第14章 驚愕 第143話 どうすんだよ、これ。 (1)
結局、小山内がかなり俺にも怒ってるみたいなので、あの後、喫茶店に誘うのは諦めた。
お嬢様の出方を見て、早いうちに態勢を立て直さないと。
だが事態はそんな悠長なものではなかった。
お嬢様が入部してきたその夜。
鳥羽先輩から3部合同での打ち合わせの連絡があった。
いよいよ文化祭での発表に向けた作業を始めるので、いつものように歴研の部屋に集まってくれってことだ。次の月曜日が集まる日だからあまり余裕がないので、俺はすぐに小山内とお嬢様に連絡を入れた。
小山内からは簡潔にわかったという返事が来ただけだが、お嬢様からは問い合わせが来た。
持ち物とかジャージに着替えて行った方がいいのか、とかだ。
たしかに、何か作業するのなら動きやすい服の方がいいだろうし、発掘の時に出てきたものを扱うのなら汚れてもいい服の方がいいだろう。
鳥羽先輩に問い合わせてみることにして、その間待ってもらうようにお嬢様に連絡を入れ、すぐに鳥羽先輩にメールを送った。
その返事を待つ間にまたお嬢様からショートメールが。
「私は発掘には参加してないけれど、参加してもよかったのかしら。」
「もちろん。薮内さんだって、ふるいにかける作業をしてたじゃないか。」
俺はそう返事して、ちょうどいい機会だと気づいて、気になっていたことを聞いてみることにした。
「ちょっと変なことを聞いていいか?」
「何かしら?」
「薮内さんが俺たちの部に入りたかった理由ってなんなんだ?」
「説明した通りよ。」
「俺には何か建前っぽく聞こえたんだが。」
そうなんだ。
見知らぬ外国に留学に行こう、留学から帰ってきて知ってる人もいない学校に編入しよう、という、初めて会う人の間に飛び込んでいくことに躊躇しないはずの子が、なぜか部活選びだけ人見知りってのに、ざらっとした違和感を感じたんだ。
さてなんと答えるだろう。
答える内容より、答え方でお嬢様の人となりってのがわかりそうだ。
一緒にやっていけるかどうかも含めてな。
「うふふ。やっぱり不自然でしたかしら。お爺さまの仰るとおり、俺くんは鋭いのですね。」
いや、うふふ、とか、文字で見ると恥ずかしさが3割ほど増えちゃうじゃないか。
お嬢様もどんな顔してこんなの送ってきたんだか。
だが今の言葉で、お嬢様に何か隠された意図があることがうかがえた。
何を狙っているのだろう。
中世史研に入ってきたってことは、俺か小山内のどちらかに何かあるんだろう。
これまでのお嬢様の態度からすると、どうやらお嬢様の関心は、小山内よりは俺に向いてそうだ。
その瞬間、鳥肌が立った。
まさか、まさかとは思うが、俺の超能力に気付かれたのか?
落ち着け俺。
それを探るなら今だ。
いきなり速まった鼓動を感じながら必死に考える。
俺が何かに気付いたことを悟られないようにするには、なんと聞けばいいのだろうか。
「藪内さん、今の言い方だと、何か目的があってうちの部に来たんだよな。」
「ええ。そうですわよ。」
俺には気付いたことを悟られないように聞くなんて芸当、無理だ。
小山内がいたら相談できたかも知れないが。
だから変に小細工せずに真正面から聞いてみたんだが、予想外にあっさり認めた。
「どんな目的なんだ?」
ちょっと間があく。
「教えて差し上げてもいいのですが、今日の俺くんはちょっと意地悪でしたわね。」
そうだったか?
教室と、職員室の光景が浮かんでくる。
…そうだった。
「なのでヒントだけ差し上げることにしますわ。ヒントは、」
そこでショートメールが切れた。
おい。
「うふふ。」
おい。
「あなた。」
俺?
やはり、やはりばれてるのか?
震えが来そうになるのを押さえつつ、努めて冷静に。
もう一言、何か引きだしたい。
「俺の何が目的なんだ?」
「秘密。」
俺の秘密が目的だと?
それとも、目的を秘密にしておくって意味か?
これ以上は、ヤバい。たぶん。切り上げ時だろう。
仮に後者でもこれ以上は引き出せないだろうし。
用件だけ伝えて、このラウンドは終わりにしておこう。
「まあいいさ。鳥羽先輩からの返事だが、どっちでもいいそうだ。」
俺は気にしてないようなふりをして、話しを切り上げにかかった。
「では、せっかくですので制服で行きますわ。いきなりジャージで行くと、印象が良くないでしょう。どうかしら?」
ふう、本題に戻れた。
お嬢様の服装のことだが、お嬢様は今度集まるアクティブなメンバーにはあの発掘現場で既に会ってるから、その時のいかにもお嬢様然とした印象がみんなに残ってると思う。それに、このお嬢様は着てる服のおかげで綺麗に見えるような子じゃなくて、本物の美少女だから、ジャージでも充分なんじゃないか?
「藪内さんは綺麗だから、どっちでも似合うと思うぞ。」
「まあ、お上手ね。」
ん?俺、結構不味いこと書いちゃったんじゃないか?
いつも思うんだが、こういうふっと息を抜いた時に失言というか、何かやらかすことって多いよな。
みんなそうだと言ってくれ。
それよりもだ。こういうときどう返せば無難に終わるんだ?
「うそ。」?「間違えた。」?それとも聞かなかったふりか?
お嬢様が俺の秘密を知ってる可能性がある以上、お嬢様のご機嫌を損ねるのは相当ヤバいことになる。
やはり、あれか?
事実のみを伝えるって手か?
「いや、綺麗なのは事実だからな。」
やっぱり言葉を間違った気がするが、機嫌は損ねないだろ。
「本当かしら。」
だから、俺は女子と付き合ったことがないから、もう、こうなったらどうしていいかわからん。
「とにかく、用件は伝えたからな。」
「はい。ではお休みなさい。」
汗をかいてるのは、いつの間にかクーラーが切れていたからなのか、お嬢様の言葉に振り回されてたせいか。
そうだ。小山内には明日、学校でお嬢様と顔を会わせる前に伝えておかないと。
時計を見る。
まだ、そんなに夜遅くもないし大丈夫だろう。
とりあえず「電話してもいいか?」とショートメールを送ってみる。
すぐにお許しが出たので、電話をかけて、まず、月曜日に歴研に行くときの服装は制服でもジャージでもどっちでもいいことを伝えた。
「あんた、そんなことのためにわざわざ電話してきたの?」
呆れた、と言わんばかりの口調だが、その中に何か機嫌が良さそうな色が混じっているような気がするのは…まあ気のせいだろうな。
「実は本題は別にある。」
俺がお嬢様とちょっと話しただけで機嫌が悪くなる小山内が、今から俺がする話でどれほどご機嫌の急降下を演じてくれるのか。少しばかり恐ろしい。
俺は予想通り小山内の息遣いが良くない方向に変わるのを聞きながらさっきの話をかいつまんで、つまり、綺麗だとか口走ってしまったことは念入りにカットして伝えた。
「やっぱり。」
「何がやっぱりなんだ?」
「お嬢様が中世史研に入ってきた目的が、あんただってことよ。」
「小山内はわかってたのか?」
「あんたバカなの?そんなのあの子の態度見てたらわかるでしょ。」
「そうなのか?」
「そうよ。」
なぜか俺の超能力がばれてたのか。
てことは明日から、お嬢様に絡まれても適当にあしらえない。
しかも小山内を怒らせずに。
どう考えても無理ゲーだろこれ。