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 第144話 どうすんだよ、これ。 (2)

月曜日の放課後。


小山内が帰り支度を整え、厳しい表情で寄ってきた。


「行きましょう。」


口調も硬い。


「待って、私も行きますわ。」


そこへ、やっぱりお嬢様が寄ってきた。


朝から身構えて登校したんだが、放課後になるまでお嬢様が絡んでこなかったので、ある意味拍子抜けしていた。

だが、そのまま終わらせてくれるわけではなさそうだ。

もちろん、歴研に一緒に行くってのは、同じ部活の仲間としてはごく当たり前のことだから、そんな恐れることはないのかも知れないが。


お嬢様の準備が整うまで待つ。さすがに小山内も、「待って」と言われたのにおいていくような奴じゃないので、微妙な表情を浮かべながらも俺の横で足を止めていた。


ちなみに、小山内もお嬢様も制服を着ている。

鳥羽先輩にわざわざ来て行く服装を聞く必要なかったんじゃないか?

それとも張り合ってるとか?

何のために?


「じゃ行こうか。」


お嬢様がリュックを手にしたので、俺は声をかけ歩きだした。

俺の声と共に小山内が俺の左にすっと並んでくる。


廊下に出ると、お嬢様も追いついてきて俺の右側に並んだ。

3人横並びで歩いて行ったら他の人の迷惑なんじゃないか、とも思ったが、どっちに声をかけたらいいのかわからない。

お嬢様に「ちょっと下がって」と声をかけたら編入生いじめみたいだし、小山内に声をかけたら俺が小山内にいじめられそうだ。


ま、まあ、放課後だから、廊下を歩いてる奴少ないし、いいか。


小山内は横に並んで歩いているのに、いつもみたいに声もかけてこないし、俺を見たりもしない。

やはり,お嬢様を気にしてるんだろうな。


お嬢様の方は我関せずといったふうでリュックの中をごそごそやってる。


「ありましたわ。」


小さく呟くとヘアゴムを取りだして、髪をまとめ始めた。前に発掘現場で見たときより髪が少しだけ伸びている気がする。窓からの日の光を浴びてきらきらと髪が輝いている。

「さすがお嬢様」と思ってみていたら、左足に鈍痛が走った。


お嬢様はそれに気付いたのか、気付かなかったのか、ごく自然な口調で尋ねてきた。


「いかがでしょうか?」

「何が?」

「この髪型ですわ。」


考えろ、俺!

当たり障りのない言葉を、必死にな。


「作業しやすそうだな。」


出した答えはこれだ。これなら俺の左足も安泰だろう。


「今日は綺麗だと仰っていただけないのですね。」


空気が変わった。

主に俺の左側だ。


「それは、違っ!そういう意味で言ったんじゃない」

「あんたそんなこと言ったの?!」


小山内は怒りと悲鳴の中間の声を上げた。

お嬢様はニコニコと笑顔を向けてくるが、小山内の前での爆弾発言はわざとか?わざとなのか?

だがお嬢様の真意よりも、とにかく一瞬でも早く小山内の誤解を解かないと。


「小山内、違うんだ。藪内さんから、ジャージで今日の集まりに行くのは印象が悪いんじゃないかって話があって、そのながれで藪内さんは綺麗だから着てる服を気にしないでいいよって意味で話しただけだ。」

「ふーん、そうなの。あんたやっぱりこの子に綺麗だって言ったんじゃない。」


小山内の視線が耐えられないほど冷たくなった。


「あんた、私にはそんなこと言ったことないわよね。」


心の中で果てしなく言ってる、なんてことは口に出せるわけがない。


「それはっ」


だが俺の声は、被せてきたお嬢様の声に消された。


「うふふ、そうなんですか。俺くんは私だけに綺麗と仰ったの。」

「それは単なる成り行きで…」

「そうですか。成り行きでも、小山内さんには綺麗だと仰ったことはないのですわね。」


小山内はもはや何も言わずに、俺とお嬢様を残して一気に歩くスピードを上げた。


「あんたなんか嫌い。」


という声が聞こえた気がする。


だから、俺はダッシュして小山内を追う。

通りかかった奴らが驚いて俺たちを見ているのが見えた。

編入生いじめ?

