第171話 未来への戦い (3)
「あのな、薮内さん。」
平和主義者の俺としては、この修羅場をなんとか収めないといけない。
というか俺の本題がまだなので、なんとしても収めねば。
「はいなんでしょう。」
「まあ言いたいことはわかった。だったら…そうだ!こういうのはどうだ?」
俺は咄嗟に閃いたことを口にする。
「薮内さんのことは今まで通り薮内さんと呼んで、省三さんのことは薮内様というのは?」
俺は横目で小山内の表情もチェックする。
予想どおり、ジト目が返ってきた。
やっぱり、却下か。
「あなたは一体何を考えていらっしゃるのかしら?お祖父様を馬鹿にしてらっしゃるの?」
藪内さんからも強烈な拒否反応だ。
「とんでもない!」
俺は思いっきり首を横に振った。
「じゃあ、薮内さんを、」
「どっちの?」
冷たい声で小山内が冷静に突っ込んできた。
「今目の前にいる薮内さんだよ。薮内さんをお孫さんと呼んで、省三さんを薮内さんと呼べばいいんじゃないか?」
「それだと、俺くんがお祖父様に話しかけた時に、私が間違って返事してしまうかもしれませんわ。いつも俺くんからそう呼ばれていますので。」
藪内さんは何が何でも俺に「悠紀さん」と呼ばせたいみたいだな。
だが、今、小山内の目が光ったぞ。
口角も上がって、どこかの特務機関の司令みたいに独特の手の組み方をしている!
何を思いついたんだ。
「それでは、これからはあなたのことを薮内さんのお孫さんと呼んであげればいいわ。」
小山内は俺に向かって「勝ったな。」とでもいうような表情を見せて宣言した。
「そんなのいやですわ。」
「そんなわがままを言うのなら、これからは薮内さんには直接声をかけなければ良いわね。さあどっちか選びなさい。」
「むぐぐ。」
むぐぐ、なんて本当に声に出す奴を初めて見た、なんて他人事みたいな感想を持てたのはほんの一瞬だけだった。
「あなたはそれでもいいですの?」
薮内さんの矛先が俺に向いた。
なんだ?
「俺くんは、私に直接声をかけなくても良いのかと聞いているのですわ。」
「へ?」
「お分かりになりませんの?私があなたから無視されているとみなさまがお思いになってもいいのかとお聞きしてるのですわ。」
なんでそうなる?
あ、新肉壁軍か。
あの昼休みにご丁寧にも勝手に誤解してくれやがりましたあいつらか。
…十分あり得る。
藪内さんが俺と同じ部活に入ってて、いろいろ打ち合わせしなきゃならないんだってのは、俺自身が散々力説しちゃったし。
これはやばい気がする。
「卑怯よ。」
小山内が鋭く言い放つ。
「私は小山内さんの方が卑怯だと思いますわ。」
藪内さんがあえて余裕を見せつけるかのように斬り返す。
双方にらみ合って…
どうどう。
と声に出せるわけがない。
困った。
ええいもう!
「決めた!俺は省三さんは省三さんと呼ぶ。ただし、『混乱しないためなのですみません。』と最初に断ってからだ。そんで、薮内さんは、薮内さんと呼ぶ。薮内さん、省三さんはそう断っても名前で呼ぶことを許してくれない偏狭な人か?」
「…そんなことはありませんわ。」
「だったらこれで行く。決めた!」
薮内さんは俺の勢いにの飲まれたように首を縦に振った。
よし、勢いがついたから、一気にプレゼン合戦の話も決めてしまおう。
「それからなっ、もう1つ。当日だけど、俺はもうひとつやろうと思ってることがある!」
「な、なんですの?」
「昨日の話だ。俺から直接省三さんにお願いする。」
お嬢様は一瞬呆気にとられ、それから猛然と反撃に出た。
「そんなこと、そんな一方的なこと許せませんわ。」
かかった!
「だったら、薮内さんも自分の意見を言えばいい。」
「自分の意見?」
「そうだよ。昨日俺にさんざん言ってただろう。あれを言えばいいじゃないか。」
「そんなの、そんなのお祖父様に言えるわけありませんわ!」
「自信がないのか?」
よし、薮内さんに火がついたぞ。
「自信がありますわよ。でも私はもう外された身ですわ。」
「俺なんか外されるどころか入ってもないぞ。それでも正しいと思ったことはこの際堂々と言わせてもらう。薮内さんが自分の意見が正しいと思ってるなら、俺と同じように堂々と言えるはずだ!もし言えないとすれば、自分の意見に自信がないからだ!」
「なにをおっしゃるの!もちろん自信を持って正しいと信じておりますわ!わかりました。ではお祖父様の前であなたの意見の浅はかさをとくと論破して差し上げます。覚悟なさい。」
言った!
「小山内、聞いたよな。」
「…」
「小山内。」
「ええ聞いたわよ。本当にもうあんたは。」
呆れたと言わんばかりの声音なのは覚悟の上だ。
さて。
これでお膳立ては揃った。
あとは、当日どれだけ俺が上手に藪内さん、悠紀さんの方な、藪内さんをそれとわからずにアシスト出来るかだ。
無理ゲと言うなよ。
無理を無理とわかってて、無理が通れば道理が引っ込む方に持ち込もうってんだからな。
という解説を夜、電話で小山内に説明して、ぶつぶつ文句を言われながらもなんとかわかってもらえた。
ただ。
「あんたの暴走にも慣れたけど、いい加減にしとかないと痛い目見せるわよ。」
だと。
間違いじゃない。痛い目に遭うわよ、じゃなくて、痛い目見せるわよってたしかに言ったんだ。
当日何が起こるのか、今からたのしみだなあ。
とりあえず父さんの胃薬を貰っておこう。