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 第166話 やるべきこと (4)

小山内が吹き出してくれたおかげ(?)でなんだか、場が和んでしまった。


「そこまで俺への評価が低いと凹んじまうんだが。」


一応、お嬢様にクレームを入れておく。

その上でだ。


「悪い、話をそらしてしまった。」


話を元に戻す。

だが、本当に問題のソーラー発電所がお嬢様の、というより藪内さんの会社の事業だったら、俺たちに出来ることがもっとあるかも知れない。


「藪内さん、そのまあ、もし良ければなんだが、あそこに住んでいる方と会ってみてくれないか?」

「俺くん。」

「あんた!何を勝手なこといってるのよ。」


俺は、小山内たちに軽く頷いて、わかった上でいってることを伝えた。


「住んでおられる方?あそこは山の中ですわよ。」

「いや、その谷の下流にある住宅街に住んでる人たちのことだ。」


お嬢様の視線がまた冷たくなった。


「そんなの会ってどうしろとおっしゃるの?」

「話を聞いて欲しい。」

「あなたバカでらっしゃるの?」


あ、小山内と同じことをお嬢様言葉で言えばこうなるのか。

小山内にばかばか言われてきたおかげで、お嬢様にこんなこと言われても、ぜんぜん平気だ。


…それでいいのか俺?


「藪内さん、君が家の事業について責任感をもって全力で取り組んでいるのはわかった。だったら、その事業に不安を覚えている人の声を聴くのも大事なんじゃないか?」


お嬢様は相変わらず冷ややかな視線を俺に注いでいる。


「あなたは2つの意味で間違っていらっしゃるわ。ひとつ。私はもう、そのことにはタッチできないですの。あなたのおかげでね。もうひとつは、もっと大事なことですわ。このソーラー発電所は安全が確保されていますの。ですから、今の段階では誰とも話し合う必要はございませんの。」


ひとつ目は、省三さんが俺をなぜか気に入っちまったせいで、お嬢様が跡継ぎからはずされたってことだよな。

だが、この時代に跡継ぎとか、婿入りしてとか、それで、こんなに自負も責任感もあるお嬢様がはずされるとか。

…それ、ダメだろ。

ほんとダメだろ。

なんだか腹立ってきた。


「おい。」

「な、なんですの。そんな怖い顔をしても無駄ですわよ。」


俺は怖い顔をしてるのか?

小山内に視線で問うと、うんうん頷きながら「かなり怖いわ。」という目つきをしやがった。

だが、こういうのはダメなんだ。


「おい、薮内さん。あんたはそれに納得しているのかよ。」

「もちろん納得していますわよ。」

「あんたの俺に対する態度をみてたら、到底納得しているようには見えない。」

「たしかに、榎本さんの調べられた江戸時代の絵図というのは存じませんでしたが、いくつものソーラー発電所を建設してきたという業者の、きちんとした調査でしたわよ。さすがに、ボーリングの結果などの読み方などはよくわかりませんでしたが。」


なんて奴だ。

「納得しているのか」、と、尋ねられて、自分が省三さんの一声で跡継ぎから外されたことではなく、安全かどうかの方のことだと思うなんて。


お嬢様は、省三さんに命じられて、俺に近づいたり結婚を迫ったりしてる。

俺への言葉を額面どおりに受け取れば、お嬢様はそのことに納得して、諦めているようにも取れる。

だが言葉の端々や、態度、それに俺に向ける視線からすれば、お嬢様は全然納得なんかしてない。

何より今のお嬢様の答えこそ、お嬢様の心の真ん中がどこにあるをはっきり物語っている。


そりゃそうだろ。

俺だって、そんなわけのわからない、しきたりとか伝統とか思い込みで、自分がこれと決めた自分のやるべきことを奪われたら、納得なんて出来るわけがない。


俺、お嬢様をなんとかしてやりたい。

いや、俺がなんとかしなきゃならない。


お嬢様、いや、薮内さんに起こったことは、俺が薮内家が守ってきた秘密を解き明かしてしまったこと、そして、良かれと思って、省三さんと武光さんの関係が良くなるように超能力を使ったこと、その結果なんだ。

