第176話 未来への戦い (8)
「聞いておる。だが、是非とも頼む。今の君の訴えを聞いてよく解った。」
今ので何が解ったというのだろう?
というか、藪内さんの気持ちと、大木さんたちが安心できるようにして欲しいという俺の話の方をわかって欲しいんだが。
「君は人の心というものがわかっておるようだ。」
俺は、人の心がわかる、というより、「嘘つき君」の体験の中で、人の表情を読むようになって、それを恐れるようになってしまっただけのことだ。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
俺の中で複雑な感情が渦巻くが、今はそれを抑えて、話しを藪内さんの方に持って行かなければ。
「省三さん、それは買い被りにも程があります。それに人の心というのなら、まず大事なのは薮内さんの、悠紀さんの気持ちでしょう。結婚だけのことじゃなくて、他のことも含めて。」
そう。
どんな考えで省三さんがとんでもないことを言い出したのかわからないが、絶対に譲れない一線ってのがある。それはその人自身の気持ちだ。
結婚のことは当然として、藪内さんが、藪内家の事業から外されたことだって同じことだ。
人の気持ちがわかるとか言い出すのなら、まず、そんなことをされた人の気持ち考えるべきだろう。
もちろん、事業なんてものは多くの人が関わっているんだろうから、当人の気持ちだけで決めていことじゃないかも知れないし、人によって向き不向きもあるだろう。
だがな。
これまでの俺に向けてきた藪内さんの言葉からすれば、藪内さんは、いずれ藪内家の跡取りになると聞かされていたに違いない。
そして、薮内さんはそのことをネガティブにはとらなかった。
素直さだったのか、それとも誇りが芽生えたためなのか、薮内さんは自負と責任感を持って藪内家の家業に取り組もうと決意したんだろう。
そうでなければ、誰からも言われていないのに、武光さんの扱う事業のうちの1つでしかないソーラー発電所の計画の詳細を把握して、その内容を自分なりに考えて、経営者としての視点で結論を出すなんてことを、俺たちの年齢で出来るわけがない。
それに引き換え、薮内さんとやり合った俺の意見は、結局、不安に思っている人がいるから何とかしたいってことで、その背景にあるさまざまな事情とか、影響とか、社会のこととか、そんなことは考えてなかった。
もちろん、自分の意見が間違ってるとは思わない。ただ、なんてのかな。薮内さんは凄く大人なんだよ。訓練したり、意識しないと身につかないような視点から見てるというか。
これを読んでるお前らだってそう思ったんじゃないか?
高校生が、安全とコストのバランスの話しするとか、普通あり得ないだろ。
藪内さんがお嬢様なのはわかってるし、出会ってからそんなに時間も経ってないが、藪内さんが、恐っろしい才能を持ってる子、たとえば小山内の妹の陽香ちゃんみたいな子だと思った瞬間は一度もなかった。失礼な言い方だけどな。
何を言いたいかっていうと、藪内さんが身につけた、そういう凄い視点は、藪内さんが強い意志で努力して身につけたものだろう、ってことだ。
「省三さん。藪内さんとちゃんと話し合ってください。いや、話し合わなきゃいけない。省三さんが何を考えてそんなことをおっしゃってるのか僕にはわからない。だが、藪内さんがそれで何を思ったかはわかる、と思っています。だから藪内さんの話を聞いてください。藪内さん。言えよ。言いたいことを。」
考えてたら自然にでた言葉って奴だ。だが、省三さんと藪内さんの間には、大きなすれ違いがある。断絶じゃなくてな。
そういう感覚があるんだ。
だから、話さなきゃならない。
藪内さんは、省三さんに話してもわかってもらえないと諦めたのかも知れないが、それは、話してもわからない相手とのつき合い方だ。
だが、俺は、省三さんがそういう人じゃないと思ってる。
「えっ。」
俺に、いきなり話しを振られて戸惑う藪内さん。
まあ、俺とのプレゼン合戦だと思ってたら、いきなり省三さんと直接対決しろって言われたんだから、戸惑うのは解る。
だが、今だろ、自分の口で話すべき時は。
「あの…お祖父様。聞いてくださるかしら。」
「悠紀、お前は黙っていなさい。」
おそるおそる話し始めた藪内さんは、省三さんの一喝に首をすくめて口をつぐんでしまった。
だが、俺はそんなこと許さない。省三さんも、藪内さんも。
「省三さん。今は悠紀さんのことを話しているんだから、まず悠紀さんの言葉を聞いてください。」
「君は、そんなに悠紀のことが気に入らないのかね?」
「ええ。気に入りませんね。」
「なにっ。」
「藪内さんが、省三さんにどれだけ気持ちをぶつけたのか、それは僕にはわかりません。だが、それを跳ね返されて諦めるとか、そんなの気に入りません。絶対にやりたいこと、やるべきだと思っていることがあるのなら、それは、諦めるんじゃなくて、貫くために出来ることを全部やるべきなんです。」
こんなセリフ、小山内と会う前の俺なら絶対に吐けなかった。
小山内と出会う前の俺なら「無理なことは無理、封印してなかったことにしてしまえ。」と言っていたかも知れない。
だが、今の俺は、やれると信じてあがけば、なんとかなることだってあるってことを経験しちまったからな。
小山内が机の下で俺の手を握ってくる。
それに勇気づけられ、俺は言葉を重ねる。
「藪内さんが、藪内家の跡取りとして研鑽したのとは比べものにならないかも知れないが、俺だって、やるべきことを貫きたいと思って、及ばずながら動いてきた。その結果、諦めないこと、あがくことに意味があることを知りました。」
俺は藪内さんに視線を向ける。
「俺は、あがけばなんとかなるっことだってあるってわかったんだ。小山内のおかげでな。だから、藪内さんが諦めずに願えば何かが起こるはずし、俺や小山内を巻き込むなら、自分の願いを叶えるために巻き込めよ!」
すげー自信満々に言ってるように聞こえるが、自信なんてないからな。だが、藪内さんが自分の心に火をつけないとどうにもならない。
俺だって、藪内さんのことと、あの住宅街のこと、2つも「やるべきこと」を抱えて、それをどうやったら叶えられるかなんて勝算もなくここに来てるんだぜ。
・・・勿論ほめられたことじゃないのは解ってるさ。
だが、やるべきことを叶えるためには、ここに来るしかないと思ったし、そのことで人が救えるんなら、俺がどんだけ自信が無くてもここに来て、省三さんに正面からぶつかるしかなかったんだ。
だから、藪内さん、あんたも今、腹をくくってぶつかってくれ。