第169話 未来への戦い (1)
大いに不安を残しながら、その場は解散となったんだが、小山内は自分で宣言したとおり、その日のうちにやらなきゃならない事をした。
つまり、早速省三さんに連絡を取り、次の土曜日に例の豪邸を訪ねる約束を取り付けて、夜、俺たちにメールで教えてくれた。
その少し後に、小山内が藪内さんにがるがるしながら俺に送ってきたらしいメールによると、藪内さんは、「私の予定も聞いてからにしてくださらない。」と文句を言ったそうだ。もっともダメとは言わなかったそうだが。
まあ、お嬢様なんだから、土曜日なんて、テニスでうふふとか、アフタヌーンティでございますわよ、とかの予定もあるかもだから、配慮は必要だったかも知れないな。
俺みたいに、小山内と出かけられるとなったらどんな予定もだいたいキャンセルする気になる人間ばかりじゃないんだ。
まあそういうことで、勝負の日は土曜日に決まった。
つまり、省三さんにどう切り出すか、今週中に考えなきゃならない。
うーむ。
そんな気持ちが顔に出てたんだろう。
火曜日に登校したら、席に着くなりホリーが後からつんつんしてきた。
振り向くと、ホリーが充実した朝だ!みたいなにこにこ顔をしている。
「テル、何か疲れてるみたいだね。」
「あ、ああ。いろいろ考えてたら眠れなくってな。」
「なんか、年寄り臭いよ。困ったことがあったら相談に乗ろうか?」
いつも思うんだが、ホリーはいい奴だな、ほんとに。
ここはひとつ相談に乗ってもらおうか。
「なあホリー。もしさ、どうしても説得しなきゃならない相手がいて、その相手がこっちの話しを聞く気がないなら、どうしたらいいと思う?」
「え、どうしたの?小山内さんに告白でもするの?」
昼飯食ってる時だったら間違いなく吹き出して大惨事になってただろうから、ホリーが声かけてきたのが朝で良かったぜまったく。
「んなわけないだろ。」
「えー。」
「そうだよ。テルの告白を小山内さんが聞く気がないなんて、あるわけがないんだから。」
いつものごとく伊賀がやってきて、耳寄り情報っぽいことをさらっと言ってのけた。
「そこもう少し詳しく説明してくれ、いやください。」
だが俺の懇願にも関わらず、伊賀のやつは手を軽く振りながら笑顔で話を変えてきた。
「それより大事な相談があるんじゃないのかい?」
それと同じくらい大事な相談ならいま軽くあしらわれたわけだが。
まあ、切羽詰まってる方から片付けるか。
「いや実はな…」
俺は誰のこととは言わずに、とても頑固な爺さんが、一存で孫の人生を変えようとしてる、その孫は小さい頃からその家を継がせると言われていて、自覚も意欲もあるんだが、それを翻した上にさらにとんでもないことを命じた。
孫は抵抗したけど、爺さんは頑として考えを変えない。
それで、孫は諦め不承不承にその指示に従ってる。けどなんとかしてやりたいと説明した。
間違ってないよな?
伊賀は目をきらんと輝かせ、薮内さんをチラ見した。
「なるほど。」
いかにも大体の事情はわかった、と言わんばかりだ。
「ほへぇー。大変なことに巻き込まれた子がいるんだね。テルくん頑張って助けてあげないと。」
こっちはあんまりわかってなさそうだな。
「で、何かいい考えはないか?」
「こういうのは少年漫画的には拳で語り合っていい感じに解決、だよね。」
いつもののほほんとした感じでホリーが答える。
「いやそれやったら次の日から冷たい鉄格子の向こうだぞ。」
「だよね。」
嬉しそうに言うな。
「それ、爺さんがそんなふうになった理由ってなんだい?」
伊賀がヒントを求めるように尋ねてきた。
「なんか、気に入った別の跡継ぎ候補を見つけたからと言ってるらしい。」
「その孫より有能な?」
「ああ。」
言ってしまってから、自分のことを有能と言ってしまったことに気がついて、真っ赤になりそうになったが、さすがにそんな風になったら、それが俺のことだとホリーにも気づかれる。
必死に咳払いして、顔の赤みは咳のせいにした。
「テルくん、大丈夫?顔赤いけど、風邪?」
いい感じに気づいてないようだ。
「それなら、その孫がその新しい候補よりよっぽどものを考えていて有能だってプレゼンして見せたらいいんじゃないか?」
「どうやって?」
「そりゃなんとか孫と新候補の2人でその爺さんの前に出ていく機会を作って、何かその家の跡継ぎに関係あるネタを見つけて御前試合とか。もしそこでテル…の友達と孫が気が合わないって爺さんがわかればそれはそれでいいんじゃない?」
「おまっ、それっ。」
たまに、伊賀が全部わかって言ってるんじゃないかと思うことがある。
だが、さすが伊賀。
言っちゃあなんだが、俺より薮内さんの方が事業についての知識も広くて深いし、昨日のあの様子だと、俺から御前試合を挑んだら間違いなく受けるだろう。
それを見た省三さんが薮内さんの有能さを認めてくれればそれが1番だし、そうでなくても薮内さんと俺が水と油だってわかれば孫の婿になんて考えも諦めるだろ。
なんせ俺は薮内さんと違って、婿入りを強制される理由なんてないんだからな。
「ありがとう伊賀。大いに参考になったぜ。」
「ああ。いつでも相談してくれよ。」
「テルくんの友達によろしくね。」
伊賀が危うく口を滑らせかけたがホリーは全然気づかなかったらしい。
人を疑わないいい奴だなホリー。
ごめん、嘘ついて。
昼休み、早速俺は、いつものように数人の女子に囲まれて弁当を食べている薮内さんの机に向かった。
そういえば薮内さんの弁当って誰が作ってるんだろう?
お嬢様だからメイドさんが作ってたりするんだろうか?
小山内の卵焼きみたいに噂になってないところを見ると自分では作ってないんだろうな。
などと、緊張を紛らわせるためにどうでもいいことを考えながらな。
小山内が俺の動きを目で追ってるのも感じた。
小山内に相談するの忘れてたが、まあ、許してくれるだろう。
…あとでしっかり謝れば。
薮内さんは、向かい合わせに座ってる女子の視線で俺が近づいているのに気づいたようだ。
「あら、俺くん。私に何かご用でも?」
言葉は丁寧だが、昨日に引き続き俺への視線は冷たい。
「ああ。次の土曜日に薮内さんの家に行く件だが。」
「きゃー。」
がたがたがた!
一拍おいて裏返った声を上げたのは薮内さんの周囲の女子で、がたがたいわせたのは近くの席の男子だった。
なんだなんだ?