表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/216

 第183話 積み上げてきたもの (3)

「省三さん。省三さんが、いま、武光さんの後継者として藪内さんが欲しいと言わなきゃ、藪内さんはすぐにでもここを、この地を飛び出して行きますよ。俺にだって解る、藪内さんは自分1人で目標を定めて、それを自分で努力して実現させることが出来る人だ。そんな人はどこに行って自分の未来を創り出せる。」


俺の言いたいことがわかったか?


「選ぶのは、省三さんではなくて、藪内さんだったんです。」


藪内家の跡継ぎにしてやるとかしてやらないとか、省三さんの求める能力があるとか無いとか。

そういう話しじゃなかったんだ。


「いいか、藪内さん。藪内さんは、武光さんから、いずれ薮内さんが藪内家の跡継ぎになるんだと聞かされて、そうなるために努力を始めて、ずっと努力してきた。なので、薮内さんには全く別の未来だってあることには目を向けていなかった。そうじゃないのか?」


俺の勢いに押されたのか、藪内さんは、目を白黒させている。


「どうなんだよ。」

「ええ、そうですわよ。だから、あなたと結婚しろと言われてもそのまま…」


藪内さんは何か、ごにょごにょ続けていたが、俺はそれに構わずさらに被せていく。


「そのために薮内さんは留学して、そしていろいろなものを見聞して戻ってきた。武光さんだって、薮内さんを送り出した時には、省三さんが薮内家の跡継ぎをどう考えているかなんてお構いなしに、薮内さんが世界を見てくることが薮内さんの未来に役に立つと思って薮内さんを留学に送り出したんだろう。」


俺の言葉に頷く薮内さん。

さっきのごにょごにょはいつの間にか終わって俺の話に耳を傾けてくれている。

省三さんも魔王のような恐ろしげな目で俺を見つめているが何も言わない。俺の方もそんな目で見られているのに、なぜか落ち着いている。


だが、次の言葉、そう、


「ところが藪内さんが戻ってきたときには、いつの間にか省三さんと武光さんが和解してて」


この俺自身の言葉で一瞬絶句した。

そうだ。

薮内さんの身に起こったことは、省三さんと武光さんの関係が元通りになるように超能力を使った俺が引き起こしたことだ。


だが、自分を責めるなんて後でいい。今は何より藪内さんのために出来ることを全力で、だ。


「和解してて、藪内さんのことを跡継ぎと認めていただろう武光さんではなく、藪内さんのことも藪内さんの努力もよく知らないけれど、藪内家の当主である省三さんが、藪内さんの未来を決めることが出来る人になってしまったように思い込んだ。」


しかもだ。


「それも最初から、藪内さんが譲れないような要求をしてきたのでなく、多少の不自然なところはあったとはいえ、編入先の学校の藪内家のことを知る生徒と、夏休みに機会があるから仲良くなっておけ、という、全体的に見たら親切にしか聞こえない課題が出された。」

「たしかにそうね。」


これは小山内の声。


藪内さんはその時のことを思い出すかのような複雑な表情を浮かべて頷いただけだ。


「だから、藪内さんはそれを無警戒に受け入れてしまった。そして、受け入れてしまったことで、省三さんが物事を決めるという関係が、それと自覚せずに作られてしまった。藪内家の跡継ぎになる、という原点が藪内さんになければその後の省三さんの指示には従わなかったのかも知れないが、歴史ある藪内家の重みと、子供の頃からの藪内家の事業を自分が継ぐという思いがその歪さを気付かせなかったのかも知れない。」


俺は、続ける言葉を探して、一旦言葉を切る。

幸いに、省三さんは難しい顔をしているものの、やはり口は出してこない。


「そう、かもしれないですわ。」


藪内さんは躊躇いがちに肯定した。


「でも、今の藪内さんの言葉ではっきりした。藪内さんは、自分の未来を決めて、そこにつながる道を自分で切り開いて、その道を歩く力を持ってる人だ。未来から選ばれる人間じゃなくて、未来を選ぶ人間なんだよ。『私は、藪内家を選ばない、私は自分の未来を選ぶ』そう言える人間であることを、藪内さんは今までの人生の中、積み上げてきたもので証明してみせたんだ。」


藪内さん、俺の言葉に顔を赤くしてる場合じゃない。勝負の時だぞ。


「さあ藪内さん、省三さんに言ってやれ。私の思いを叶えないなら、私には藪内家は必要ないと。」


静寂だった。

俺が言いたいことを言い尽くしたのは、その場にいる誰もが解ったはずだ。

だが、誰も口を開かない。


藪内さんも。


省三さんも。


「藪内さん。」


俺は、何故かぼーっと俺を見ている藪内さんを強く促す。


「え、あ、はい。」


いや、可愛い声を出してる場合じゃなくて。


「藪内さん、悪かった。俺は、藪内さんの話しをちゃんと最初に聞くべきだったんだ。藪内さんを救うとか偉そうなことを言うんだったら、まずはそこからだったよな。」


ついさっきまで、省三さんが要求している能力とは違うものだけれど、藪内さんが藪内家の跡継ぎになれるだけの能力を持っている、そう省三さんに理解してもらえ、と迫って藪内さんに自分の能力を証明しろと言っていた俺が、いきなり別のことを言い出したので藪内さんは展開について来れないんだろう。


最初に藪内さんの話をじっくりと聞いていれば、きっといつもの違和感てやつで俺の間違いに気づけただろうに。

だから、藪内さんに詫びた。


「藪内さんを救うとか偉そうなことを言った俺が、藪内さんが今してくれた話しを最初にきちんと聞いていれば、省三さんが藪内さんを選ばない、ということが問題の本質じゃなくて、藪内さんが省三さんを選ばなくてもいいのに、それに藪内さんが気づけていない、ということが、藪内さんに降りかかった問題の本質だと解ったはずなのに。すまない。」


俺は深く頭を下げた。


だが、さっきも言ったがここは俺の反省会の場じゃない。そんなのは、後で藪内さんと小山内から好きなだけ責めてもらっていい。

今は、藪内さんの未来を拓く正念場なんだ。

省三さんという巨大な存在を一気に押し切るんだ。


「だから、藪内さん、藪内さん自身の言葉で今こそはっきりさせるんだ。自分にかけた呪縛を解き放つ時なんだ。」


俺が座敷机の上に身を乗り出して、まだ呪縛を振り切れていない様子の藪内さんに迫る。


「私が…」


藪内さんはそこで絶句した。


「藪内さん、自信を持て!今まで藪内さんがやって来たことが君を支えている。藪内さんが積み上げたものは君を裏切らない!」


俺と藪内さんの視線が交錯した。


「私は、藪内家の事業を継ぎますわ。それだけの努力をしてきました。これからもそれは変わりません。でももし、私を信じてくださらないのなら、私は…私は私自身が選ぶ未来へと参ります。私が藪内家を選ぶのは今日この場限り。この場で私を選ばなければ、私は私のこれまでの努力とこれからの私の時間は、藪内家にも、その事業に向けません。さあお祖父様、どうされますか。」


言った!

吹っ切れた、けれど、どこまでも真摯な言葉で薮内さんは自分が未来を選ぶんだと省三さんに宣言した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