第142話 再会は突然に (6)
「薮内さんは、ちょっと中途半端な時期に編入してきたので、顔見知りがいる部に入りたいというのはよくわかります。君たちの部との関係はさっき俺くんから説明されたのでわかりました。」
あっ。しまった。やばい。そんなふうに受け取られてしまったか。
小山内の耳の脇を汗が一筋流れる。
「それに、入部テストの件ですが、あれは私としてはあまり良くないと考えています。我が校では、文化部に入って幽霊部員になっている人もいるわけですが、そういう人でも何かのきっかけで色々なことに興味を持つきっかけになってくれれば、ということで認めているのです。ですから入口を狭めるのは本来良くないことなのです。ただあの時は、設立したてということと、どうも小山内さん目当ての人が多そうだということで黙認しました。しかし今回はそういうわけではありません。」
森先生が今まで聞いたことないほどの長口舌で教師に相応しい配慮に満ちた話しをした。おいおい。
だが、ほんとにやばい。こう言われたら断れない。
でも、俺も小山内の援護をしないと。
「しかし先生、それなら、入部テストでお断りした人がまた入りたいと言い出すかもしれません。」
「既に大半の人は別の部活に入ってしまっているでしょうから、俺くんが危惧するようなことにはならないと思います。」
なるほど。確かに最近の肉壁軍はおとなしい。
いやいや、納得してどうする。
「先生ありがとうございますわ。小山内さん、俺さん、よろしくお願いしますわね。」
俺と小山内が沈黙してしまった一瞬の隙をついてお嬢様が既成事実化してきた。
「ちょ、でも薮内さん、私たちがどんな活動をしているのか知らないでしょ。」
これには二重の意味、表の活動と裏の活動の2つの意味が込められているんだろう。
だが。
「歴史研究会と一緒に調査したりされてるんですわよね。」
そりゃ当然知ってるし、裏の活動のことなんて先生にもお嬢様にも口にできるわけがない。
抵抗手段を失った小山内が俺の足を踏んづけてきた。
いっそ、俺の超能力で…いやダメだ。
それじゃ何のためにあの時入部テストなんて回りくどいことをやったのかってことになってしまう。きっと小山内は許してくれないだろう。
小山内が今俺の足を踏んづけたのもきっとそういうことだと思う。
小山内は俺の顔を悔しそうに見て、ついに降参した。
「わかりました。」
お嬢様の方は小山内と対照的にそりゃもう笑顔だ。
「では失礼しますっ。」
小山内は感情のコントロールを若干失い荒々しい口調で森先生に告げた。
森先生は早くも興味を失ったようにモニターに向き直り、感情のこもらない声で「仲良くね。」と言っただけだった。
リュックを持って教室を出てきた俺たちは、職員室を出てそのまま帰れる。なので、さっさと帰ろうとした。
小山内のエキサイトが収まってないのも感じてたし、それより今後どうするか打ち合わせないとならないからな。お嬢様と別れたあと、あのカフェにでも誘おう。
だが。
「小山内さん、俺さん、これからどうぞよろしくお願いしますわ。」
立ち止まったお嬢様が丁寧に頭を下げた。
さすがにそれを無視することはできない。
小山内も大いに不満顔のまま、口元でだけ笑顔を作って「こちらこそよろしく。」とだけ答えた。
俺にはそこまで邪険にする理由はないのだが、小山内の態度をみると、そうそういい顔もしてられないのははっきりしている。なので硬めの笑顔で俺も「よろしく。」とだけいうことにした。
もちろん、「今日はこれまでさようなら。」の意味も込めている。
だが。
「ところで俺くん、部活はどうやってしてるのかしら?」
「どうやってというと?」
返事しちまった。というか返事せざるを得なかった。
「いつやってらっしゃるの?部室があれば案内していただけますかしら?」
ああそういうことか。
俺が返事しようとして口を開きかけた途端に小山内が割り込んできた。
「部室はありません。最近は歴研と一緒に発掘をして、発表も歴研と共同になりそうなので、2学期の活動日は歴研と合わせることになるわ。」
藤棚での集まりは教えない、と。
「歴研の部室は既に知ってるわよね。」
案内もしない、と。
お嬢様に小山内からそこまでがるがるされてしまうところはないように思うんだが、なぜここまで小山内は拒絶するんだろう。
お嬢様言葉が気に入らないとか、相性が悪いとかだろうか?
だが、教室内での小山内を見る限り小山内は本心は別として感情を抑えて協調できるタイプだと思ってた。
「では、その歴研との活動日の連絡などはどうしておられるのかしら?SNS?」
「俺くんが、SNSを禁止されてるので、メールです。」
「では、お2人のアドレスを教えていただけるかしら?」
あいかわらずつっけんどんな小山内に、笑顔のお嬢様。
さすがに気の毒になってきた。
「わかった。とりあえず、俺のスマホの番号教えるからショートメール送ってくれ。そこに俺と小山内のメアドを送る。」
「ちょっと、あんた。」
小山内はひどく慌てて俺を止めようとする。
「小山内、これは部活だ。部活だけの話しだ。」
「あら、それではまるで、小山内さんと俺くんの間に、部活以外の何かがあるように聞こえますわね。」
お嬢様の瞳が興味の光をたたえ、小山内の瞳が危険な光を放った。これ、バトル漫画じゃないんだから、そういうの無しで頼むぜ。というかこれ、俺が収めなきゃなならないのか。
「藪内さん、そういうのはちょっと止めて欲しい。いくらクラスメートや部活仲間になろうって人でも、な。」
「そうよ。」
「小山内、俺は小山内が優しくていい奴だって知ってる。だから、藪内さんにもな。」
「…そうね。」
ぐぎぎ、か?それともぬぬぬ、か?
小山内は俺にもなにやら恐ろしい視線を送ってきたが。
「じゃあ、とりあえず、ショートメール頼むな。」
俺は横にいる小山内の放つ殺気とも言うべき氷の視線を受け止めながら、事務手続を続けたのだった。
ほんと、この展開、誰得なんだよ?