第187話 ホリーの依頼と下心 (2)
「たしかに、無念の落城をした城跡って、怨霊が出てきそうだね。」
伊賀も唇の端をピクピクさせながら乗るんじゃない。
だがその言葉に勢い付いたホリーがさらに迫ってくる。
「そうなんだよ!それに、テルくんて、小山内さんと一緒にいろいろな困りごとを解決してるみたいだし。」
何故か目をきらきらさせながら俺を見つめるホリー。
「うっ、ま、まあな。」
痛いところを突かれた。たしかにその永井おじさんは困ってるんだろうが。
でも、でもだ。
幽霊なんてどうすりゃいいのか全く見当もつかない。流石にそういうのを引き受けるわけには…
「もし、引き受けてくれるんだったら、永井おじさんは出来ることは何でもするって言ってるんだ。お願い!」
なんだかその言い方は。
まさか?
「もしかして、もう俺たちのことを話してしまってたりするのか?」
「えへへ。」
いやホリー、女子ならその蕩けるような笑顔に騙されるかもしれないがな。
もちろん、廊下がなにやらざわめいているてるが、俺には効かない。
「ダメかな。」
いや、そんなふうに、知らないところに置いていかれそうになってる子犬みたいな目で俺を拝んでみてもダメだ。
ダメだったらダメだ。
「それに永井おじさんは、来てくれたらもちろん2人の宿泊代も無料にするし、豪華なご飯もつけるって。」
「いや、どこまで話を進めてるんだよ!?」
ん?!
今なんて言った?
2人の宿泊代?
誰と誰だ?
って俺と小山内の2人か!?
「もちろんそうだよ。」
ホリー、勝手に俺の心を読むな。
「いや、だけどな…」
ちらっと小山内を見てしまう。
するとなぜか視線が合ってしまった。
目力で何か言われるのかと思って視線を合わせたままにすると、目を逸らされてしまった。
聞かれてなかったのか?
「どう?」
ホリーのすがるような声に、意識を戻させられた。
いや、何というか、小山内と2人でお泊まりとか。
「それ、無理。常識的に考えて、無理だろ、それ。」
口をついてヘタレな言葉が出た。まあよく考えたとしても同じ結論だったろうが。
だがホリーは諦めない。
「お願いテルくん。永井おじさんは、テルくんたちがいつ来てくれてもいいように準備するって言ってるし、衣装もおじさんが揃えてくれるって言ってるし。」
お金を借りなきゃならない人にしては、何故か気前がいいな。
衣装?何だそれ?
「ホリー、衣装って何なんだい?」
にやにやしながら聞いてるだけだった伊賀も同じ疑問を持ったらしく、不思議そうに口を出してきた。
「巫女さん。」
聞き違えか?
「幽霊関係だったら巫女さんの衣装がいるだろうし、すぐには手に入らないだろうから、早めに手配しておくって。」
いや、入手難度の話は今はどうでもいい。
巫女さんの衣装?
それを小山内に着せようってのか?
俺は思わずその姿を妄想して、喉が鳴ってしまうくらい唾を飲み込んでしまった。
小山内の巫女コスプレ。
いやこの後一生かかってもなさそうなレアなチャンスじゃねえか。
「巫女さんて、幽霊を祓う方の人じゃないのかい?」
変な妄想に入った俺をよそに、伊賀が冷静かつ真っ当な突っ込みを入れた。
そ、そうだな。その通りだ。
さらば、小山内の巫女コスプレ…
「でも、現代のカジュアルな服よりはなんか効きそうじゃない?」
おかえり、小山内の巫女コスプレ!
「なあテル。何かを期待しているみたいなのに悪いけど、小山内さんにちゃんと話しを通してからの方がいいと思うんだけど。」
伊賀が、俺じゃない誰かの方を見ながら忠告してくれた。
勿論、その視線の先は言わなくてもわかるよな。
だが、そう言われてしまった以上、俺もその視線の先を追うしかない。
「やっぱり聞こえてたんだな、小山内に。」
背筋も凍るような視線を浴びながら、俺は独り言を呟いた。
でもさ、小山内の巫女コスプレを見たくないってやつなんて、この地球上にいるはずないじゃないか。
それなのに、なんで俺だけにそんな恐ろしい視線を送ってくるんだよ。
そのとき、俺の背後から、なぜか近頃聞き慣れてしまった声が聞こえてきた。
「ねえ堀君。あなた先ほど中世史研究会の話しをされてたのではないかしら。」
「うんそうだよ。ちょっとテルくんと小山内さんにお願いしたいことがあって。」
「あなた、それは俺くんと小山内さんにお願いしたいことなのかしら。それとも中世史研にお願いしたいことなのかしら。」
なぜか。その聞き慣れてしまった声は、俺の安全に直結するように思える質問を、俺の頭越しにホリーに突きつける。
「んーと、」
待てホリー、待つんだ。
「やっぱり中世史研のほうかな。幽霊のお話しだし。」
ホリー、お前の頭のなかで中世史研がどういう部活をやってるのか、いずれきっちり問い質してやるからな。
いずれだ。
今は、お前のその不注意な一言でこれから起こる、ある意味幽霊バトルよりも恐ろしい戦いを収めるのが先だから、今だけ許してやる。
「そうですのね。ねえ、堀くん。それなら私も中世史研に入ったのはご存知かしら?」
「あ、そうだったよね。テルくんから聞いてたよ。小山内さんと仲良くね。」
「ちょっ、ホリー、俺そんなことまで話したことは1度もないぞ。」
そうさ。そんな余計なこと、いくら弱っていても…
まさか無意識に?
小山内と薮内さんの冷たい目線を身体中に感じながら、俺は否定しきれない疑惑に、背中一面に冷たい汗が噴き出すのを感じた。
「ホリー、それはテルじゃなくて僕が言ったんだよ。小山内さんと薮内さんの関係がうまくいってないようだからテルを元気付けようなって。」
伊賀が仕方なさそうに説明くさい説明をしてくれた。
伊賀、この恩は忘れない。
「そうだった。ガイくんから聞いたんだった。ごめんねテルくん。」
そう言って、また、えへへと笑うホリー。
だが薮内さんは、さっきよりも平坦で、温度もあまり変わってない声でホリーを確実に狩っていく。
「そうですの。まあそんなことは大したことではありませんわ。でも中世史研の活動だと仰る割には私のことは数に入れていただいていないようですわね。」
いや、その省三さん譲りの射るような視線はやめろ。
ホリーがぽかんとしてるじゃないか?
え?怯えてないのか?
「あ、そうだね。ごめんなさい。すぐにおじさんに巫女さんの衣装をもう1つ追加するようにお願いするね。」
「待てホリー、まだ俺は行くとは言って…」
「堀くん、それは必要ないですわ。だってご覧なさい。小山内さんのこっちを見る目を。あんな眼をしてらっしゃる小山内さんが、喜んで参加されるとでも?きっと行くのは私と俺くんだけですわ。」
藪内さんは、俺の抗議を無視して、言いたいことを言う。
だが、藪内さんの言葉につられて、小山内を見やった俺に、灼くかような小山内の視線が返ってきた。
「藪内さん、部長である私に無断で、勝手に部活の内容を決めないで。」
小山内が自分の席からゆらりと立ち上がりつつ静かで激しい怒りを口にする。
やばい。
始まってしまったのか?