第16章 未来への道程 第163話 やるべきこと (1)
「やっぱり、実際に見た感じと撮影したものとはかなり違いますね。」
「そうだな。比較用に小山内に横に立ってもらって良かった。」
「あんたもなかなかいいアイデアだったわよ。」
俺たちはいま、いつもの藤棚のところで話し合っている。
現地を見に行ってきた翌日の月曜日の放課後、歴研との合同部活への集合前の時間を使って集まった。
最低限の目的だった、安全を確保するために俺の超能力を使うということは出来た。だが、やはり問題は、これからも大木さんたちが安心して住み続けられるのか、というところにあった。
大木さんご夫婦は、別れ際に、自分たちの問題であって俺たちにはあまり気にしないで欲しい、とは言っていた。
しかし、直接言葉を交わしたご夫婦が、これからの老後を安心して暮らしていけるようにしたい、という、現地に出かける前にはなかった肌で感じた思いが俺たちにはある。
だから、何が出来るか集まって考えようと、あの住宅街からの帰り道で決めていた。
もちろん、中世史研の活動じゃないからお嬢様には声をかけてないし、お嬢様を含めて誰にも超能力のことを知られてはならないから、教室でやるわけにもいかず、まだ暑い中をいつもの藤棚にやって来たわけだ。
これから歴研との部活がなければ駅前の涼しいファミレスにしたかった。
榎本さんの持っているタブレットには、昨日行ってきた砂防ダムの画像が表示されている。
砂防ダムのサイズ感がわかるように、撮影するときに小山内に言って砂防ダムの横に立ってもらっていた。
なぜか写真の中の小山内は、レンズを通してこちらに微笑みかけてきているように見える。
榎本さんが写真を拡大してみせてくれた。
やっぱり小山内は笑顔だ。かわいいぞ。俺のスマホに元データがあるから待ち受けにしようか。
じゃなくて。
今は集中しないと。
「小山内、この砂防ダムのサイズを計測した時のメモってどこにやったっけ。」
そう尋ねながら、俺はごそごそと自分のリュックをあさった。
小山内に尋ねたくせに俺が持ってたとなったら、小山内から何か言われるのだろうか?
心配になって念入りに探す。
…もしかして最近の俺、小山内に飼い慣らされてないか?
「あら。俺くんと小山内さんはデートにでも行ってらっしゃったのかしら。」
いきなり俺の背後から、吐息つきでかかった声に飛び上がった。
いや、比喩じゃなくて、そのままの意味で飛び上がった。
心臓も早鐘のようになっている。…こっちは比喩だ。
振り向くと、お嬢様が中腰になって、俺の肩越しに、さも当たり前のような顔をしながら榎本さんのタブレットを覗き込んでいる。
「あなた、藪内さん、なんで。」
よかった、小山内も唖然としている。
気付かなかったのは俺だけじゃないんだ。
「あなたと俺くんが、なにやら嬉しそうに視線を交わしていそいそと教室を出いて行かれたので、どんな悪だくみをされるのでしょう、きっと私に酷いことをされるのですわ、それならそんな計画はつぶして差し上げないと、と思いまして、後をつけさせて頂きました。」
お嬢様は、「いけしゃあしゃあ」を実際に声に出すとこういう声音になるんじゃないかと言いたくなるような声で、聞きようによってはとても腹黒い動機を教えてくれた。
だが、悪だくみ?
そんなことをするように思われてるのか?
それはそれでちょっと心外なんだが。俺はお嬢様との結婚とか一切考えていないだけで、お嬢様に酷いことをしようという気はない。
まあ、お嬢様の口角が微妙に上がってる気もしないではないが。
「悪だくみなんて、そんなことするわけないでしょ。」
小山内は、若干キレ気味に反撃する。まあ、これはいつものことだな。
「そのようですね。でもお2人でデートに行かれたようではありますわね。」
「デートなんかじゃないわよ。」
「そうなのですか?」
お嬢様は小山内のがるがるを軽くいなして視線を俺に向けてきた。
「そうだよ。」
「そうですよ。」
榎本さんが援護に入ってくれた。
「なぜ委員長さんがここにいらっしゃるのかしら?デートの写真をお見せしているのでなければ、なぜかしら?」
「そんなの、あんたに関係ないでしょ!」
小山内のがるがるがついに完全発動!
だがお嬢様は動じない。
若干呆れ気味に小山内をさらに挑発した。
「それにしても、どこでもありそうなダムでわざわざ記念撮影だなんて。俺くん、私とデートするときは、もっと綺麗なダムでお願いしますわね。」
なんで、お嬢様と俺がデートすることが既定路線なんだろう。
「俺くんは、あなたとなんかデートすることはないそうよ。」
小山内が敵意も露わに言い返す。まあその通りだとは思うんだが、あえてそういう言い方をすると、戦闘が激化しないかな?
「小山内さん、あなたには聞いていませんわよ。ねえ俺くん、私と結婚すれば世界中のどんなダムにでも連れて行って差し上げますわよ。」
「けっこん?俺くん、藪内さんと結婚するのですか?」
榎本さん、お願いだから話しをややこしくしないでくれ。
それと、お嬢様、俺を勝手にダムマニアにしないでくれ。
びっくりしている榎本さんの手からお嬢様はさも当然そうにタブレットを取り上げで、他の画像も見る。
「わざわざこんな草深いところに、こんな古びたダムを見に行かなくても…」
お嬢様は、そこで、言葉を切って、「あら?」っと呟いた。
「このダム、どこかで見たような。」
お嬢様は眉を寄せて、じっと画像に見入る。
榎本さんに断りもなく、勝手にタブレットを操作して、拡大したり次の画像を見たりしている。
「そうですわ。この亀裂。危険ではないかと思ってしっかり見たものにそっくりですわ。」
「藪内さん、このダムを知っているのか?」
「あんた、」
「いや、小山内ちょっと待ってくれ。何か藪内さんが知っていることがあるのかもしれない。」
何かを言いかけた小山内を制して俺はお嬢様に向き直理あらためて問いかける。
「藪内さん、このダムを知っているのか。」
「直接見たことはないのですが、おそらく私が知っているものではないかと。」
「なぜ、知ってるんだ?」
「それは…まあ、あなたは私と結婚して、藪内家の事業を継がれる方ですからお話ししてもいいのですが。」
お嬢様はとげとげしい口調の言葉を濁して、小山内と榎本さんに視線をやった。
この感じ、単にこのダムのことを知っているだけじゃなさそうな気がする。
「藪内さん、これは大事なことなんだ。たのむ。」
俺はベンチから立ち上がりお嬢様に頭を下げた。
「あんた、そんなことまでしなくても。」
小山内が、慌てたように俺を止めようとする。
だが俺は頭を下げ続けた。
大木さんたちが安心して今後暮らせるヒントがもしかしたら、目の前にあるのかも知れない。そんな予感が俺をそうさせた。
「まあ、もう秘密ということでもないですから。夫の顔を立てるのも妻の役目とお爺さまに叱られてしまいましたし。でも…」
夫とか妻とかの言葉をあえて強調するようにお嬢様は口にした。
一体お嬢様と省三さんの間で何があったのだろう。そんで、この借りはどれくらい高くつくんだろう。
俺は、冷や汗が背中を伝って下げ続ける頭に向かって逆流してくるのを感じた。