第145話 どうすんだよ、これ。 (3)
俺が歴研の部室に着いたときには、既に多くの人が集まっていた。発掘前には見なかった顔もいる。
お嬢様に引っ張られてきた俺を見た鳥羽先輩は、席を探すために無気力に視線を泳がせた俺にもの問いたげな視線を送ってきた。
やっぱり俺は戻って…
「大丈夫ですわよ。責任感の強い小山内さんなら。それより皆様をこれ以上お待たせしてはいけませんわ。」
お嬢様はそう言うと、誰かに指示されることもなく堂々とした態度で、1台だけ空いていた3人掛けの長テーブルの真ん中に座った。
引っ張られて行った俺が仕方なくその右隣に座ろうとしたその時、小山内がドアを開けて入ってきた。
「待っていま…。」
小山内に鳥羽先輩が声をかけようとして戸惑ったように口籠った。
小山内は、いつも歴研の部室に来る時に発していた、「今から楽しいことをするぞ」という陽の空気とは正反対の、陰の空気を発している。鳥羽先輩が戸惑うのもわかる。
「遅れてすみません。」とだけ言って小山内は俺の隣にやって来た。
「ひとつずれてくれる?」
小山内が表情を変えないまま俺に頼んできた。
「藪内さん、ひとつずれてくれないか?」
だがお嬢様は、平気な顔をして、俺とは反対側の自分の横の空いている席を指した。
「こちらが空いておりますわよ。」
「いや、そっちだと、回り込むことになるから、頼む。」
「俺くんがそう仰るのなら仕方ないですわね、わかりましたわ。」
お嬢様は、肩をすくめてそう言いながらひとつずれてくれた。
だが、俺はさすがに腹が立った。
小山内へのお嬢様の態度が、だ。
小山内の俺への気持ちがどうなのか、さっきの小山内の言葉からまたわからなくなってしまった。
だが、それでも俺にとって、小山内は大事な人なんだ。
だから、小山内を傷つけようとしてるのなら、いくら省三さんの孫でも許さない。
「藪内さん、あとで話がある。」
小山内がビクッとし、お嬢様が勝ち誇ったような声で小山内に言った。
「小山内さん、聞かれました?俺くんはあなたではなく、私にお話しがあるそうですわよ。」
そういう言い方をするな。
「小山内、小山内にも話したいことがある、とても大事な話だ。夜、電話いいか?」
ごほんごほん。
そこで鳥羽先輩がわざとらしく咳をした。
おれは、視線で小山内に、「約束だぞ。」と念を押した。
だがその視線から、小山内の返事は読み取れなかった。
会合では、鳥羽先輩から文化祭での発表に向けたスケジュールが示された。結構タイトだ。
俺たち中世史研は、人数が少ないこともあって、省三さんから聞いた話のまとめと、発掘結果を受けての追加の聴き取り、それと発掘で出てきた内容の整合性の検討を担当することになった。
できるのか?
あと、省三さんに一言言ってやったら不味くないか、これ。
…いや、小山内が一番大事だって、さっき自分で言ったばっかりじゃないか。
会合が終わって、小山内が話しかけてきた。
だいぶ顔つきがいつもの小山内に戻りつつある。
「さっきの、その廊下のあれだけど。」
「わかってる。」
あからさまに小山内はほっとした表情になった。
「小山内が俺にどんな気持ちを持っているかはわからないが、お嬢様が言うみたいに、俺を拒んでなんかないだろ?」
「そ、そうね。」
小山内の表情は、ほっとしながらも微妙、という感じに変化した。
「とにかく、藪内さんが何を考えてるのかわからないし、いくらお嬢様でわがまま放題に育ったかも知れないけど、ちゃんとびしっと言ってやるから。」
「そうですの。びしっと言っていただけるのですわね。」
そりゃお嬢様に後で話があるとは言ったが、こう小山内との会話に割り込まれたらやりにくい。ほんとやりにくい。
だが、小山内にした約束の方が大事だ。
「ああ。言わせてもらう。」
「いいですわ。では、お爺さまの前で言ってくださるかしら。」
「なんでだ?」
なんでここでいきなり省三さんが出てくるんだ?
