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 第165話 やるべきこと (3)

だが、お嬢様は俺の言葉を聞いても俺から視線を外さず、口も開かない。

なんとも捉えようのない表情を浮かべ、俺を見つめている。

ある意味、冷たい視線なのかもしれないが、おそらくお嬢様は俺に本音なんてぶつけてきたことがないから、よくわからない。


「あなたが私にあんな風に頭を下げたのはそれが理由だとおっしゃるの?」

「そうだ。」

「あなたは、自分が救われたから、人を救いたいと?」

「ああ。」

「それだけの理由で、私にあんな風に頭を下げたと。」

「その通りだ。」


何を疑っているのか知らないが、これだけ聞いてもまだ納得できないらしい。

お嬢様は小山内や榎本さんに鋭い視線を向けた。

だが、俺はじっとお嬢様を見つめたままだ。


「俺くんはこうおっしゃてるの。でも、本当かしら?」


からかいだけではない、何かを含んだように聞こえる声でお嬢様は小山内たちに尋ねた。


「ええそうよ。それだけ。」

「はい。私も俺くんに助けてもらいました。だから、この話を俺くんにしたのです。」


お嬢様は興味深そうに榎本さんを見た。


「私に何か含むところが大いにありそうな小山内さんだけではなく、委員長の榎本さんまで。」


小山内がむっとし、榎本さんが大きく頷いて強く肯定した気配を感じた。


「いいでしょう。お話しいたしますわ。」


まだ声は硬いままだが、話してくれるならそんなことはどうでもいい。


「その砂防ダムは1970年代に造られましたの。その後は特に何かの災害に遭うこともなかったようですわ。」


お嬢様はそこで言葉を切った。


え?あんだけ大層なこと言って、ここまで慎重になってたったこれだけ?


俺の顔にその拍子抜け感が表れたんだろうか。

お嬢様俺の顔を面白そうに見たあとまた口を開いた。


「砂防ダムはあまりメンテナンスを受けていなかったらしく、ところどころに亀裂などが生じていますの。」


まるで見てきたような言い方だな。


「その上流のソーラー発電所との関係で言えば、砂防ダムの効果はあまりあてにはできないが、問題ないと聞いていますわ。」


なんだと?

今、なんて言った?ソーラー発電所?


だが、お嬢様は、俺の戸惑いなんか気づきもせず、次第に声に自信を取り戻しながら説明を続ける。


「ソーラー発電所の事前の環境アセスメントなどによりますと、この柿谷は安定した地質で、特に土砂崩れや土石流などの危険性はないとのこと。ですからソーラー発電所建設時に通常の工法で工事を行えば危険は全くなく、砂防ダムが老朽化していても特に問題もないと。」


お嬢様。

あんた何を言ってる、いや何を知ってるんだ?


「ですから、川下にある住宅地に危険が及ぶことはありえません。という報告がされておりますの。」


説明し終えたお嬢様は、俺を挑戦的な目で見た。


「なのに、あなたがたは心配してらっしゃると。」


俺は、お嬢様がソーラー発電所を計画している側の内部情報としか思えない情報まで持ってることに驚きすぎて、バカみたいな表情を隠しもできずお嬢様を見るしかない。

お嬢様の説明の最後のあたりで小山内や榎本さんの息を呑む音が聞こえたから、2人とも俺と同じようになっているのは間違いないだろう。まあ、2人は俺よりずっとマシな顔つきだが。


「何か質問はおありかしら?」


お嬢様の声が脳に響き、俺の再起動がようやく始まった。


「ああ。ええと、ここは安全、ということなのか?」

「ええ。少なくとも、安全だという報告はされていますわ。ただ。」


お嬢様の声から自信の色が再び薄れた。


「江戸時代の絵図の話や、古い地名の話はその報告には触れられておりませんでしたの。もし榎本さんの絵図が本物でしたら、調査の際に考慮されていなかったのかもしれないですわね。」


俺の頭の再起動がようやく終わり、お嬢様に次の、誰もが知りたい質問を投げかけた。


「なぜ薮内さんがそんなことを知ってるんだ?」


まあ、なんとなく予想はつくが、どうしても本人の口から確認しないとな。


「この谷の上流にソーラー発電所を作るという計画は、お父様の会社が進めているものですの。私は、薮内家を継いで行く者ですから、その事業の内容を把握しておくべき者として当然その内容は知っておかねばならかったのですわ。」


お嬢様はそう「知っておかねばならな()()()」という過去形で説明すると、俺に強い感情を込めた視線を向けてきた。


「この計画が動き出した時には、ですが。」


その微妙言い方は、もしかすると省三さんが俺をお嬢様と結婚させて跡を継がせる、とか言い出したことと関係あったり…するんだろうな。


お嬢様の俺に向ける目からすると、それはお嬢様にとっては、とても悔しいことだったのだろう。

俺だったら、そんな、なんとか家の事業を引き継ぐためといわれても、大人にもなってもいないのに、これから始める事業のレクチャーをされるなんて、逃げてしまいたい厄介ごととしか思えないが。


「薮内さん、すごいな。」


俺は思ったことを素直に口にした。

お嬢様は多少戸惑ったようだが、挑戦的な瞳の色は全く衰えない。


「強い思いを感じる。」


瞳に怒りの色が混じった。


「ばかにしてらっしゃるのかしら?」

「いや。それはない。」


俺は即座に否定した。


「いくら説明をされても、関心のないことは覚えてないもんだと思うんだ。だから薮内さんが、事業そのものと言えるソーラー発電所のことならともかく、その川下の、問題ないって結論になった砂防ダムのことまで覚えてたのは、きっと薮内さんが、その、えーと、」


俺はすぐにぴったりの言葉を見つけられなくて、ちょっと言葉を探した。

お嬢様が俺が何を言うのか興味を持ったのか、口を挟んで来なかったおかげで、俺は言いたい言葉を探し当てることができた。


「責任感と自負。薮内さんが、自分がやるべきと考えることに責任感と自負を持って全力でぶつかる人だからなんだな。」


だから、ダムのことを覚えていたんだ。


「そんなこと当たり前ではありませんか。」

「当たり前?じゃ何か?俺がめでたく藪内さんと結婚して、武光さんの跡継ぎとかにされて、同じことをやれと言われたら、藪内さんと同じようにできるとでも?」 

「そんなことありえませんわ。」


いや、それな、自分で言っておいてなんだが、そこまでノータイムで完全否定しなくても。お嬢様の俺に対する評価、どんだけ低いんだよ。


「ぷっ」


小山内、俺の情けない顔見て笑うな。


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