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 第167話 やるべきこと (5)

鳥羽先輩は小山内の送ったメールをあらかじめチェックしていたんだろう。

特に何の質問もなく、


「では追加の聞き取りが必要とされている部分について、引き続きお願いします。」


とだけ言って、次の話題に移った。


ここまで小山内に全部任せてしまった以上、聞き取りは、何が何でも俺が成功させて、落ちてしまったであろう小山内の俺への評価を挽回しなければ。

そう。省三さんへの聞き取りをだ。

早速訪問の約束を取り付けて…


うん?

省三さんに会いに行くってことだよな。これ。

中世史研だけで。

つまり俺と小山内と薮内さんが、できるだけ早く省三さんに会いに行くわけだ。


…俺が薮内さんを救ってやると決意して、その直後のタイミングで、省三さんに会いに行く理由が出来たってことだ。


もし直接、薮内さんのことで話があるから会ってくれと言っても、あの頑固で孫の薮内さんの話すら受け付けなかった省三さんのことだ。会ってくれなかいかもしれない。

薮内さんにしても、何度も挑んで跳ね返されて、心を挫いた省三さんに、また同じことを蒸し返しに行くと言われても断わるだろう。だが、これなら。


まさか小山内はそこまで考えてたのか?!

諸葛凛未だ健在なり、なのか?!


熱心に鳥羽先輩の話に耳を傾けている小山内の横顔を、俺はますますばかみたいに見入ってしまった。


「だから、私たちパートナーでしょ。」


小山内は俺を見ることもなく、薮内さんに気づかれないほど小さく口を動かして俺に1番大事な事を思い出させる一言を呟いたのだった。


そうだ。俺たちはパートナーだ。

だから次は俺が小山内のパートナーとしてふさわしいことを証明しないとな。



合同会議が、小山内のお陰で無事に終わり、薮内さんを含めて俺たちは一緒に歴研の部室を出た。


「じゃあ、早速省三さんに連絡して時間をとってもらいましょ。」


小山内は廊下に出るとすぐに宣言した。


「そうだな。俺から電話するよ。」

「いえ、私からするわ。これはあくまで中世史研の活動なんだから。」


そう言って小山内は、「あくまで」の意味することにあまりぴんと来てなさそうな薮内さんに言い渡した。


「あなたも中世史研の部員なんだから参加すること。それから私がさっき渡したペーパーに目を通して、内容を叩き込んでおくこと。いいわね。」

「わかりましたわ。入部した以上、活動にはきちんと参加いたします。」


さらに小山内は畳み掛ける。


「あなたも何か省三さんに尋ねたいことを考えて来て。ただついてくるだけじゃだめなのよ。」


口調は厳しいが、さっき小山内の意図に気づいた俺には小山内の考えがなんとなくわかる。

小山内は、薮内家の当主とその孫という、薮内さんの意識の中で絶対にひっくり返せないと思い込んでしまっている関係性をリセットして、薮内さんが省三さんにものを言える状態に持ち込もうとしているんだと思う。


その時、俺に何ができるのか、俺が何を言うべきなのか。

まあ出たとこ勝負か?


あと、例のソーラー発電所の件も持ち出すべきなんだろうか。

あ、そうだ。


「話は変わるけど薮内さん。」

「はいなんでしょうか。」


小山内の念押しには返事しなかった薮内さんが俺の声には素直に応じた。また小山内ががるがるしなきゃいいんだが。


「歴研に行く前に話していたことだが、あのソーラー発電所の事業は、省三さんがやってることなのか?それとも武光さんがやってることなのか?」


歩きながら口にした問いに、足を止めることなく薮内さんは少し考えてから答えた。


「もともとの話はお父様のところに持ち込まれたと聞いていますわ。そこで適地とされていたのはお父様の会社が持っていた、今の予定地とは別の土地でしたの。でもそこはお父様の会社が住宅地として開発を予定していたとかで、お祖父様が持っていらっしゃる今の予定地に変更になったそうですわ。」

「ということは、今は省三さんがやっている事業ということなのか?」

「いえ、あくまで事業はお父様の会社がやっていますの。お祖父様はお持ちの土地を提供するだけのはずですわ。」


やっぱり詳しいな。


「それがどうかしましたの?」


以前ならこのセリフは凍るような視線と共に俺に向けられていたのだろうが、今はクーラーなみの冷たさに留まっている。

さっきの俺が救うという言葉のおかげかもしれない。


「それなら、さっきの住宅街の皆さんの不安の話は省三さんと武光さんの2人に話さなければならないということだな。」


その言葉でお嬢様の俺を見る視線の温度がまた冷凍庫レベルに戻った。


「申し上げておきますが、俺くんが何を言われても、お祖父様とお父様が考えを変えることはありませんわよ。特にきちんとした調査結果が出ている以上は。」


開発をする側、これから何が起こるかの情報を持っている側にとってはそうなのかもしれない。

だが。


「安全と安心は似ているようで違うと思うんだ。これから薮内さんがどういう人生を送るのかわからないが、それが自分の上にのしかかってくることもあるんじゃないかと思う。だから住人の人の話を聞いてみてほしいと持ったんだがな。」

「ソーラー発電というのはこれからどんどん増えていきます。というより再生可能エネルギーを増やすことは、今を生きる私たちに課せられた使命でもありますの。では、そのために必要なのは、なんだと思われますかしら?」


薮内さんは俺の問いかけには直接答えず、人気のない廊下で足を止めて、何やら難しい質問を、よくわかっていない生徒に物事の道理を教えようとする先生のような表情で返して来た。

なぜそんなことを聞くのかわからないが、薮内さんの頭では繋がってるんだろう。だから真剣に考えてみる。


「ソーラー発電を増やすためには、ソーラー発電所を増やさないといけないとか、そんな当たり前のことを聞いてるんじゃないよな。」


薮内さんは何も言わないが、視線の温度が1度も上がってなさそうなので、答えは明らかってやつだな。

ただ下がってもいないので、方向としては間違ってないんだろう。


「ええと、ソーラー発電所を増やすためには、みんながソーラー発電所を作る気にならなきゃならない。そのためには、作るメリットが必要だな。」


小山内は何も言わないが、固唾を飲んで話の行方を追っているのが気配でわかる。

俺は薮内さんの表情から俺の考えの方向が間違いでないか読み取ろうと必死なわけだが。


やっぱり、この子綺麗だな。

バカな俺はそんなことを思わずにはいられなかった。

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