第146話 どうすんだよ、これ。 (4)
俺は心の中で小山内に土下座して、お嬢様に話しかけた。
「待たせたな。」
「いえ、俺くんのお話でしたらいくらでも待ちますわよ。」
お嬢様は言葉とは裏腹に,俺に注ぐ視線はなぜか冷たいもののように感じる。
小山内が俺の背後で、無言で立ち尽くしているのを感じた。
「大事な話があるんだ。さっきみたいな邪魔が入らないところに移動しようか。」
「いいですわよ。」
最初に思いついたのは、藤棚だった。
だが、あそこは俺と小山内の絆の場所だ。
だから、絶対に、いいか、絶対に、なしだ。
「そうだな。せっかく帰り支度をしてきたのに悪いが、とりあえず教室に戻ろう。誰かがいたら、そこで考えよう。」
「いいですわよ。小山内さんはどうしますの?」
「小山内さんには、また夜に電話するよ。」
きっと、この会話を小山内も聞いている。だから、ついてくるな、夜説明するから、の意味も込めた。
「いいですわよ。小山内さん、お聞きになりましたわよね。俺くんは、私とだけお話しされたいようですわよ。」
これも夜謝る。ごめん、小山内。
ほんとごめん。
「小山内さん、悪いがそういうわけだから。ちゃんと、がつんと言ってやるからな。」
せめてもの抵抗。
「そんな、恐ろしいですわ。」
そんなことを言いながら、お嬢様の口角は上がっている
お嬢様は、俺の些細な抵抗の言葉も小山内への武器に使っているのだろう。
背後で小山内が、無言で立ち去るのを感じた。
足を蹴飛ばしていってくれよ。
俺の願いもむなしく、小山内はただ無言で立ち去っただけだった。
「では教室に戻りましょうか。」
「そうだな。」
俺はお嬢様と連れだって、歴研の部室を出た。
俺と小山内、それからお嬢様の異様な空気は、鳥羽先輩たちの目を引いたようだが、誰からも声をかけられることはなかった。
教室に戻ると、幸い誰もいなかった。
さあ、がつん、といってみようか…いってみてもいいかな。
「俺くん、2人だけで話したいことって何ですの?何かの告白かしら?」
からかうような口調のお嬢様だが、超能力のことを白状しろって言ってるのか?
がつんの前にやっぱり情報収集が先だな、うん。
「あのな薮内さん。」
「なんですの?」
俺の真剣な表情をおもしろそうに見るお嬢様。
「なんで薮内さんは小山内にあんな態度をとるんだ?」
ここを聞いてみる。
もし俺の超能力のことに気づいていたとしても、俺よりも小山内にきつくあたることが説明できない。もし俺の超能力がばれてるのなら、俺へのあたりの方が強くなるはずなんだ。
だからこれを聞けば超能力に気づいているかどうかのヒントになるはずだ。
「どんな態度のことを言ってらっしゃるのかしら?」
「小山内にきつく当たっているだろ。」
「違いますわ。」
「どこが違うんだ。」
あれだけの言葉を小山内に叩きつけておいて。イラッとした俺は言葉が強くなったのを自覚した。
「私は、小山内さんにきつく当たっているのではなくて、あなたにアピールしているだけですのよ。」
「俺にアピール?何のために?」
「そうですわね。たしかにいい機会かもしれませんわね。」
その言い方、特別やばい話が出てくる前触れにしか聞こえない。
話さないよう止めた方がいいと俺の警報がけたたましく鳴り響いているのを感じる。
「まあお座りになって。」
俺が身構えたのに気付いたのか、お嬢様は、自分席に着くと、しなやかな指を伸ばして自分の隣の席に座るように促した。
警戒しつつも俺は言われたとおりにする。
「質問に質問で返すようで申し訳ありませんが、私からの質問にお答えいただけますかしら。」
「なんだ。」
お嬢様は、それまで瞳に浮かべていた愉快そうな色を消し、ひどく冷たい目つきになった。
「俺くんは、どうやって、お爺さまに取り入ったのかしら?」
「え?」
「言い方を変えましょうか?あなた、あのお爺さまをどうやって籠絡されたのかしら?」
取り入った?籠絡した?
何のことだ?
俺の戸惑いを察したのか、お嬢様はさらに言葉を継いだ。
「まさか身に覚えがないとでも?」
お嬢様の笑顔が増したが、氷のような笑顔だ。
俺の戸惑いは増すばかりだ。
「私の質問がおわかりにならないようなので、もう少しわかりやすく言って差し上げますわ。これから長いつき合いになるのですから、俺くんの方も察する努力をしていただきたいものですわね。」
何だこのナイフのような鋭利な言葉は。
小山内もこういうような言い方をするときがあるが、小山内のは何というか、温かみが感じられるんだ。
だが、お嬢様のは、言葉どおりの拒絶感を感じる。
「お爺さまは俺くんをたいそう高く評価しておられますわ。でも、失礼ながら、先日、あるいはこの数日私が見たところ、控えめに言ってもあなたがお爺さまが仰るほど素晴らしい方だとは思えませんの。お父様と比べものにもなりませんわ。ですから俺くんがお祖父様に取り入ったか籠絡したかなのでしょう。」
なぜ武光さんと較べられるのか理解しがたいところだが、それよりも大事なことは、この言い方だとどうやらお嬢様は俺の超能力には気付いていないらしい。
なら、こっちからも攻めてみよう。
「藪内さん、あんたがなぜ俺をディスるのか見当がぜんぜんつかないが、間違えないでほしい。」
「あんた」呼ばわりとは大人気ないなんて言うなよ。俺はまだガキなんだ。
「俺は、あんたに付き合ってほしいとか、友だちになってほしいとか、そんなふうにあんた寄って行ったことなんてないぞ。だから、あんたが俺のことをくだらない人間だと思うのなら、わざわざ俺に近寄ってくるな。俺の大事な友だちの小山内を傷つけるな。」
「あら。勇ましい。」
「あのな、藪内さん。俺は藪内さんのお祖父さんに取り入ったり、籠絡したりと言われるようなことは何もしていない。もちろん、小山内もだ。だから、もしあんたが、俺がそんなことをしたと思い込んでその仕返しをしに来てるなら、そりゃ全くの無意味だ。直接お祖父さんに聞いてみろ。」
俺の言葉に、お嬢様の瞳が怒りの光を宿した。
「そんなことは,もうどうでもいいことですの。大事なのはあなたをお祖父さまがいたくお気に入りになっていることと、」
そこでお嬢様は一旦悔しそうに言葉を切り、俺の目を射抜くような視線を送ってきた。
「あなたが実際に、お爺さまの頑なな態度を解きほぐしたという実績を作ってしまったことですの。」
「あんたが言ってることの意味がさっぱりわからん。そんな思わせぶりなことを並べ立てずに、もっと俺にもわかるように言ってくれ。」
お嬢様は、全身の怒りと諦めを集中させたかのような表情になった。
「では、あなたにもわかるように言ってあげましょう。」
薮内さんは一旦言葉を切って俺を睨んだ。
俺はごくりとつばを飲み込む。
「お爺さまが決められたのです。あなたを、私の夫にすると。嫡男である父、武光の跡取りとするために。」
・・・・・・・・・・・・!?
はああああああああ?!