第170話 未来への戦い (2)
何故か勝手に誤解した連中にがっつり怒られた。
いきなり出だしから躓いてしまったわけだが、薮内さんは面白い見せ物を見る目で俺の醜態を見てるだけで、一言も助けてくれなかった。
おい。嫌々ながらでも夫になれとか言ったんだから、誤解を解くのくらい助けてくれてもいいだろ。
と言いたくなる気持ちを無理やり抑えて、中世史研の用事だと皆んなを納得させてから、「打ち合わせをしたいから放課後残ってくれ」とだけ伝えた。
そのあと、小山内に事情説明のメールを送って、昼休みは時間切れ。
余計な一幕さえなければ、小山内がなんと言ってきたか確認できたのに。
まあ、気が急いて小山内に先に相談をしておかなかった俺が悪いんだが。
放課後。
お昼の一件のお陰というか、俺が薮内さんに声をかけても羨ましそうな視線を送ってくる何人かも含めて、口出ししてくるやつはいなかった。
こういうのを怪我の功名と言うでもいうのだろうか?
前回、藤棚で話した時に闖入者がいたこと(薮内さんだよ!)と、やっぱりあの場所は大事な場所なんで、ってことで、まだまだ暑いことを口実にして、打ち合わせの場所は駅前のファミレスにした。
「迎えを待たせておりますのに。」とかぶつぶつ言ってる奴も約1名いたが、断固として却下した。
小山内が。
なぜだ?
席について、俺と小山内はドリンクバーを注文する。
薮内さんは物珍しそうに店内をきょろきょろ見回しているが、まあ、お金持ちの薮内さんにとってはこういう店は珍しいだろう。
アッサムをと注文しかけてお店のお姉さんに変な顔をされてた。
「では。」
まず口火を切ったのは小山内だった。
なぜだ?
「宿題はしてきた?」
宿題?なんだそれ?
「私がまとめたものを読んで、省三さんに補充で聞き取らなければならないことを考えてくる。」
俺の表情を読み取って、小山内が若干の怒りを滲ませて説明した。
「あ。」
いや、やってこなかったわけじゃない。
昨日、小山内から、省三さんとの約束が取れたとメールがあった時に、ちゃんとそのことが書かれてあって、俺の「やらなきゃならないこと」なんだから、きちんとやってきていた。
ただ、薮内さんのことに気を取られて今の今まで忘れていただけだ。
俺は慌てて小山内から昨日もらったプリントを取り出す。
薮内さんは、当然とでもいうようにもう手元に用意していた。
「じゃあ、俺くんから。」
「ああ。薮内さんからの聞き取り内容はほぼ完璧だと思う。小山内、本当にありがとう。そんで、任せてしまってごめん。次は俺がしっかりやる。」
小山内の目つきから険しさがとれた。
「ええ。よろしくね。それで、ほぼ、というのはなぜかしら?」
「ああ。書き付けの内容と省三さんの話の内容を分けて書いてあるところで…」
そうやってまずはしっかりと部活をやった。
薮内さんも意見を出したが、そっちは自分が武光さんを通じて聞いた省三さんの話との相違点があったとかで、これは同時に省三さんへの質問事項になった。
「ふう。じゃあちょっと休憩しましょう。飲み物を取りに行くわよ。」
小山内の宣言に合わせて俺たちはドリンクバーにおかわりを取りに席を立った。
薮内さんも俺たちに倣ってドリンクバーにしてたんだが、おかわりが出来ることを知らなかったらしく座ったまんまだったので、俺が一旦席に戻って連れてきた。
「お礼は言いませんわよ。あなたのエスコートのミスなのですから。」
「悪い。で、エスコートってなんだ?」
薮内さんが俺の答えに呆れた顔をしたのは、まあ仕方がないか。
だがエスコートってなんだ?お金持ちだから敵にでも狙われてるのか?
さらに俺がソフトクリームマシンでコップにソフトクリームを入れてるのを変な顔で見ていたお嬢様が、その上から俺がメロンソーダを注ぐのを見た時の顔と言ったら。
「薮内さんの分も作ってやろうか?」
「遠慮いたしますわ。そんな甘そうなもの。」
「甘いの嫌いなのか?」
「好きですわよっ。」
態度とは裏腹に、こっちをちらちら見てる目をキラキラさせてやがったので、仕方なく作ってやった。
小山内も作れと言うので結局3人分な。
席に戻って少し雑談になる。
「土曜日だけど、俺と小山内は駅で待ち合わせて一緒に行こう。薮内さんはどうする?」
ストローでクリームを混ぜていた薮内さんは、少し考えた。
「あなたがた2人だけにすると悪巧みをされそうなのですが、わざわざ私が駅であなたがたと待ち合わせる必要もないですわね。私は一足先にお祖父様のお家に行っております。」
「わかった。じゃ小山内、省三さんのお家にお邪魔する前30分前に待ち合わせでいいよな。」
小山内も美味しそうにドリンクを飲みながら「ええそれで良いわよ。」と言ってくれた。
「ところで。」
薮内さんが別に話題を切り替えようとした。
なんだろう。不吉な予感が一瞬したんだが。
「お祖父様のお家での私の呼び方なのですが。」
「ん?何か問題が?」
「俺くんはお祖父様を省三さん、私を薮内さんと呼んでおられますが、今はそれで宜しくても、お祖父様のお家でではそれは失礼かと思いますの。」
「どうしてだ?」
「あなたがお祖父様をお名前で呼ぶのはどうか、ということですわ。同級生の私を苗字で呼ぶならなおさら変ですわ。それにお祖父様も『薮内さん』ですわよ。」
「へ?」
言われてみれば確かに。なんだかんだ言いながら俺的にはもう省三さんより薮内さん、目の前の方の薮内さん、つまり悠紀さんの方と親しくなってる。
それに明らかに年長者に対してご本人から許されてもないのに名前で呼ぶのは間違ってる気がする。
だが、ちょっと待てよ。この話はやばい話に繋がってたと俺の記憶が警報を盛大に鳴らしてるんだ。
なんだっけ?
「ですから、お祖父様にお会いになった時には、お祖父様を薮内さんと呼んでくださいな。」
「ああわかった。じゃあ省三さんを薮内さんと呼んで、薮内さんを、ええと悠紀さん…」
警報は警報の役目を果たさなかった。俺が間抜けだったからな。
小山内がストローを口に咥えたままぴく、ぴくぴくとしたのを俺は感じた。
「はい、それで結構ですわ。」
そう言って薮内さんは小山内を策士の目でちらっと見た。
司馬懿悠紀か?
お前は司馬懿悠紀なのか?!
俺はファミレスの中で確かに兵馬の鬨の声を聞いた。