第168話 やるべきこと (6)
余計なことは頭から追い出してと。
メリットってのはなんだろう。
CMなんかで流れてる家庭用のソーラー設備で考えると。
…やっぱりお得、つまり経済的にメリットがあるってことだよな。
これを会社が事業としてやるなら、儲けがある、ってことになる。
「会社にとって儲けがあるってことがメリットのはずだ。じゃどうすれば儲けが出るんだ?」
「コストを下げて、売値を高くする。」
小山内がつぶやいてからはっとしたように薮内さんを見た。
「ごめんなさい。口を挟んで。」
「かまいませんわ。どうせ俺くんもそこに辿り着いたでしょうから。」
なんとなく見下されてる感があるのは気のせいじゃあるまい。
「ありがとう小山内。たしか、電気を売る時の値段て決まってるんじゃなかったっけ?」
「わからないわ。でも競争相手が多いんだからきっとそんなに高くは出来ないでしょうね。」
「とすると、ソーラー発電所を増やすためにはコストをどれだけ下げられるか、ということになるのか。」
「正解ですわ。では、安全性確保の面で科学的に調査して安全な土地を選んで、安全な工法で建設すること以外にコストを掛ければどうなるでしょうかしら?」
ちょっと待て。なんだその誘導尋問みたいなのは。
だが、薮内さんの言いたいことにたどり着くためには誘導に乗るしかないのか。
「そりゃ儲けが少なくなる。」
「そう。場合によっては、儲けどころか損失につながるのですわ。」
「だが、だからと言って近くに住んでいる人たちの不安を無視していいことにはならないだろう。」
薮内さんは、「わかっていらっしゃらないわね。」と言いながら肩をすくめた。
その仕草、なんとなくアメリカっぽい。あれ?留学先はカナダだっけ?
「安全と安心は違うと仰ったのはあなたですわよ。どれだけ安全を確保して、安全だと説明しても、『やっぱり不安だ』の一言でどうしようもなくなるものですの。」
「そうだからと言って、不安だと言っている人たちの話を聞かなくていいことにはならないだろう。」
「俺くん、落ち着きなさい。」
小山内が俺を落ち着かせようと眉を寄せながら肩に手を置いて来た。だが、俺は元から落ち着いてる。ただ、無駄だと思ったことは最初からやらなくていい、ってのは絶対に間違ってるだろうが。
ああ、やっぱり落ち着いた方がいいな。
「俺くん、では、あなたの希望を叶えて、儲け度外視でここの住宅地の方々ととことん話し合って、出来るかどうかはわかりませんが、仮に不安を解消できとしますわね。」
「ああ。」
「当然、そこまでに経費をかければ、予定していた収益は上がらない。そうしたら発電した電力の買い取り価格が上がるとかの私たちには手出しができない事情の改善などがなければ、こういうソーラー発電事業は儲けの出ない事業ということになって、次の事業を始めることもない。」
「それは!」
「黙ってくださいますか。まだ私が話しているのですわ。」
藪内さんの視線は凍りつくようなのに、言葉は熱を持ってやがる。
「だとすれば、そういう状況下でも事業を始めようとするのはどういう会社になりますかしら?」
「…」
「私の話を遮ってまで話そうとされたのに、今度はだんまりなのかしら。まあよろしいですわ。そういう状況下でも事業を始めようとするのは、安心感を与えるために地元対策にお金をかける代わりに安全にお金をかけない会社ではなくて?」
「そんなの極論だろ。詭弁だ。」
薮内さんは俺の言葉に全く動じた様子はない。
「よくおわかりですわね。ですがそう考える会社がないと言い切れますかしら?それに、科学的に安全が立証されているのに、現実には起こり得ないような事態を想定して不安だと騒ぐのは極論ではないとでも仰るのかしら。」
薮内さんの言いたいことはわかるが、その極論を振り回してなんでも反対みたいなことを、大木さんがやるとは到底思えない。
だが、仮に、そんなふうになってしまうなら、それは。
「そうやって地元の方の不安に寄り添わないなら、お互い不信感だけが増幅していくんじゃないか?」
「そうかしら。」
「そうだ。きちんと説明して不安の種に的確に答えないとどんどん不安が増していくだけなんじゃないのか?」
「もちろん地元説明会はしますわよ。少なくとも私が知らされていた範囲ではすることになっていましたわ。」
「だが、昨日出会った方はそんな説明会があったなんてこと言ってなかったぞ。」
「それは、まだその段階ではないからではないかしら。大きな事業ですからいろいろな手順を踏んでいくことが必要ですのよ。そんなことぐらいおわかりにならないかしら。」
「あの住宅街の人たちが不安に思ってるんだから、手順が必要だから説明会が遅れますってことくらい知らせたらいいじゃないか。」
「何も決まっていませんが、とりあえず説明会をいたします、などといい加減なことを言えとおっしゃるのかしら?」
「わかる範囲で説明すればいいじゃないか。」
「わかる範囲で説明して、後で変更になりました、では余計に不信感を持たれますわ。」
「はいそこまで。」
ヒートしている俺たちの間にあきれ顔の小山内が割って入ってきた。
「あなたたち、ここで議論してて何か得るものがあるのかしら?あんたも、藪内さんを責めてどうなるの?藪内さんも、理解してもらわなきゃならないのは俺くん?それとも地元の人?」
俺も藪内さんもばつの悪そうな顔をして、お互いの視線をそらした。
「とにかく。お互い、いくら自分に筋の通った言い分があると思っても、相手の言い分も聞かないと。子供じゃないんだから。」
なんだ、このよく出来た姉に怒られてるガキみたいな気分は。
「言いたいことをはっきりと言うのは良いけれど、どっちも譲らない言い合いになって喧嘩するなんて、ほんとにもう。」
あ、小山内は本気で怒ってるぞ。
「ごめん。」
「…ごめんなさい。」
さすがの藪内さんも複雑な葛藤の表情を見せて口をぱくぱくさせたあと、謝罪の言葉を口にした。
「とにかく。やらなきゃならない事をしましょう。」
小山内はそう言いながら俺をじっと見た。
ああ、たぶん、やらなきゃならない事ってのは、省三さんから話を聞くだけじゃないよな。
こんだけ真剣に考えてる藪内さんのこともなんとかしなきゃな。
もちろん、あの住宅街のことも。
…はたして俺にそんなこと出来るのか?