いや、お嬢様だから、こういうものなのか?
「お父様の前でもお願いしますわね。」
なにか?
俺がそんなことでビビるとでも?
「どうしたんですか、薮内さん。」
下心を隠しもしない表情で近寄ってきて、唐突に声をかけたのは、たしか歴研の幽霊部員の2年生だ。
事前の打ち合わせには一切来ず発掘の時に初めて出てきたのに、わざわざ今日出席したのは大方小山内狙いだったのだろう。
「ありがとうございます。でも何でもございませんわ。」
「何でもないことはないでしょう。そこの彼、何かおかしなことを言ってるように聞こえましたが。」
そう言って、俺に威嚇混じりの表情を向けてきた。
俺にマウントをとって嬢様を守る形を作り、小山内とお嬢様から「きゃー素敵」、とでも思ってもらえるとでも計算したんだろうが。
だが俺はそんなことでびびるような男じゃない。
お嬢様にビシッと言ってやると決意した俺は、先輩のちょっかいなんかに屈するわけにはいかない。
「先輩、これは俺と薮内さんの話です。関係がない方はご遠慮ください。」
「おまえ、先輩に失礼だろう。」
「先輩、私からもお願いしますわ。」
お嬢様が薔薇のような笑顔で先輩を止めた。
薔薇といっても今の俺には造花のように見えてしまうがな。
「だが、薮内さん。」
先輩は折角掴んだアピールチャンスを簡単に諦める気はなさそうだ。
スポーツマンとしては立派な心構えかもしれないが、ひたすら迷惑だ。
超能力使ってやろうか?
いらっとした俺がその言葉を思い浮かべた瞬間、大事なことを忘れていたことに気づいた。
お嬢様は俺が超能力を持っているという秘密を知っているかもしれなかったんだ。
まさかさっき省三さんだの武光さんだのといっていたのは、俺がお嬢様に変なことを言ったら、あの2人に俺の超能力をバラすぞ、という脅迫含みの意味だったのか?
俺は薮内家の秘密を聞き出すために超能力は使っていない。
が、もし省三さんたちに、俺が超能力を使ったせいで薮内家の人たちが先祖代々伝えてきた秘密が暴かれたなんて誤解されたらどうなる?
お嬢様はこのことを言っているのか?
今までに2、3回会っただけだが、お嬢様は自分の好奇心や、意思を貫くことには躊躇しない性格だと思う。
だが、そういう、なんというか脅しとか親の権力をかさにきてみたいな、どろどろしたやり方とは無縁そうな子だと思っていた。嫌みや当てこすりのようなことは言ったとしてもな。
だが、今の言葉を考えると、俺の見込み違いってことなのかも知れない。
さらに不味いことに、省三さんの家に行ったときには小山内も一緒だった。
俺が超能力を使った、と思われてしまうのは、実際に俺には超能力があるんだからある意味仕方ないとしても、小山内がそれを利用した卑怯な人間だ、と思われてしまうのは、耐えられない。
本当にお嬢様は俺を脅してるんだろうか。
俺は、その正体を見極めようと、じっと見つめてしまった。
にこにことしながらも2年生に何も言わせないように目力を効かせていたお嬢様は、俺の視線に気付いた。
「あら、俺くん。そんなに見つめないでくださいな。ではお話ししましょう。」
「あんた。」
小山内が慌てて、口をはさんでくる。だが、今は、小山内が俺の超能力を知っているような関係が、俺との間にあると思われてしまうことは避けなければならない。
だから、俺は,心に棘が刺さるのを感じながら、小山内との関係が大したものではないかのように小山内に言った。
「小山内さん、ちょっと藪内さんと話させてくれ。大事な話があるんだ。」
「どうしたのよ、なぜ省三さんの名前が出たら、いきなり私への態度が変わるのよ。」
俺の心に刺さった棘から血が流れ出す。
「そうか?俺の前から俺はこうだったぞ。」
その時の小山内の表情を、俺はきっと忘れることは出来ないだろう。