そんなことどうだっていい。


「近寄らないで。」


小山内が小走りに逃げようとした。

俺も小走りに追う。


「近寄らないでって言ってるでしょ。」


小山内が怒りのこもった目で俺を威嚇した。

だが俺はそれに構わず後ろから小山内の手をとる。


「いやっ!」


小山内は手を振り解こうとしたが俺は力を込めて離さない。

今この手を離せば、何かが終わってしまう気がした。

だが、どうすればいい?

この拒絶のは2文字を瞳に映している小山内に俺は。


その時、七海さんの家からの帰り道、公園で小山内が口にした言葉が蘇った。


「付き合うことになったらちゃんと毎日好きだって伝えなきゃだめよ。」

「絶対ダメ。ちゃんと口に出して。」


俺の気持ちをそのまま伝えよう。

うまく宥めるとか、とりあえず落ち着かせるとかそういうのでなく。


俺は握った手を持ち替え、怒りと涙をたたえた小山内の顔を、正面から覗き込む。

俺の表情に気づいた小山内は、体をこわばらせた。

俺は深く息を吸って、


「小山内、俺が大事なのは小山内、お前だけだ。」


小山内は何も答えない。じっと俺を見つめるだけだ。


「大事なのは小山内だけなんだ。信じてくれ。」


繰り返す。


そのまま時が止まったように俺と小山内は視線を絡み合わせ、抗っていた小山内の腕から力抜けた。

小山内は顔を伏せて小さくつぶやいた。


「離して。手が痛いわ。」


俺ははっと気づいて、こわばるほど強く握りしめていた小山内の手を離した。


その直後。離された手を握りしめ、小山内は俺の胸をグーパンチした。

俺の胸に手を当てたまま徐々に耳が赤くなっていった小山内が口を開く。


「私は、私も、」


その後に言葉が続きかけたその刹那。


「廊下は走らない方が良いのではないかしら。」


ゆっくりと追いついてきたお嬢様が穏やかな声で割って入ってきた。

小山内は俺に当てていた手に力を込め、俺を突き放した。


「小山内…」

「俺くんも、女子に力づくでそういうことをされるのはどうかと思いますわ。ですわよね、小山内さん?」


お嬢様の口調は穏やかだか、断固たる響きが含まれている。


「それは。そんなのあなたに。」

「それに皆様の憧れらしい小山内さんに、こんな形で無理やり自分の気持ちを押し付けておられたなんて噂になったら、俺くんにもよくないのではありませんの?」


お嬢様はひそひそと囁きながら俺たちを指差してる通りがかりの奴らに冷ややかな視線を送った。


お嬢様の言葉は善意の言葉だ。言葉通りの気持ちが込められているならば。

だが、俺には、俺と小山内の仲を絶対に進展はさせないという計算が込められてるようにしか感じられない。


小山内が何かを訴えかける瞳で俺を見た。

俺はゆっくり念じるかのように言葉に気持ちを込める。


「俺のことなんてどうだっていい。誓ってもいい、誰が何を言ったって、俺は小山内だけが」

「それは、ダメっ!」


小山内が悲鳴をあげ俺の言葉を拒む。

俺は言葉をなくした。

小山内は俺のことを?


「ほら、小山内さんも俺くんを拒んでますわ。それに歴研の方がお待ちですわよ。」

「ちがっ」


小山内の悲鳴じみた言葉を最後まで言わせない、とでもいうかのように、お嬢様は呆然としている俺の腕をぐいっと強く引っ張った。


「小山内さんも中世史研の部長ですから遅れてはいけませんわ。」


そういうとお嬢様はなされるがままの俺を引っ張って歩き出した。


「あっ。」


振り返った俺の目に、俺の方に手を力なく差し出した小山内が見えた。


小山内が差し出していたのは、俺が握りしめた手だった。

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