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 第178話 屈しないこと (2)

「省三さん、いや、代々の薮内家の人たちは、今、俺が説明した通り、藪内家に伝えられてきた秘密の役目ということからも、地元の人たちの気持ちを大事にしてきた。」


さっきの話しからすれば、これは間違いないのだろう。

だが。

一旦俺は言葉を切って、その陰にあったものに目を向ける。


「だがその役目を子孫に伝えていくということは、そのような重いものを継ぎたくないという、跡継ぎになる自分の子供の気持ちを聞き入れない、ということにもつながったはずだ。地元の人の気持ちは汲んでも、跡継ぎの気持ちは汲まない、というある意味ダブルスタンダードとでもいうべきだったのだろうが、それが受け入れられ、代々続けてこられたのは、自分達の背負った罪の意識ゆえだったのかも知れない。」


代々の藪内家の跡継ぎに指名された人が、藪内家を継ぐということに、祖先から伝わる重荷を背負うことが自動的にくっついてくるということを知ったとき、どう思ったか。

正直に言えば、俺にそんなことがわかるはずはない。


ただひとつの例外を除いて。


そう。武光さんのことだ。


省三さんと武光さんの間に何があったかは、省三さんの口から聞いた。

その後、省三さんから武光さんに、もう秘密が秘密ではなくなった、重荷を背負っていかなくてもいい、という連絡があった後に武光さんとの関係が戻った、という。ならば、省三さんから聞かされた武光さんの思い「こんな古い罪に縛られたくない」という、自分の人生は自分で決める、自分で背負うものも自分で決める、という思いを武光さんがずっと持っていて、省三さんに対しても貫いたというのはやはり間違いないだろう。


そして、省三さんは、そのことを正面から受け止めた。

いや、受け止めすぎてしまった、と言うべきか。

藪内家が背負ってきた重荷を背負わせない、ということを決めた時、そのことを重く見過ぎて、もう一つの大事なことを見落としてしまうくらいに。


でも、そこに行く前に、まず、今の立ち位置を正しく把握しないと、こんがらがった糸はほぐせない。

だから、一つ一つ進める。

俺は、名探偵にはなれない人間だから、あざやかな推理で一気に解決なんて芸当は無理なんだ。


まずは絡み合ってぐちゃぐちゃになった糸の最初の1本を外そう。

俺は藪内さんに視線を移して問いかけた。


「藪内さん。」


声をかけられた藪内さんは、俺が何を言い出すのかと身構えた。


「藪内さんは、省三さんから、藪内家の事業に今後関わるな、と言われたのか?」

「そうですわよ。」


藪内さんは、即答した。


「本当にそうなのか?」

「何度も同じことを聞かないでくださるかしら。だから、何度もそうですわと言っているじゃない。」


言葉というのは難しいな。本当に難しい。


「省三さん。藪内さんはこんなふうに受け取ってしまってました。でも、省三さんも悪いのです。俺との結婚なんて余計なことまで押しつけようとしたから、薮内さんはそうとってしまったんだ。」


小山内が俺の横で、息を呑むのが解った。

そう、何が起こってしまったのかを、小山内は理解したんだろう。


だが、省三さんも薮内さんも、「何が言いたいのだ?」、「何が言いたいのかしら?」という、怒気を含んだ視線を俺に送っている。やっぱり2人の目元はよく似てるなとある意味感心したが、それよりも、2人がまだ気付いていない、あることの方が大事だ。


