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 第184話 積み上げてきたもの (4)

省三さんは黙って藪内さんを睨み据える。


もし、それ以上薮内さんの決意を力で押し潰そうという空気を少しでも出したら容赦しないぞ、という強い意志を込めて省三さんを睨みつける俺。

息を呑む緊張した空気の中、省三さんが口にした言葉は、拍子抜けするような、あっさりしたものだった。


「そうか。わかった。では悠紀、薮内家を頼む。」


俺が思わず「へっ?」なんて間の抜けた声を出したのに、小山内が何も言わなかったのは、小山内も俺の横で「えっ?!」っと呟いてしまったからに他ならない。


だってそうだろう。

目の前にある、1人では到底動かせなさそうな巨大な岩を、それでも諦めずに動かそうとして全身の力を込めてぶつかってみたら、すうーっとまるでレールの上を滑るように滑らかに動いてしまったようなもんだからな。


「お祖父様それでは。」

「わしも人を見る目はあると思っておったが、孫を見極める目は持っておらなんだようだ。武光も何やら俺くんの言ったようなことを言っておったが、悠紀が俺くんの器を見誤ったことで、武光の子可愛さのあまりの贔屓目ととってしもうた。」


つまり?


「悠紀、わしの目が曇っておった。お前を先祖代々藪内家が背負ってきたものから解き放とうと思うあまり、わしは悠紀が藪内家の跡継ぎになれぬ理由だけを探してしまっておったのかも知れん。」


ああ、そうか。藪内さんが省三さんと武光さんの指示に抗ったとき、省三さんたちは聞く耳を持たなかったという。その時の頑なさはここに源があったのか。


俺が省三さんの言葉を噛み砕いて理解しようとしている間に、省三さんは、藪内さんに向き直り、すっと居住まいを正して、深く頭を下げた。


「悠紀、許してくれ。そして、藪内家の跡取りとなって欲しい。」

「お祖父様…」


藪内さんは、それ以上、言葉を続けられなかった。

ただ、流れ出した涙が、藪内さんの答えを示していた。


これで、一件落着、と思う。

だよな、小山内?


だが小山内は、まだ緊張感をたぎらせたまま口を開いた。


「まだ大事なことが残っています。」


なんだっけ?

…あっそうだった。

一番大事なことが残っていた。


「そうだな。これを忘れて帰っちゃ何のためにここに来たのかわからない。」


俺が小山内に頷きかけると小山内も力強く返してきた。

俺たちは一緒に、しんみりした雰囲気を醸している省三さんに声をかけた。


「省三さん、柿谷の…」

「省三さん、薮内さんの…」


ん?

最初ハモった俺たちの声が一瞬のうちに不協和音を奏でた。


「ここに来たのは柿谷の住宅地の人のことだよな?」


俺は小山内に確かめる。


「あ、えーと、そうよ。薮内さんの…そう薮内さんの言っていたことが…もう、いいからあんたが説明しなさい。」


その言葉と共に顔を赤くた小山内に背中を平手で叩かれた。

何だ?一体何なんだよ。


だが面白そうにこちらを見ている省三さんの注意がそれる前に捩じ込まなくては。


「柿谷の住宅街に住んでおられる方々の不安のことです。省三さん、先ほどからのお話だと、きちんと説明をするということが省三さんのこれまでやり方に沿うものだと思うのですが。」


