第181話 積み上げてきたもの (1)
俺は、小山内のお陰で冷静になった頭でゆっくりと話し始めた。
まだどろどろとしていて形を成していない、さっき感じた憤りの底にあるものを、言葉という形にするために。
…うん、ここからだ。
「省三さん、実は俺にも、ちょっと変わった能力があるんですよ。」
横にいる小山内が身を硬くしたのを感じる。
その一方で、省三さんは、興味深そうな視線を向けてきた
「でも、この間まで、俺にはその能力の使い方がわからなかった。いや、むしろ、そんな能力なんてない方がいいとさえ思っていた。だが、高校に入って、小山内と再会して、そんな能力でも前向きに使う方法があるってことを知ったんです。そこから出会いが重なって、今俺はここにいて、省三さんから何故か評価されている。」
小山内に視線を移し、相談もしないで俺の超能力のことに触れたことを視線だけで詫びる。
だが返って来たのは、微かな頷きと「いいから。もっとがんがん行きなさい。」の力強い視線だった。
よし。
「さっき省三さんは、事業の跡継ぎになるには特定の能力が必要で、藪内さんにはそれがないから跡継ぎに出来ない、と言いましたよね。でも、そんなの、省三さんにはそういう能力があって、それでうまくったから、というだけじゃないんですか?人は様々な能力を持ってるし、仮に省三さんの求める能力を薮内さんが持っていないのだとしても、その代わりに薮内さんには薮内さんなりの力があるはずだ。」
だが、こんな陳腐で使い古された言葉だけじゃ弱い。
ええと、どう言えばいい?
どう話せば伝わる?
…そうか、最近議論したばかりじゃないか。
「さっきの俺と藪内さんの議論じゃないけど、あることを達成したり、解決したりする方法はいくつもあるんだ。だから、自分の持ってる能力に合った方法で目標に向かえばいいはずだ。この能力がないからダメとか、そんなの決めつけることは間違ってる。」
省三さんは、何も言わない。ただ、「面白いことをいうやつだ」、とでも言いたいような余裕のある表情を浮かべて俺の言葉を聞いている。
なら、まだまだがんがん行くぞ。
「今、藪内さんに足りないところがあるとしても、それを省三さんや武光さんが導いてあげればいいじゃないか。俺が小山内にしてもらったように。藪内さんは、これまで努力と研鑽を積み重ねて、俺たちでは到底出来ないような視点で物事を見る能力を自分で身につけたんだ。そう、薮内さんには努力を積み重ねて新しいものを身につけるっていう力がある。」
薮内さんが伏せていた顔を上げた。
驚いたような表情してるが、涙は…止まってないか。だったらまだ俺の番が続いてるってことだな。
「だいたい、俺が今日ここで省三さんにこんなことを言うのも、藪内さんを救いたいって思ったからだし、俺をそんな気にさせたのは藪内さんの能力と言っても良いだろ。」
そうなんだよ。
あんだけ俺の大事な小山内にきつく当たって、なのに助けたいなんて俺に思わせて、こんなに怖い省三さんに長々と説教みたいなことを言わせたのは薮内さん自身の力なんだよ。
「そりゃ省三さんに指示されて俺と結婚とか、ふざけんな、と思うし、きっと藪内さんだってそう思ったはずだ。それでも薮内さんがそれに従おうとしたのは薮内家に生まれた者の責任とかつとめとか、そういう風に薮内さんが思ったからだし、そういう強い責任感とか背負っているものへの強い思いがあるからだろ。それも立派な能力じゃないか。」
あの城跡で初めて出会った時と、俺たちのクラスに編入して来た時の薮内さんは、同じように小山内に挑戦的で小山内をがるがるさせていた。
けど、なんてのかな、編入して来てからのは、底に黒々としたものを感じたというか、あの城跡の時のような意地悪さの根っこにあった陽気さが全然感じられないものだった。藪内さんも言っていたように、俺との結婚なんて絶対拒否だろうし、それが態度や言葉の端々に出ていたんだろう。
だが、そんなになってまでも、薮内さんは、それを押し殺して省三さんの指示を守ろうとしていたんだ。こんなの高校生ができる振る舞いじゃねえよ。
「さっき省三さんは、薮内さんの学校での様子を聞きましたよね。」
省三さんは、ただ頷く。
俺は口を挟まれないように、その頷いた顎が元の位置に戻る前に言葉を続けた。
「たしかに、薮内さんはうまくやっていますよ。学年の途中で編入してきて、その上同級生より1年歳上なのに、みんなから孤立してたりしない。女子とも男子ともうまくいってる。こんなに綺麗で目立ってその上お嬢様な子なのに、女子からいじめられもしてないって、どれだけ凄いことかわかりますか?」
最後のあたりは、漫画やラノベの知識からだから、あんまり声高には言えないがな。でも陰口を言われてるのすら聞いたことがないのは事実だ。薮内さんにやばい視線を送ってる女子グループもないし。
「薮内さんには十分な人を惹きつける魅力があるんです。それを嫌味に感じさせない人柄付きでね。」
流石にちょっと薮内さんが今どんな表情してるかを見る勇気はないが、後で恥ずかしかった、っていう抗議は受け付けてやる。
小山内のがるがるを引き受けた後でな。
「君は悠紀のことをとてもよく見て、よく理解してくれたようだな。」
俺が言いたいことをとりあえず言ったと見てとったのか、省三さんが口を開いた。
いや開いたのは良いが、なんだか予期していたのとはかなり趣の違う言葉だ。
省三さんの反撃か?
警報が頭の中で鳴り始めた。
「薮内家のことは抜きにしても、君は悠紀の孫に相応しい。」
「薮内家のことを抜きにするなら、それこそ省三さんが口を出すことじゃないです。」
自分で言っておいてなんだけど、良い返しだろ?
「なるほど。そうかも知れん。だが、君のよう物事の本質を即座に把握できて、しっかりと悠紀の良いところを解っている者が悠紀のそばにおって、悠紀を支えてくれるのならば、悠紀の将来も広がるのではないか?」
どういうことだ?
…まさか!
彼が藪内さんと結婚するなら、跡継ぎのことを考え直す、とかそういう意味なのか?
「絶対だめです。」
それはもう恐ろしい声色で、断固とした声を上げたのは、小山内だった。
「藪内さんの結婚相手は、藪内さんが自分の意志で決めるべきです。そんな、交換条件みたいにするなんて。それに、俺くんは…俺くんは…」
なぜかいきなり口ごもる小山内。だが、小山内のおかげで、省三さん言葉で混乱しかけた頭がすっきりした。
「俺も小山内と同じように思います。それに、俺には好きな人がいます。だから省三さんのお話しには乗れません。」
もちろん、藪内さんが自分で決めるなら、俺が選択肢に入るはずはないからな。
俺の言葉と同時に横で小山内が大きく息を呑む音がしたので、何かいうのかと思って少し待ったが何も言わないので、俺は続けた。
「藪内さんの将来は藪内さんが自分で広げることが出来ます。省三さんの前で、藪内さんが話したことは、ただの高校生に話せるような内容でしたか?これからの藪内さんの成長を見るまでもなく、その将来を否定しなきゃなならないようなものでしたか?俺にはそうは思わない。」
俺は涙の止まった藪内さんに視線を注ぐ。
「藪内さん、言ってやれ。私には出来る、10年後の私を見ろ、その頃には、私は俺なんか必要ないくらいいろんなものを身につけてる、ってな。」
大きく目を開いた藪内さんはこくんと頷いた。