「省三さんの中では、これまでの先祖代々からの積み重ねで、薮内家の跡継ぎになることは、同時に藪内家の罪と秘密という重荷を引き継ぐことだと考えて来た。」


省三さんが頷く。


「そして、薮内家の家業は、先祖から引き継いできた秘密と表裏一体の、藪内家の当主に課せられた役目を果たす手段だった。」

「そうだ。その通りだ。君はやはりわしが見込んだ通り、そのことを見抜いたのだな。」


省三さんは、怒気の抜けた、むしろ期待を込めたようにもみる目で俺をしっかり見据えた。

省三さんが俺に期待したことにとってはここまでが大事なことなんだろう。だが俺の話はここからが本番だ。


「はい。でも大事なことはこれからですのでもう少しお付き合いください。」


俺は、俺が何のために丁寧に話しを詰めているのかわからない、という表情の薮内さんに視線を移し、話を続けた。


「ところが俺たちがやって来て、その秘密が秘密でなくなった。そこで、省三さんはこう考えた。もう、代々守ってきた秘密は秘密ではなくなった。武光さんも罪を背負うことを拒んだ。もうここで終わりにしよう、もう次の代に重荷を引き継がせるのはやめにする、と。」


これは、最初にここに来たときに、省三さん自身の口から聞かされた言葉だ。

省三さんも頷いている。

俺は続ける。


「そして、跡継ぎとなる者に薮内家の秘密という重荷を背負わせないためには、それと表裏の関係にある、薮内家の役目を果たすために行ってきた家業からも藪内家の跡継ぎを自由にしてやらなくてはならない。家業と、その根本にある、ここに『住む人を大事にする』という藪内家の家業の根本をそのいわれと共に引き継ぐのなら、結局重荷を引き継がせるのと同じになってしまうから、きっとそう省三さんは考えたんだと思う。そして、武光さんはもう家業を継いでしまっている。だから。」


俺は、「伝わってくれ」、という思いを薮内さんへの視線に込めた。


「だから、省三さんは、薮内さんを重荷から自由にするために『事業に関わらなくていい』と言ったんだ。」


だが薮内さんは猛然と反論して来た。


「それならそうと、私に説明してくださればよかったのですわ。それに、薮内家の秘密と罪は、あなた方が広く公表してしまうのでしょう。であれば、そんな古い時代の古い話なんて、藪内家の親族も含めて誰も気にしないし、もしとやかく言う人が出てくれば、逆に非難されてしまって何も言えなくなってしまうはずですわ。それなら、私を藪内家の罪から解放するために、私が事業を継がなくても良いなどという回りくどいことなんてしなくてもよいはずですわ。」


そうだよな。藪内家の秘密が広く知られてしまえば、先祖代々の重荷と家業を結びつけるなんて時代遅れだ、ってなるだろう。

だが現実にはそうはならない。


「薮内さん、小山内が作ってくれた省三さんの話をまとめたものを読んだよな。」


薮内さんの反論に直接答えない俺に鼻白みながらも、薮内さんは「ええ、読みましたわ。」と答えた。


「あそこには、薮内家が代々背負って来た罪の意識について書いてあったか?」

「いえ、でもあの書き付けも公表するのでしょう。」

「ああ。だがあれは、大学の先生に解読と翻訳をお願いしなければ、歴研の顧問の斉藤先生ですら読めなかったんだぞ。」


俺たちが中世史研や歴研の調査結果を発表したとしても、そこに含まれるのは、遠西氏の滅亡の経緯と、その城跡の遺構のことだけだ。

だから、薮内家の秘密は、薮内家の人々と専門の研究者以外には、これからも秘密であり続ける。

薮内家の罪と役目という重荷だけが消えた形でな。


「省三さんが経験した武光さんとの断絶を、再び薮内さんとの間で繰り返さないために省三さんが出した結論が、藪内さんは役目を果たさなくても、重荷を背負わなくてもよい、つまり、藪内家の事業には関わらなくてよい、ということだったんだ。」


省三さんは、黙って頷いた。

だが薮内さんはまだ納得していない。


「でも。そう。だったら、あなたとの結婚をしろと押しつける必要は無いですわ。」


その通り。だが、ここまで解き明かせたのなら、まだ絡まったままの糸が何かなんとなく想像はつく。


「そうだ。たしかに俺はそんな大したやつじゃない。少なくとも普通なら大事な孫と結婚させようなんて思えるような奴じゃ決してない。」

「だったらどうして、お祖父様は。」


それは。

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