いつの間にか少し口調が乱暴になっていた気がしたので、あらためて丁寧に言ってみる。


「うむ。わしが出向くことにしよう。あの住宅地に最初から住んでおる方はわしのことを覚えておるかもしれぬし、やはり土地の持ち主として出向くのが筋だろう。」


そこで省三さんは、何か悪戯を思いついた少年のようににやりと笑った。


「そうだ。悠紀、お前も来なさい。」

「お祖父様!そんな…」

「ソーラー発電は新しい世代の事業だ。悠紀が正式に事業を継ぐ頃には、重要な事業のひとつに育っているだろう。今からその現場を見ておきなさい。きっと良い勉強になる。」


いきなり告げられたその指示は驚くべき話しだったが、省三さんの言わんとすることはわかる。むしろ、藪内さんの努力を認めてくれたからこその話しだとも言えるし。

だから、俺はまあ部外者なんだけど、乗りかかった船だ、みたいな感覚で藪内さんの後押しをした。


「藪内さんみたいに、前に向かって飛び出していける人なら、大丈夫だと思うぞ。」


藪内さんは、振り向いて、くってかかってきた。


「それは、場合によりけりだと思いますわ。」

「どういうことだ?」

「その住宅街の人は、すでに不信感を抱いているのでしょう。そこに私みたいな高校生が出てきたら、『こんな子供を連れて来ておふざけになっているのかしら。』というように思われて、ますます不信が募りますわ。」


あー、そういうことか。

言われてみればその通りのような気がする。

でも、藪内さんにとっては得がたいチャンスだと思うがな。


「そうか、だが、悠紀、お前はどうなんだ。こういう現場を早く体験してみたいとは思わないのか?」


省三さんは、ちらっと俺に視線を走らせた後、たきつけるかのような口調でたたみかけた。


「それは、それは行ってみたいのは山々ですけれども。」


だったら、せっかくの機会なんだから頑張ればいいのに。

そういう人ごとみたいな感想を俺が抱いた直後。


「では、こういう方法はどうかな。」


と言いつつ、省三さんは、獲物を視界に捕らえた虎のような、鋭い眼光を放って俺を見据えた。


「幸い俺くんは、住宅地の人たちと信頼関係を結べておるようだ。ひとつ、骨を折ってもらおうじゃないか。」


なんですとっ?

やばいやばい、何か喰いつかれたんじゃないかこれ?


「省三さん!俺くんを買いかぶりすぎです!」


小山内も鋭敏に危険を察知したらしく、若干残念な方法で援護射撃を始めてくれた。


「俺くんに何をさせようとされているのか分かりませんが、それは期待のしすぎです。うまく行かないに決まっています。」


小山内に悪気はないのは解っている。解ってるんだが、好きな女の子からこう言われたら、な。


「お祖父様、俺くんに何をさせようとおっしゃっるのかしら。」


藪内さんは、さっきまで俺への評価が低かったはずのに、小山内とは逆に、藪内さんの言葉に興味を引かれたらしい。


「なに、その場にいて、説明会とはどういうものか。どういう人の意志が流れているのか、どう空気が変わってゆくのかを肌身で感じ取れれば良いのだ。であれば、悠紀はその場におるだけでよい。それならば、地元に火をつけた俺くんの親友とか、彼女だとか言って、説明会について行けばよい。」


なぜか、俺もそこに出席する事になっている、が、問題はそこじゃない。


「省三さん。これだけははっきり言っておきますが、もう、藪内さんの未来は藪内さん自身が決めることで省三さんも納得されたはずです。ですから、俺くんを婿にという藪内さんの気持ちを無視した命令も無しになったはずです。」


いいぞ小山内!

その通りだ。


「うむ。だから、俺くんの親友とか、彼女だと説明するだけだ。なにも、悠紀と付き合えと言っておるわけではない。あくまでもふりだ。悠紀は嫌か?」


省三さんの言葉に、藪内さんは、ふるふると首を振った。

左右に。


「嫌、ではありませんわ。それなら私からもぜひお願いいたしますわ。」


そう言って藪内さんは俺に頭を下げた。そして、頭を上げて一言。


「あなた、私を助けてくれると仰いましたわね。」


ああ、藪内さんは、やっぱり藪内家の跡取りに相応しいや。

省三さんと同じくらい、獲物を視界に捕らえた虎のような、鋭い眼光を放って俺を見据えてやがる。


小山内、悪い、俺はここで喰われる運命らしい。

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