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 第185話 積み上げてきたもの (5)

俺たち、俺と小山内は、まだ昼下がりと言っていい街中を、並んで駅に向かって歩いている。


省三さんの家での息詰まるようなやりとりが何時間も続いたように感じていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。

やはり省三さんの圧に呑まれていたのだろうか。


あっちこっちにみっともなく迷走した挙句ではあるけれど、最後になんとか大事なものを見落とさずに済んで、省三さんの家に行った目的も全部果たせた。

あとはのんびりと…


「あんた、解ってるわよね。」


現実逃避を許してくれない小山内の声に、「何を」、と一発とぼけてみたいところだが、それをやったら駅までの道のりが果てしなく遠くなることが解りきっている。

だから素直に肯定した。


「解ってるって。」


さて、これを読んでくれてる人たちに問題だ。

省三さんの家を出てから、俺と小山内はこのやりとりを何回繰り返したでしょうか?


答えは、もう何回も、数えるのが面倒なくらい、だ。


この後、小山内は、一人でぶつぶつ呟いて、

「何なのよあの子は。ほんとに。」

までいった後、「あんた解ってるわよね。」に戻る。


「だいたい、あなたが、余計な口出ししたからなのよ、ちゃんと解ってる?」


あ、新ルートに入ったぞ。

ついでに軽くふくらはぎを蹴られる。


なんでここまで小山内ががるがるやってるのか?

やっぱり、あれだろうな。


また、小山内に相談もなく、藪内さんの要求を受け入れてしまったってことだろう。


ついこの前も、

「あんたの暴走にも慣れたけど、いい加減にしとかないと痛い目見せるわよ。」

なんて恐ろしい宣言されたばかりだったし。


でも、俺にだって言い分がある。

孫と爺ちゃん2人して、あんな凄味のある目で見られたら、承諾以外の答えなんて無理だ。

とはいえ、またやらかしたことには間違いない。


「小山内。たしかに、これまで何度も小山内に言われてたのに悪かった。」


新ルートに入って少し小山内が過激になった気がしたから、俺もちょっと丁寧めで答える。


「え?私、あんたにまだ何も言っていないはずよ。」


小山内はそう、慌てたように、それから、弱気に小声で繰り返した。


「言ってないわよね?」


小山内は、いままで俺に言ってきたのを忘れたって言うのだろうか?


「何度も、ってのは言いすぎたが、何度か言われてる。」

「そ、そんなっ。」


何故かいきなり真っ赤になっておたおたし始める小山内。

視線もあっち向いたりこっち向いたり、忙しいことこの上ない。

なんだなんだ?

小山内に何が起こってるんだ?


突然、小山内の動きが止まって、ぎぎーっという擬音そのままの変な動きで、さらに紅潮した顔を俺に向けてきた。


「ちょっと待って。あ、あのもしかして、もしかしてよ。もしかして、その答えを、私もうもらってたりするの?」


縋るような、うるうるの視線で俺を見上げてくる。

小山内から何度も、一人で決めるな暴走するなと怒られたことへの答えを聞く態度にしては、相当おかしい。

はっきり言って、変だ。


だが、そうは言っても小山内がさっきみたいに怒る理由は他に思いつかない。

藪内さんに無理矢理迫られてた結婚とかいう話しも、省三さんの「あくまでもふり。」という言質がとれたから綺麗さっぱり消えて、藪内さんが小山内におかしなちょっかいをかけてくることもなくなるだろうし。


「ごめん。」


何度も言われてたのに、今回もまた小山内に相談せずに、省三さんと薮内さんの要求に応じてしまったのは事実なので、まず謝った。


でも、あの空気と視線で迫られて承諾以外の答えは俺には無理なのは小山内もわかってるだろ。

俺はさっき心の中で呟いたようにそう言い訳するつもりだった。


だが、その前に、小山内は強いショックを受けたような表情を浮かべた後、顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。


「お、小山内?!」


俺は予想外の小山内の反応に完全に狼狽えてしまって、もう言い訳の言葉なんか吹き飛んでしまってる。


「小山内悪かった。俺が悪かった。何度も言われてたのに。」


だが小山内は反応しない。

でも俺はどうしていいか解らなくて、謝り続けるしかない。


「次からちゃんとする。ほんと頑張る。」

「…次から?」

「そ、そう。いや今すぐにだ。今すぐ。もう勝手なことはしない。今回は余裕なくして勝手に省三さんの求めに応じちゃったけど。」

「勝手なこと?」


小山内は、顔を覆っていた手を少しだけずらし、指の間から、小山内を心配してかがんでいたせいで、すぐ近くに寄っていた俺の顔を凝視した。


「だから、小山内と相談せずに…」


突然だった。

突然小山内は立ち上がり、驚いてのけぞった俺の胸を握りしめた手でどんと叩いた。


「あんた、ばかなの?それともばかのふりして私をからかってるの?」


へ?

その2択?

なんで今までのやりとりで、その2択?


「俺は、ばかのふりしてるわけがない。」

「ならあんたは大ばかよ。」


さっきより、グレードアップしてやがる。さすがに、むかっときた。


「なんでそうなるんだよ。」


俺はほんとに訳がわからない。


「あんた、言われなきゃ解らないの?」


もしかして、これは?!

何かラノベや漫画で出てきたりするセリフじゃないのか?

とすると?

でもまさか超能力以外一般人でしかない、俺に?

こんなかわいい小山内が?


俺は、ごくりとつばを呑んで。

潤んだ瞳の小山内を見つめ。


「ようやく追いつきましたわ!」


「………」

「………」


見つめ合ったまま視線を離さない俺たち。


「あら、どうされたのかしら?小山内さん、熱中症にでも?」


だめだ、現実は許してくれそうにない。


「お祖父様に叱られましたの。お食事を用意してましたのに、そのまま帰すやつがあるかと。予想すらしていなかった展開でしたので、ついつい、お引き留めするのを忘れてしまいましたわ。」


ようやく小山内から引き離した目を藪内さんに向けると、悪気など一切ない、というような笑顔で俺を見つめる視線とぶつかった。


「あ、あんたねえ。」


小山内はいったいどっちに怒ってるんだろう。


タイミングを外した俺?

小山内から視線を外した俺?


それとも藪内さんに?


「小山内さん、本当に大丈夫かしら?」


藪内さん、口角がその角度で、その言い方じゃ、大丈夫なものも大丈夫じゃなくなってしまう。


ついにぎゃーっとキレた小山内。

以前とは打って変わって毒の消えた笑顔で小山内をからかう藪内さん。

その間でおろおろする俺。


肌に気持ちのいい風が吹いている。

いつに間にかもう秋だ。


桔梗の薄紫の花が涼しげに揺れて、藪内さんにせかされながら騒がしく省三さんの家に戻る俺たちに見守ってくれていた。



…ただ、なにかを見落とてるような気がする?!

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