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 第156話 安全と安心 (6)

「なあ。」


おじいさんは俺たちに麦茶とアイスを出して、リビングの隣の部屋の椅子に腰を掛けた奥さんに声をかけた。


「はいはい。」

「もし、あのソーラー発電所だが、」


そう言っておじいさんは手を頭の斜め上に持っていってくるりと小さく輪を描いた。



「絶対に安全な方法で工事をするので災害が起こることはありません、と会社から説明があったらどうだ?」

「そうですねぇ。」


「どうだ?」と尋ねられて、「何が?」と聞き返すこともなく、奥さんは手を顎に当てて考え始めた。

大木さん夫婦の考える仕草がそっくりで和む。

小山内をちらっと見たら、優しい顔をしていた。


俺ももし大好きな人と結婚したら、こんな夫婦になって行きたい、なんてこと考えてたら、小山内が俺をちらっと見た。


「どうかしたか?」

「いいな、いい、その、なんでもないわ。」


「いいな」?まあ、そんなわけないか。

だが小山内は少しだけ頬を頬を染めていた。

俺もさっき変なことを考えたせいか、なんだかちょっと恥ずかしくなってしまったぞ。


「やっぱり、怖いわねぇ。ほら、昨日まで安全だって言われてたところで災害って起こってるでしょ。何て言えば良いのかしらね、昨日までの安全と明日からの安全は違うと思うの。それに安全のための工事にお金がかかるでしょうから、そんな絶対安全な工事なんてしてたらお金儲けできないでしょうし。工事も絶対とか言われたら余計に心配になりそうだわねぇ。だから、安心しては暮らしていけないと思うわねぇ。」


奥さんは、顔を曇らせながらびっくりするくらい理路整然と考えを語った。

もしかすると、ソーラー発電所の計画を聞いてから何度も繰り返し同じことを考えてきたのかもしれない。

突然降って湧いたように起こった、安心な生活を脅かすかもしれない事態に不安を覚えて、なんとか安心の糸口を見出そうとして。


「そうだね。これから大雨が降るたびに山が崩れないか、家が土石流に飲まれないかという不安の中で暮らすのは勘弁してもらいたいな。いちいち避難するのもこの年だとな。」


おじいさんが話を引き取った。

やはり、今思いついたようには聞こえない。


俺たちが想像していた通り、暮らしていく上で安全であることと、安心できることは同じくらい大事なんだ。そしてそれは似て非なるものだということだろう。


「ところで君たちは、さっき何をしていたのですか?」


今度はおじいさんから質問があった。

俺たちは顔を見合わせた。

おそらく、超能力のことさえ言わなければ、このご夫婦に俺たちの目的を話しても大丈夫だろう。


榎本さんと俺が微かに頷くのを見た小山内が説明を始めた。


「さっきお話しした通り、何か私たちにも力になれることはないかと思いまして。それで、私たちに何ができるかヒントがあるかと思って、柿谷川を見にきました。この後川の横の小道を遡って行けるところまで行こうと思っています。」


「ああそれで。」


おじいさんは榎本さんに視線を移した。


「そんな勇ましい格好をしているのですね。」


コンバットパンツのことだな。


「これは、あのお姉ちゃんが…」


榎本さんが真っ赤になって言い訳しようとしたのをおじいさんは手で遮った。


「その格好を見れば本気でここに来られたことがわかります。私もついていきましょう。」

「いいのですか?」


小山内が驚いて声を上げた。


「もちろんです。私も今どうなっているのか気になっていたのです。」


地元の人の援軍ゲット!

この出会い、ラッキー過ぎる!!!

俺の心の絶叫がますます大きくなった!!


「とりあえず、川の横の道を辿っていけば、砂防ダムまでは行けます。そこまでの道は自治会で草刈りをしているので何度も行ったことがあります。」


ということは途中までは藪の中に突入しなくても大丈夫ということだ。そこから先はわからないが、まずは上出来だ。


「ありがとうございます。よろしくお願いします。」


小山内のその言葉に、俺と榎本さんも声を合わせた。



麦茶のおかわりをいただきながら、しばらくおじいさんの準備を待っていると、「では行きましょうか。」という声がかかった。


大木さんは古い長袖のカッターシャツに作業ズボン、麦わら帽子に軍手に腰手ぬぐい、鎌まで装備の完全装備だ。


「小さい畑を持っているので。」


住宅地に住んでいるのに、まるで農家のおじさんのような出で立ちで出てきたのに驚いて視線を集中させてしまった俺たちに、大木のおじいさんは軽く説明してくれた。


「よろしくお願いします。」


俺は心強い援軍が来てくれたことに安心した。

正直、現地調査を提案した俺だったが、何をすれば良いかという明確なビジョンがあったわけじゃない。

大木さんのおかげで大きく一歩先に進めそうだ。


「では。」


もう一度俺たちに声をかけて、おじいさんは玄関に向かった。

俺たちも口々に奥さんにお茶のお礼を言いながら後に続く。


おじいさんは俺たちに、家の前に停めさせてもらった自転車をそのままにして、歩いて川に向かうように言ってくれた。

外は大木さんの家に入った時よりも気温が上がっていた。その中を自転車で坂登りすれば、一瞬でクーラーで冷やしてもらった体が煮えるのが目に見えてるのでありがたくお受けする。


もう一度川のところに戻ると、俺たちは川沿いの道を上流へと歩き始めた。


静かだ。


俺たちが時折交わす会話以外には蝉の鳴き声くらいしか聞こえてこない。


なんだか違和感がある。


「休みの日なのに、子供の声がないわね。」


そうだ。違和感の正体はそれだ。


道路にも川沿いの一部が緑地公園みたいになってるところにも、子供の姿はないし、声も聞こえてこない。ボールを蹴る音や子供を呼ぶ親の声もない。

いくらまだまだ暑い季節だとはいっても、友達付き合いのほとんどなかった俺ですら違和感を覚えるほどに子供の気配がここにはないのだ。


さっきは自転車を漕ぐ音や坂道を登るときの呼吸の音、それを越えて交わす自分達の会話の声に遮られて聞こえてこなかった一種異様な静寂が迫ってくる。


「お気づきになりましたか。」

「?」

「ここの住宅地ができてもう30年ほど。いつのまにかたくさんいた子供たちは皆独立して親元を離れてしまいました。たまにこちらに家を買って越してくる人たちもいますが、ここが駅や街に出るのに不便な上、小学校も少し離れているので、若い夫婦が越してくることはほとんどないのです。いきおい、ここの住宅地の平均年齢は上がる一方です。」


おじいさんは少し寂しそうに笑った。


「幸いうちは、子供が地元で就職したので近くにマンションを借りて住んでいますので、孫が遊びに来てくれますが。」


つまり、災害が起こったときに避難が難しい人たちが多い住宅地ということか。

俺は、思わず顔が引き締まるのを感じた。


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