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 第179話 屈しないこと (3)

「ここから先は省三さんに説明してもらうのが一番いいと思うのですが、いかがですか?」


俺は、丁寧な言葉遣いとは裏腹の、「自分のやったことなんだから、きちんと自分の口から説明してくれ。」の視線を省三さんに送った。


「俺なんかの推理より、薮内さんはきっと省三さんの口から直接聞きたいと思ってるはずです。」


だめ押しの俺の言葉と同時に、省三さんの重い視線と俺の鋭い視線が交錯する。

そこに薮内さんの不安と畏れを含んだ視線も絡む。


省三さんはふっと息をついて、表情を緩めた。


「いいだろう。確かにわしが説明するのが筋だろう。だが悠紀。わしの口から聞く覚悟はあるのか?」


「覚悟」か。そうだな。やっぱりそういうことなんだな。


薮内さんは、何を省三さんが語るのか解らないながらも、「覚悟」なんて物騒な言葉が出たせいで、困惑と助けを求める視線を俺に送ってきた。


おそらく省三さんの言葉はこけ脅しじゃない、本気で「覚悟」して聞かなければ藪内さんが傷つく言葉が語られるのだろう。

だが、藪内さんはそれを乗り越えられるはずだ。何より、省三さんは知らないだろうが、薮内さんが自分のやるべきことと考えたことのために、これまで積み重ねてきた研鑽のことを考えれば、必ず乗り越えられる。

だから俺の答えはこうだ。


「さっきも言ったろ。藪内さんが諦めずに願えば、なんとかなるはずだ。」


「俺も助けるしな。」という言葉は俺の胸の内だけで呟いた。


藪内さんは小さく、だが、決意を秘めて頷き、省三さんを見つめた。


「わかりました。お祖父様。お願いします。」


省三さんは組んでいた腕をほどき、すっと背筋を伸ばして藪内さんに向き直り、頭の中で話をまとめるためなのか、軽く目をつぶった。

俺たちは、ただ省三さんを見つめて待つしかない。


場が緊張した空気のみで満たされた頃、再び省三さんは目を開くと、自分を見つめる藪内さんを正面から見据え、ついに口を開いた。


「先ほど俺くんも言うたが、代々の薮内家の当主が藪内家の罪を背負うことと、薮内家の家業を継ぐことは、表裏の関係にあって同じ意味をもっておった。逆に言えば、藪内家の者以外には罪を背負わせることが出来ないということと、藪内家の家業を藪内家に産まれた者以外には継がせぬということは同じ意味の、表と裏の関係となる。」


省三さんは少し難しい言い回しをしているが、藪内家の罪なんだから、藪内家の当主だけがそれを背負うし、その罪を犯したことによって藪内家の人たちが先祖代々自分たちに課してきた役目、つまり事業のほうも他の人には任せたりしないということを言っている。

それが罪の償いでもあるし、他人任せにしてしまうと、秘密や役目を知らないその他人が、ただ薮内家の富さえ増やせば良いと思い込んで金儲けに走ってしまい、あの、滅ぼされてしまった遠西の殿様みたいになってしまって役目も果たせないという理由もあったのかも知れない。


「だが、俺くんたちがここに来て、これまで誰1人として気付かなかった藪内家の秘密を暴き、」


俺に走らせた省三さんの目には、憎しみの陰とかは一切ないからな、念のために言っておく。


「わしは、悠紀には藪内家の罪を背負わせぬと決めた。これは、薮内家の家業から悠紀を自由にするということと同じことなのだが、裏を返せば、事業の跡継ぎが悠紀でなくてとも構わぬ、藪内家に産まれた者でなくとも構わぬ、ということでもある。」


そう、なってしまう。


「悠紀も承知しておるとおり、わが藪内家はいくつもの事業をしており、グループの会社の数は11社にもなる。そこで働いてくれておる者もまた数多い。藪内家の跡継ぎが、これから先はもはや先祖代々の藪内家のお役目を引き継がないとしても、この事業はこれからも続けていかねばならぬ。それが人を雇っている者が負う責任なのだ。」


藪内さんも、俺も、小山内も頷く。


「事業の後継ぎが悠紀に限らなくなったのならば、11社の命運を託すのにもっとも相応しい者に引き継がせるのが、事業の主としてのわしと武光の務めとなる。」


これが、藪内さんにも感じた、冷徹な経営者としての視点てやつだと思う。

藪内さんにソーラー発電所の意義なんかを説かれて、企業経営をする側には俺とは別の視点があると気づかせてくれていなければ、俺にはおそらく気づけなかったと思う。


「だが、もし、悠紀が、藪内家の背負ってきた罪とは無関係に事業を継ぐことを望み、それに相応しい力をもっておるのであれば、それに越したことはない。」


藪内家の罪とか重荷とか、あるいは役目とかは別として、戦国時代も江戸時代も幕末も、戦争も乗り越えて、これだけ長く藪内家が続いて、それどころか、こんな大豪邸に住めるくらい繁栄して来れたのは、藪内家の人たちの努力の賜物だ。それをできれば子供や孫に引き継がせたいと思うのは当然のことだろうし、省三さんもそう考えたのだろう。

だが…


俺は次に出てくる省三さんの言葉を予期し、藪内さんに目を走らせた。


「武光の話しでは、悠紀もそれを望んでおるようだった。そこで、わしは悠紀にその力があるのか試してみることにした。もし悠紀が相応しい力を持っておるのであれば、悠紀に事業の跡継ぎとしての教育をせねばならぬし、進学する大学もそれに沿った所に行ってもらわねばならぬ。そして、もし悠紀にその力がないのならば、11社の事業を支えることが出来、また、藪内家を守って悠紀に豊かな暮らしを約束できる婿を迎えて事業の跡継ぎとせねばならぬ。」


そうだ。まさにこれが、事態を複雑にしてしまった原因なんだ。

藪内さんに絡みついた糸が、藪内家の先祖代々の罪という糸と、現代の企業家の家に産まれた者としての責任という糸、この2本が縦横に絡み合っていたせいなんだ。

それであっても、いきなり婿とか、話が飛びすぎだろ。


「でも、お祖父様は、私の何を知っていらっしゃると言うの?」


まあ、藪内さんはそう言うだろうな。自覚していなかったんだから。


「悠紀には、心当たりがないか?」


当然、省三さんはこう返すことになる。


うん。

俺はさっき気がついた。ついでに最後に省三さんに言ってやらなきゃならない事も出来てた。

つまり、


「人をテストの問題扱いしやがって。」


だ。

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