして差し上げようと申しているのですわ。」
絶句した。
小山内が。
あの諸葛凛が。
突如始まった小山内と藪内さんのバトルを息を呑んで見ていたクラスのみんなが、
「おーーーっ!」
っという無言のざわめきを作り出した。
恐るべき計算なのか、それとも偶然の産物か。
だがそれは今はどちらでもいい。
小山内の視線の方向がぎぎーとばかりに俺に向きつつある今はな。
「あのな薮内さん。」
俺は、メデューサが三顧の礼で弟子入りを志願しそうな小山内の視線に完全に捉えられる前に、急いで薮内さんの説得を試みた。
「俺が見たいのは、」
「小山内の」と続けようとしてはっと気づいた。
ちょっと待て俺。
こんな衆人環視の中で、小山内の巫女さんコスを見たいってカミングアウトするのか、俺は?
ダメだ。どう考えたって肉壁軍再結成で悲惨な目に遭う近未来にしか繋がらない。
「…幽霊であって、巫女さんじゃない。」
いや、違う、幽霊なんて見たくない。
だが、巫女コスを見たいということを否定しようとしたら、幽霊が見たいとしか言えないじゃないか。
嘘をつくのは嫌だが、命と引き替えには出来ない。
「あら、そうでしたの。では、話は早いですわね。小山内さんは、中世史研の活動がお忙しいみたいですし、俺くんは幽霊が見たいのでしたら、私と2人で一緒に参りましょう。」
あ、そうか、こうなってしまうのか。
藪内さんをいつも取り囲んでいる女子たちが「だめっ。」とか「あんなセクハラ男!」とか言ってる。
中に「あんなやつの毒牙にかかるくらいならいっそ。」という声が聞こえたような気がしたが、これ以上恐ろしいことに巻き込まれたくないのでスルーしておく。
とにかく、その声に藪内さんは一切反応せず、罠にかかった獲物に最後の一撃を加えようとするハンターのようなどう猛な視線で俺を見るばかりだ。
つまり、藪内さんは、俺の意見を聞く気なんて、全くない。
だから、助けを求めて小山内に視線を泳がせると、そこには虚無があった。
「いいでしょう。それなら。」
虚無の光を放ちながら、小山内はためを作る。
「それなら私も行きます。勝手に中世史研の活動を名乗られては部長として見過ごせないわ。」
あれ?すごく落ち着いた声だ。
あの表情とのミスマッチ感がすごい。
「藪内さん、部長の指示に従えないなら退部してもらいます。」
落ち着いてるんじゃない。
完全に感情が消えた平坦なだけの声だ。もちろん、感情を隠すヴェールを一枚めくればそこには万物を焼き尽くそうとする激怒が荒れ狂っているのは間違いない。
藪内さんは、その小山内を見て、「うっ」っとでも声を上げそうな引きつった表情を一瞬見せた後。
「解りましたわ。いいでしょう。3人で参りましょう。」
と、一瞬で譲歩した。
勿論譲歩した相手は小山内であって、俺の行きたくない、という意見には1マイクロメートルの譲歩もないからな。
そこに、ホリーの暢気な声が被さってきた。
「ありがとう、小山内さん藪内さん。永井さんに衣装を2着用意してもらっておくね。」
このクラスで最強は、実はホリーかも知れない。
俺は、視界いっぱいに新肉壁軍と復活肉壁軍の連合軍を捉えながら、そう現実逃避した。