薮内さんが気付いてなくとも、俺が間抜けにも今の今まで気づいてなくとも、俺は薮内さんにこの借りがあるんだ。その意味でも俺は薮内さんを救わなければならない。


たしかに、つい最近、薮内さんを助けようとは思ったが、どこか他人事のような変なスクリーン越しの気持ちだった。


だが。


だが今は。


絶対に。


「俺は薮内さんを救う。」


俺は決意の言葉と共に薮内さんを見つめた。

薮内さんは俺の言葉と視線を受けて戸惑いの色を浮かべ、一拍おいて口を開こうとしたその瞬間。


「そろそろ行かないとまた遅刻するわね。」


それは小山内が時間切れを冷静に告げる声だった。



俺が先頭で3人一緒に集合時間ぎりぎりで歴研の部室に飛び込むと、大方の参加者はもう席についていた。

俺たちが3人で連れ立って一緒に入室してきたのを見てあからさまに安堵の色を見せる鳥羽先輩。

まあ前回のことがあったから当然か。


俺は部室中央の通路を通って空いていた3人がけの長テーブルに向かい、1番奥の席まで進んで腰掛けた。俺の隣に薮内さんが座ろうとしたのを、小山内がひどく真剣な顔で止めた。

またがるがるかと思ったが、どうも様子が違う。

なので、俺は小山内に言い返そうとした薮内さんに頭を下げて小山内の言う通りにしてもらった。


「俺くんがどうしてもと仰るなら仕方ありませんわね。」


薮内さんはそうからかうように口にしたが、なんとなく、声の調子が前とは違っているように思う。

さっきの「薮内さんを救う」と言う言葉のせいだろうか?


そんな俺の引っかかりを他所に、鳥羽先輩はてきぱきと話を進めた。

まずは前回の集まりでそれぞれに割り当てられた作業の進度の確認。


進度の確認?!


やばい。

やばいやばい。


焦って横にいる小山内を見ると、小山内は「やっぱり。」という顔で俺を見返した。

やっぱり、ってのは何がやっぱりなんだろうか。

すっかりこの事を忘れてたことだろうな。

小山内にそんな顔をされて、ダメージが大きい。


それが伝わったのか。


「まあ、そんなことだろうと思ってたわ。」


声に出して宣告されちまった。

なんかさっき薮内さんを救うとか偉そうな事を言ってたのにな。

やらなきゃならない事をやった上で格好つけないと。


しょぼんとする俺に、小山内が何かプリントされた紙を押し付けてきた。

薮内さんにも渡している。


「では、中世史研さんお願いします。」


俺がその内容に目を通す前に鳥羽先輩から声がかかった。


「一つ貸しだから。」


そう俺に耳打ちして俺に私てくれたのと同じ紙を持って小山内が立ち上がる。


「私たちが薮内省三さんからお伺いした内容などは、もうメールで鳥羽先輩にまとめて送っていますが、皆様の手元に届いていますでしょうか?」


俺は驚いて手元の紙に視線を落とす。

そこには「薮内省三さんからの聞き取り内容」との表題があって、要領よくあの時俺たちが薮内さんの家で聞いた、遠西家が滅んだ経緯がまとめてあった。そこには注釈のような少し小さいフォントで発掘で見つかったものとの整合性についても検討が加えられていて、話の内容のまとまりごとに追加で聞き取らなければならない内容も書いてある。2枚目には、「参考:覚え書きの内容」と題して書き付けの内容がそのままコピペしてあるのもつけられている


完璧だった。


その上、俺の仕事であるはずの、鳥羽先輩への連絡まで済まされていた。


これ、本来は俺と小山内が共同作業でやらなきゃならないことだ。

なのに、俺は小山内がこの作業をしている事を何も知らなかった。

俺は小山内から戦力として期待されていないんだろうか。


小山内に顔向けできないとわかっているが、それでも、報告を終えて座ろうとしている小山内に情けない視線を向けてしまった。


その視線を小山内は受け止め、


「ま、まあ昨日しっかり、あの、先払い?をしてもらったから、貸しは1つでいいわ。」


なんのことかよくわからないことを早口で呟いて俺から視線を逸らし、鳥羽先輩に視線を戻した。

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